第11話
***
保健室の戸を開けると、保健医の姿はなく、窓際のベッドで文司が眠っていた。
石森は自分と文司の鞄をベッドの脇の椅子に置いて、文司を揺り起こした。
「おい、樫塚」
不明瞭な呻きを上げて、文司が目を開けた。その目が虚空をさまよった後、石森の顔にひたりと焦点をあてて止まった。
「樫塚?」
まだ寝ぼけているのかと思い顔を覗き込むと、文司は虚ろな目で小さく言った。
「…………本」
「は?」
聞き返した石森に、文司はもう一度口を開く。
「本が……本を、見て……」
「本?何の本だよ?」
文司はやけにゆっくりと身を起こした。まるで、病人が気だるい体をやっと持ち上げるかのように。
石森は何か違和感を感じて、文司の全身を眺めた。目の前にいるのは確かに文司だ。いつもより相当青い顔をしているが、小学校の頃から知っている友人だ。周りからは気取っているのすかしているのと大人びた印象を持たれるが、本当は弱虫で甘ったれた所のある子供くさい奴だ。
だが今、虚ろな目で石森を見るその姿からは、どこか病的な雰囲気が漂ってくる。生気が感じられない。
そして、次に文司が口にした言葉に、石森はぞっと背筋を凍らせた。
「あ・た・し・の本を見て……」
無意識に後ずさった石森の足が椅子に当たり、上に乗っていた二人の鞄が床に落ちた。
ドサドサッと重たい音が静かな室内に響いた。石森はたまらなくなり、恐怖を打ち消すように大声で叫んだ。
「樫塚っ!!」
文司の体がビクンッと震えた。
「あ……?」
瞳を数度瞬かせて、次にはっきりと目を開けた時、病的な空気はかき消えて石森の知る文司に戻っていた。
「石森?」
たった今意識が戻ったかのように、きょとんと目を丸くする文司。
石森はほーっと息を吐いた。心臓がどくどく鳴っている。
「あ、もしかして、もう放課後?」
床に落ちている鞄を見つけて、文司が眉を下げる。よっこらせ、とベッドから降りる動きも普通で、先程のような気だるげな様子は見られない。一眠りしてすっきりしたのか、朝よりも元気に見える。顔色も、直前まで青白かったのが嘘のように血色が良くなっている。
「石森?」
何も言わずに立ち尽くす石森に、文司が怪訝な表情を向ける。
石森はごくりと唾を飲み込んでから、笑顔を浮かべて自然な態度を装った。
「おお。早く帰ろうぜ。気分はもういいのか?」
「うん。寝たらスッキリしたよ」
文司は照れくさそうにふにゃっと笑った。
その笑顔を見て、石森はさっきのは寝言だ。寝ぼけていただけだと自分に言い聞かせる。床に落ちている鞄を拾い上げて文司に手渡し、石森は「さぁ、帰るぞ」と無理矢理明るく言って戸口に向かった。
だから、背中の後ろで、文司が強ばった表情で右腕を擦ったことに気付かなかった。
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