第1-1話 全然口説いて来ないじゃん

 はぁーと息を溢しても、まだその息が白く漂うことはない。それでも、朝晩は大分冷え込むようになった。

 そろそろパーカーやジャケットの出番かもしれない。

 とっぷりと夜が更けたような空は、それでもまだ晩の十時前で、日の沈む早さにも驚かされる。

 夜が長いのは、なんとなく損した気持ちになる。

 慣れた帰り道を進みながら、自然と浮かんでしまった友人の顔に舌打ちをする。


 背が高いことしか取り柄がないような、そいつの顔。


『お前さ、人のことばっかで、自分の幸せに対して結構無頓着じゃん?』

『愛くるしいわ。俺が愛してあげようか?』

『これからは、ガンガン押すから』


 あの日した、その鳥肌が立つような会話。ーーー否、別に。そんなうすら寒いような感覚があったかどうかなんて、今更、わざわざ覚えてもいないけど。

 けれど、それから俺は、滅茶苦茶身構えた。

 けれど結局、俺達の関係は何が変わったと言うわけでもなく。冬がもう目前までやって来ていた。

 事実、学祭なんて一大イベントのような行事は呆気なく終わり(バイト三昧で縁がなかったという方が正しいのかもしれない…)。残すイベントは“大学生”なんて関係なく、クリスマスだとか年末だとかのみになっていた。

 なにアイツ、と思うのも癪だが。

 愛するだとかなんだとか言っていたくせに、取り立てて変わったことは何もなく……。毎朝もしくは毎晩、電話してくるようなこともなかったし、二人っきりになった瞬間に口説いてくるようなことも無かった。


(………なんなの、)


 いや、マジで。

 ともすれば、あの、二人でダーツした日の記憶は夢?幻?だったのか?……と思う程。本当に、何もないのだ。

 本当に夢だったのかもしれない。


(………だとしても、一体どんな夢だよ……)


 どうせならもっと幸せな夢を見させてくれよ、と内心で溜息を吐きつつ、スマホを弄る。

 いつもの四人ー秋夜しゅうやしょう、それから大成たいせい芳樹おれーのグループラインの画面を開いていた。


『クリスマス、どうするん?』


 大成の陸亀のアイコンがそんな発言をしたまま、誰からも返信が得られていなかった。皆、既読スルーなのか、大成の発言からは数十分の時間が経っていた。

 何を突然?と思ったのかもしれない。何を当然のことを?と思ったのかもしれない。或いは今の俺みたいに、彼の意図が解らず返す言葉に悩んで、返信のトップバッターに立つのを避けているのかも知れない。だって、まだ一月ひとつき以上は先の予定になる。あ、秋夜が返信した。


『彼女と過ごすけど』


「……」


 彼女。彼女、ね。

 胸がもやっとすることは、まだ、仕方無い。これは俺の問題。苦笑する。

 ピコン、と音が鳴った。今度は翔だ。やっぱり、様子を見ていたらしい。


『右に同じく。いや、この場合は、上? 笑』


 右か上かなんてどーでもいいわ!お幸せに!ーーー指が自然とそんな文章を作成する途中で、ピコン、とまた、音が鳴る。


『じゃあ、仕方ねぇな。おれと芳樹で“クリスマスもお一人様会”するか』


「はぁ?」


 そんな回りくどい誘い方をする為に、わざわざグループラインでそんなことを?二人が、恋人と過ごすだなんてわかりきったことを?


『いやいや、別日だったら参加するけど? 笑』

『同じく』


 二人のラインが続く。

 俺は先程まで打っていた文字を消し、『クリスマス、うちは家族で過ごすから』と返して閉じた。






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