第17話



 あの時、自分が声をかけるより先に走り去ってしまった友人の姿が今でも思い浮かべられる。あの時に追いかけて事情を聞いてやっていたら、何か出来ることがあっただろうか。竹原は、死なずに済んだだろうか。

「それから三日ほど学校を休んで、登校してきたその日の放課後に図書室で死んでいたんだ」

 やりきれない調子で天を仰いで、後藤は深く椅子に沈み込んだ。

「竹原は運動は得意じゃなかったが病弱って訳じゃないし、心臓発作だなんて絶対におかしい。でも、それ以前には図書室に霊がでるなんて噂はなかったし、竹原以外に死んだ奴はいない。俺も竹原が死んだ後に何度も図書室に入ったけど何事もなくぴんぴんしてるし……どうして、竹原だけが……」

 稔はふと、石森のことを思い浮かべた。

 もしも、もしも文司が竹原のように死んでしまったら、石森は後藤と同じ傷を負うかもしれない。友達の死因に納得できず、何も出来なかった自分を責める。

「……嫌なことを思い出させてごめんなさい。色々教えてくれてありがとうございました」

 大透がお詫びと礼を述べて頭を下げたので、稔もそれに倣った。きっと、後藤はずっと友達の死に納得いかない思いを抱えていたのだろう。だからこそ、初対面の中学生に真剣に話してくれたのだ。

「ああ。そーいや……さっき、霊感のある友達がいるっつってたよな?」

 後藤は何かを思い出したように携帯を取り出した。

「ちょっと、見てもらいたいもんがあるんだよ」

 後藤が携帯の画面を二人の眼前にかざした。

 画面には二人の少年が映っていた。

 一人は快活そうな少年で、面影があることから後藤の学生時代だと思われた。内大砂の中等部の制服を着て教室を背景に、もう一人の少年を支えるように肩を抱いている。

 その少年――顔色が悪く線の細いその姿を見るなり、稔は背筋を駆け上った悪寒に身を震わせた。白い靄のようなものが、少年の右腕に絡みついている。よく目を凝らせば、その靄が人間の形をしていることに誰でも気付くだろう。それぐらいはっきりと、腕も長い髪も少年を逃がさないとばかりに絡みついている。

「これ……女の人の形に見えますね」

「やっぱりそう見えるか?」

 大透と後藤がそう言って頷き合う。

 稔は画面から目をそらした。稔の目にははっきりと女性に見える。長く見ていると目が合うんじゃないかと錯覚しそうなほどに。

 稔は目をそらしたまま立ち上がり、テーブルに千円札を置いて大透の声を無視して店の外に走り出た。悪寒が治まらない。あの写真に映っていたものが竹原を殺した。そして、今また文司を同じ目に遭わせようとしている。

(怖い……)

 稔は急に不安になった。このままでは、文司は竹原と同じ死に方をするのではないか。

 後藤の話を聞いたことで、文司の身が本当に危ない状況なのだと思い知った。

(どうしよう)

 自分には何も出来ない。大透が期待するような悪霊を祓う力は稔にはない。どうにも出来ない。

 首を突っ込むのではなかった。

 これからは文司を見る度に竹原の末路を思い出し、文司にはいつそれが訪れるのか怯えなくてはならない。何も出来ない罪悪感を抱えながら。

(あの時と同じだ。余計なことに首を突っ込んで、結局は……)

 嫌な記憶を思い出しそうになって、稔はそれを振り払うように頭を振った。

(もう関わらない。図書室にも宮城にも――樫塚にも)

 湧き上がる罪悪感から必死に目をそらして、稔はこれ以上深入りしないと心に決めた。


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