九十九神の成り立ち




妖の鈴娘を迎え入れるのを決めたので、愛枝花は意識して名を呼んだ。



「『鈴娘、お前を歓迎する』」



すると、結界に弾かれていた体が拒否反応を見せることなくすんなりと敷地内に入れた。

突然のことに事情を知らない疾風は驚いたが、他の面々は平然としている。

美針などは呆れた様子で見ていた。


鈴娘は入るやいなや、すぐさま気絶している男の元に飛んでいく。

心配そうに顔をのぞきこみ、安定した寝息が聞こえるとホッと一息吐いた。



「いきなりわたくしから和矢かずやを引き離すのですもの、つい交戦してしまったのも仕方ないことだと思いませんか?」


「ただの人間に妖がベッタリ引っ付いていたら、取り殺す為と思うだろう」


下賤げせん低能ていのうな妖と一緒にしないでくださいまし。わたくしは『物』なのです、妖になってしまっても人間に危害を加えるような愚かな真似はいたしませんわ」


「九十九神になるはずだった?」



どうやら、疾風はそれなりに長生きはしていても九十九神や妖についてそれほど詳しくはないらしい。

人間社会に溶け込んで生きてきて、怪異かいい関連には触れてこなかったのだろう。

己自身が人外のくせに、まったく知識が無いというのもおかしな話だが。


ともかく、九十九神と妖についてなど詳しい説明を含めて込み入った話をしなければならなくなったので。

鈴娘と気絶している青年、和矢を疾風が担いで全員で家に向かったのだった。



「招いてくださりありがとうございます」



暖かい居間に招き入れ、留守を守っていた女性陣たちに引き合わせたところで鈴娘は自己紹介し頭を下げる。

それを受け入れ、珠算が茶を全員分用意したところで愛枝花が一番気になっていることを聞いた。



「お前とこの男の関係を、知る必要があると判断してのことだ。さすがに放ってはおけぬ」


「先ほども申し上げましたが、殺すつもりはまったくありませんのよ?死なれてはわたくしが困りますから」


「お前がそう断言したとしてもだ。なんの守りも身につけておらぬただの人間が、妖の気を間近で浴び続けて無事に済むはずがないだろう」


「和矢が気絶したのは、わたくしのせいではありませんわ。和矢は社畜しゃちくというものなのです」



社畜、という単語が出てきて今度は疾風のみが理解して他の面々は首を傾げていた。

弥生も人間だが、世間で働いたことがないし言葉のレパートリーが少ないので意味はわかっていない。


疾風が簡単に社畜の意味を説明して、その上で鈴娘が具体的にどんな勤務形態でそのせいでどんな私生活を送っているのかを説明する。


およそ心休まる暇もなく、摩耗まもうし続けて精神をすり減らして自殺でもしてしまいそうな仕事内容で。

なぜそんな風にしか働けないのかと、単純に疑問に思った美針が問うが。


病気だったり、どうにもならない事情を抱えていたり。

自身の能力不足で職業を選べない者は多いのだという疾風の説明に、納得はしたものの理解は出来ないという風だった。


和矢の場合は、病気の母親の為になりふり構わず就職しなければならない状況だったのだそうだ。

大学にも行かず高校卒業後からすぐに働きはじめ、以来7年もの間ずっとブラック会社で働いているらしい。


だが、その母親がつい3日前に亡くなったそうだ。

働く理由であり意味であった母親が死に、全ての限界を超えてしまった和矢はついに愛枝花の神社の鳥居前で倒れた。

そこを買い出しから帰った美針たちに見つかり、戦う羽目になったというわけだ。



「心が折れたのだな」


「下手をすれば心が死んでいるかもしれませんのよ。わたくし、和矢が幼い頃より見守ってきたこともあって…放ってはおけないとここまで誘導ゆうどうしてきましたの」


「私の神社の前で倒れたのはお前の差し金だと?」


「どうせなら、目的地の近くで倒れた方が都合が良いかと思いまして」



さすが妖、ちゃっかりしている。

悪びれずに笑っている鈴娘になんとも言えずにいると、弥生がおずおずと手をあげ声を上げた。



「あのー…そこに、妖怪がいるんですよね?」

「…ああ、弥生には見えぬのだったな」

「そうよね~、弥生ちゃんは人間だったのすっかり忘れてたわ~」

「弥生、こちらに来い」



愛枝花は弥生に手招きし、側に来させると顔を上に向けるよう指示を出す。

決して目を閉じないように告げると、ピチャンッと何かの液体が眼球に落ちた。



「えっ!?何っ、なんですか!!?」

「騒ぐな、ただの涙だ」

「涙!?」

「私の涙で、一時的に妖などが見えるようにした。見えぬ方がいいだろうが…今は見えぬと色々と面倒だからな」



愛枝花の体液は様々な効能を発揮する。

今回の場合、涙を目にしたたらせればだいたい3日は普通は見えない妖や霊などが見えるようになる。

ちなみに血液だと、生涯しょうがい見えるようになってしまうので。

人外相手の仕事を生業なりわいと定めない限り、血を与えられたら迷惑な力でしかなかった。



「ついでに説明しておくことにしよう。九十九神の成り立ちについてだ」



まず九十九神というのは2種類に分類される。

元々は人が作り出した『物』が、百年の時を経てそこから2種類に分かれるのだ。


たとえば美針たちの場合、人から作り出された針であったり絹糸であったりするわけだが。

そこから人や獣などの血やけがれにさらされず、きよい状態を保ったまま百年を過ごせれば晴れて神の仲間入りを果たし『九十九神』になれるのだ。


しかし同じ人に作られた物でも、百年の間に血や穢れに晒されてしまい清い状態ではなくなってしまったものは妖の『九十九髪つくもがみ』となる。

同じ読みでも大きく異なってしまうのだ。


鈴娘は晴れて百年を迎える前に、なんらかの理由で穢れてしまったゆえに妖となった。

その無念の気持ちを暴走させて、狂ってしまい少なからず暴れるやつらは一定数いる。

特に九十九神になれた物を羨むやつが多い。

人間に害を成すやつも多かった。


だからこそ、取り返しがつかなくなる前に美針は鈴娘を倒そうとしたのだ。

被害が出るのを防ぐことが第一だっただろうが、哀れな同胞どうほうしのびなく思っての行動でもあったのだろう。



「九十九神ってそういう仕組みで成り立ってたのか……知らなかった」

「お前、よく今まで関わらずに生きてこれたものだな」


「わざとピントを合わせないように生きてきたというか……知らずに生きていこうと思えば生きていけるしな」


「実際に生きてこれたのだから問題はなかったのだろうよ。だが一度認識してしまった以上、もう知らぬでは通らぬからな」


「これからは範囲を広げて気をつけるよ」



今までは人間だけを意識して生きていけばよかった人生に、自分と同じ人外や妖が追加されたのだ。

厄介なことに巻き込まれる可能性は高まるし、抗えないことがあるかもしれない。

必要以上に警戒しなければならなくなった。


だが疾風がこれからまだまだ生きて愛枝花たちと関わっていく以上、それは避けては通れない道だ。

今回のことは練習だと思って、慣れていくしかない。



「弥生は私の『守り』を後で与えよう。遅かれ早かれ、巻き込まれるのは必定ひつじょうであろうからな」

「巻き込まれるんですか!?私ただの人間ですよ?」

「人間だから、無害で眼中がんちゅうに無いという意見には賛同したいところだが…だからこそ利用価値があると考えるやつの方が多い」


「あなたは人質にしやすい、と言えばお分かりいただけるでしょうか?」



大人しくお茶を飲んでいた珠算が、にこやかに微笑みながら弥生に追記で説明を行う。

その和やかな雰囲気に自然と聞き入る姿勢になっていることを、弥生は気づいていなかった。



「人質、ですか」

「この中で一番最弱なのは、人間であるあなたです。身を守る術も知らず、知識も無い。体もつい最近まで貧弱そのものだったでしょう」

「なんで知ってるんですか!?」

「見ればわかりますよ、跡が残っていますから」



愛枝花や九十九神たちぐらいになると、見ただけで体調の良し悪しなどは分かるし状態が最悪だったこともわかる。

今は治りかけというのも、バッチリわかっているのだ。


それを踏まえた上で、自覚させる為にあえて強い言葉で伝えた。



「私たちはあなたを守る義務と責任があります。なぜならあなたは、愛枝花様の力を取り戻す為の起爆剤になった人間だからです」

「起爆剤…?」

「この神社が再建されて、初めてお参りをしたのがあなただったと愛枝花様からうかがいました」

「そうなんですね」

「神社という『場』が整えられて、あとは神力を取り戻す為のきっかけが必要だったのです。それは信仰、人が祈り願う力です」



人が願わなければ、祈りを捧げなければ、神の存在を信じなければ力は生まれない。

はるか昔に忘れ去られた女神に祈る存在が現れなければ、力は生まれないし増えないのだ。


だが偶然であろうとなかろうと、弥生が現れ願い、祈り、神の存在を思い描いた。

それがきっかけで、愛枝花に燃料が投下されたようなものなのだ。

おかげで九十九神たちも目覚めることが出来たのである。



「今やあなたも立派な燃料の1つです。いなくなっては大変困るので、私たちは全力であなたをお守りしますよ」

「そう言われても、大変複雑な気分です……」



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