第4-3話 その予報外れの雨のように


「芳樹、秋夜(かのじょ)はもういいの?」

「…………別に。恋愛感情とかじゃねぇし、何?」


 その急な話題に、俺は眉をしかめた。

 お盆が明けても大学生の夏休みとは長く、その間も、俺達四人は時々連絡をとって会ったりした。やることと言えば、だらだらとゲームか、漫画を読んだり、DVD鑑賞したりとそんな感じで、代わり映えするものではなかったけど。旅行でも計画しておけば良かったな、って思ったけど。翔は彼女と行くだろうし、秋夜も叶ちゃんと行ったりするかもしんない。俺も、ここぞとばかりにバイトを入れていたのであんまり現実的じゃないかも。…でも、来年は提案くらいしてみようかな。


「いや、なんか、今までの過保護な感じとちょっと違うから。秋夜のこと諦めたんかなって」

「だから、諦めたも何も、そもそもよ」

「いや、それは嘘だろ」


 翔は彼女のとこへ行ってて、秋夜も用事があるらしく、大成と二人だけで遊ぶことになった。ダーツをしながら、大成は妙に真剣な声で指摘してくる。


「何?お前、秋夜のこと本気だったの?」


 俺が狙うの止めたから「俺が狙っても良い?」ってことか?確か、秋夜とこいつの出会いは、秋夜を女のコと間違えて大成が声をかけたところから始まっていた。更には、いつぞや、「秋夜なら抱ける」的な話をしていた。

 いや、まぁ、お前じゃ叶ちゃんには勝てないわ。まず間違いなくな。御愁傷様過ぎるわ。


「いや、秋夜じゃなくてお前」

「………………………は?」


 失笑しそうになった頬が固まる。

 大成は狙っていた的から視線を外し、傍のベンチに座って控えていた俺の方を向いて、ダーツで狙う真似をした。


「俺さぁ、芳樹でも抱けると思うんだよね」

「いやいや!待て待て!聞いてないぞ、そんなのッ!お前は俺の中でモブ・オブ・モブだから…ッ!」


 え?トモダチに酷くね?と露骨に傷付いた顔をされる。俺はと言うと、自分の身を守るように両腕で自身の体を抱き締めながら、「そう!俺とお前は『トモダチ』だから!おともだち!」と叫んだ。


「いやまぁ、冗談なんだけどさ」

「っ、んだよ、冗談かよ。鳥肌立ったじゃん……」

「つーのも、冗談でさ」

「分からんわッ!」


 大成の本音がどこにあるのか、本当に分からなかった。大成のその声には何の抑揚も無い。改めて思い返してみると、その軽口の何処までが本心なのか知ろうとした事すらない。分析できる程、一宮大成という人間に興味を持ったことがない。


「いや、俺とお前だけ彼女居ないじゃん?」

「……秋夜は」

「秋夜はいるだろ、前、電車で大学来てたじゃん」

「……」


 もう随分と記憶を遡るような気がしたが、そういえば秋夜が「彼女が出来た」と俺達に嘘をついたのはつい数ヵ月前のことだった。その時は秋夜の嘘だったけど、今は本当の話だし、俺がそれを大成にどうと伝えるべきでもない。


「それで、何?俺とお前が付き合ったら、余り者同士でバランスいいって考えた……とか?」

「うん。そう」


 まさかそんなご都合主義の漫画でもあるまいし、と思って訊けば易々と肯定されてしまって、「おい!」と言う言葉以上のツッコミが咄嗟に出てこなかった。


「どう?俺、結構スパダリの資質あると思うんだけど?」

「スパダリって何だよ?!ふざけんなよ!そんな告白は願い下げだよ!」

「スーパーダーリンってこと」

「知ってるよ!どこがだよ!」


 より一層自分自身を抱き締める力を強くして、大成を睨み付ける。全身で拒否反応を示しても少しも傷付いたように見えないので、やっぱ、冗談なんだろう。


「あー、ダメか」

「当たり前だろ!」

「俺、そんなにダメ?」

「胸に手を当てて訊いてみろよ!」


 本当に胸に手を当てて目を閉じていたが、五秒としない内から目を開く。


「なんも聞こえねぇわ」

「アホか。そりゃそーだろ」


 ちぇ、と大成はダーツの的へと向き直る。俺もほっと胸を撫で下ろして、大き過ぎる大成の背中を眺めた。


「俺はさ、それでも結構、マジで芳樹ちゃん、アリよ」

「はぁ?俺はナシ。無し寄りの無し」

「まぁーね。でもま、未来って分かんないって言うしね~」


 トッと、大成の手から放たれたダーツの矢は中央の赤丸を数センチ外した。惜っしい!と握った拳で真横に宙を切る。


「真ん中刺さったらガチ告白しようかと思ってたのになーっ」

「……」


 いやもう、それが告白なのでは?え?は?マジなの?ほんと、分かんないんだけど、何なの?


「俺さぁ、芳樹のその、自己犠牲やばいとこ、結構好きなんだよね」

「自己犠牲って何。てか、真ん中に刺さんなかったらガチ告白しないんじゃねぇの」


 こちらのベンチに戻って来つつそんなことを告白し始めるものだから、俺もどうしていいのか分からない。

 大成はいつもの顔で続ける。照れてるわけでも、赤くなるでも無く、冗談を言ってる時と全然変わらない顔だ。


「お前さ、人のことばっかで、自分の幸せに対して結構無頓着じゃん?」

「………んなこと、」

「ある。大有りよ」


 好きだったでしょ。秋夜。

 そう言われて、再び否定しようと口を開けば、大成が重ねて言う方が早かった。


「『叶ちゃん』も」

「……………」


 それは、否定、……できなくて…。

 俺は口をパクパクとさせてしまう。ほらね、と大成は笑った。


「愛くるしいわ。俺が愛してあげようか?」

「………そんな愛、要らない」

「じゃ、俺が愛したいから、愛していい?」

「か、」


 勝手にどうぞ、と言いかけて、いやそれは許容する言葉かなと飲み込んだ。


「ま、今はいいや。でもこれからは、ガンガン押すから」

「……」


 何と返していいのか分からなくて、無言でいた。

 大成が隣に座ることなんて今までにいくらでもあったのに、奴の座る右側が何と無く見れない。


 遠い未来は不透明で、見えないかもしれないけれど。近い未来の明日くらいなら、いつか見上げた空のように澄み渡っていて見通しがいいものなんだろうなと思っていた。けど。

 実際は、どうやら違うらしい。

 明日のことですら、想像するのは難しい。今のこの衝撃を、全く想像だにしていなかった。そんな風に。

 明日すら、そんなに唐突に色を変えてしまうのならば。ひょっとすると、俺の夢が叶う日は明日であってもおかしくないのかもしれない。


 “誰かの『誰か』になりたい。”


 そんな、夢。

 物語の主人公だなんて、大それたものでなくていいから。誰かを主役にした物語の端っこで、誰かの『特別』に、俺の存在があったらいいなと思う。

 ……そんな未来、まだ、諦めなくていいの?神様。


(………まぁ、その相手は少なくとも、こいつじゃねーけどな)


 突然、天井を叩く雨の音が聞こえた。

 天気予報は一日中快晴だと言っていたのに、まるでアテにならない。……そんな風に。

 予測できない色んなもので、未来はできているのかも。

 俺はやっと、席を立つ。

 ダーツの矢を持って、的を狙う。


(……真ん中当たったら、取り敢えず、スパダリの根拠でも訊いてみるかな。………いやまあ、俺とアイツが付き合う未来とかはないけど)


 シュッと、振った指先から矢が離れる。

 的を目掛けて一直線に、その矢は飛んでいった。










ー第1章 完ー

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