第7話




 神妙な顔の大透が校門で待ちかまえているのを目にした途端、回れ右をして帰りたくなった稔だったが、今日は土曜日、午前中だけの辛抱だと自分に言い聞かせて前に進んだ。

「なんか用かよ」

 おはようの挨拶よりも先にそう尋ねた稔に、大透は神妙な顔を崩さぬまま「ちょっと付き合ってくれ」と言った。気が進まないながらも、大透に従って校舎裏に行くと、大透は鞄からお馴染みのデジカメを取り出した。

「また没収されるぞ」

 呆れながら忠告する稔を無視して、大透は語り始めた。

「昨日、家に帰ってから、今までに撮った映像を見直してたんだよ」

 そしたら、妙なものが映ってるのに気付いたんだ。

 そう言って、大透は稔の前にデジカメの画面を差し出した。

 嫌々ながら覗き込むと、夕日をバックに歩く背の高い少年が映っている。昨日、文司が帰るところを廊下の窓から撮ったものだ。

「ここ、樫塚の右腕のところ、よく見てくれ」

 見なくとも文司が腕をぶら下げていることは知っている。今更よく見るまでもないと、稔は画面から目を逸らして溜め息を吐いた。

「ちゃんと見ろって!ほら、ここだよ!樫塚が校門を出て右に曲がるところ!」

 食い下がってくる大透に、稔は仕方がなく画面に視線を戻す。文司が校門をくぐり、右の道へと姿を消す瞬間、文司の右腕に被さるように人影が映った。

「……!」

「な?なんか一瞬、影みたいなものが映るだろ?なんだろこれ?俺にはなんとなく人影っぽく見えるんだけど、倉井はどう思う?」

 普段霊だ何だと騒いでいる割には、こういった映像を即心霊現象と決めつける訳ではないらしい。皆に見せびらかしたりもせず、まず稔に相談してきた辺り、思っていたよりも冷静な部分があるのかもしれないと、稔は大透の印象を改めた。

 しかし、大透には「なんとなく人影っぽく見える」程度の影だが、稔にははっきりと人の姿に見えた。だが、その姿が稔を混乱させていた。

(どういうことだ?)

「なあ、うちの学校って男子校だよな?」

「あ?今更何言ってんだ?」

 大透が首を傾げる。稔は頭を抱えた。

(樫塚に憑いているのは図書室の霊だと思ってたのに……違うのか?)

 図書室で稔が見た霊は確かに男子生徒だった。だが、今見た映像に映り込んでいた影、文司の右腕を覆うように映った影は、髪の長い女性らしき姿だった。ほんの一瞬しか映っていないが、間違いない。文司に取り憑いているのは女の霊だ。

「なあ倉井?どう思う?これって霊だと思うか?」

 大透が問いかけてくる。

「……霊だって言ったら、どうするつもりだ?」

「え?どうって……そりゃ、決まってるだろ。全力で倉井の除霊を手伝うよ」

「やらねぇよ!俺は除霊なんて!」

「ええ?じゃあ樫塚はどうなるんだよ?」

 知らなぇよと答えそうになったが、さすがにそれは冷たすぎる気がして口に出さなかった。しかし、稔にはどうしようもないというのは事実だ。

「まぁ、何事もないんならこのまま放っといてもいいけどさ。樫塚に何かあったら寝覚め悪いじゃん」

 デジカメを仕舞いながら大透が言う。

「その映像は公開しないのか?」

 念願の心霊映像が撮れた割には大透に嬉々とした様子は感じられない。それを意外に思いながら尋ねると、大透は目を閉じて肩をすくめた。

「解決してから公開するよ。同級生が取り憑かれてる真っ最中にはしゃぐほど馬鹿じゃねぇよ。こんなもん、本人に見せるわけにもいかないしな」

 予鈴が鳴ったので小走りで教室に向かいながら、稔は図書室で見た霊の姿を思い出した。あれは確かに男子生徒だった。でも、文司に憑いているのは女の霊だ。一体、文司はどこであの霊に取り憑かれたのだろう。取り憑かれたのが図書室に行った翌日だったのは偶然だろうか。

 稔はちらりと大透を見た。単なるミーハーなオカルトマニアだと思っていたが、案外周囲のことも考えているらしい。文司のことも本気で心配しているようだ。

(俺だって何とかしたほうがいいと思うけど……でも、俺には何も出来ないし……)

 稔とて別に鬼ではない。何とかしてやりたいと思わないではないが、下手に手を出せばこっちが危険である。

「なあ、倉井」

 走りながら、大透が静かに言う。

「お前、本当はあの日何か見たんだろ?」

 稔はしばらく迷った後、無言のまま小さく頷いた。


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