九十九神




いつも食事をっている広間に着くと、なんともまがまがしい気配が部屋の中からただよってきた。

時おり若い男の声も聞こえ、それが怒鳴り声なこともありわかりやすく弥生が怯える。

大丈夫だと愛枝花が声をかけ、疾風に後ろに庇わせ糸織しおりうながして障子を開けさせた。



美針みはり~入るわよ~」

びを入れさせろーーーーっっっ!!!!」



再会一番にこのセリフである。

そのセリフに愛枝花は元より、初見しょけんの疾風と弥生もドン引きである。

糸織の背後からのぞきこんで、セリフの主の姿を見れば白い糸の束に拘束こうそくされ畳の上に寝転がらされた美青年の姿が。



「美針、いい加減に落ちつかないか。愛枝花様も困って……引いておられるよ、なんだこいつって」

「美針かっこわるい!これで私よりもかなり歳上なんて信じられなーい」

「うるせー!!一番大変な時に側にいられなかったんだぞ!?俺たちは、愛枝花様に仕えてこそ生きる意味があるのに…!!」



先ほどから情けない姿で叫んでばかりいるこの美青年は、美針と言う。

齢1220年の時を経たい針の九十九神だ。

その昔、愛枝花への献上品けんじょうひんとして贈られた美しい針一式が人の形を成したものである。


しなやかな体躯たいくに整った顔立ち。

少し伸び気味のきらめく黒髪は、男にしてはとても柔らかく。

一見して、凛々りりしい女性に見えなくもない。


だがしゃべれば男の声だと分かるし、美針を女顔だと言った輩はことごとく地面に叩きつけられてきたので。

誰も美針の外見に関しては女々しいとは言わなかった。


捕捉ほそくだが、美針は本性が針なだけに裁縫が得意ということもあって。

仕草や立ち振舞ふるまいが、女よりも女らしいと言われることが多かった。


そんな美針は、先ほどから騒いでいる通り愛枝花至上主義である。

愛枝花の為に生き、愛枝花の命を遂行し、愛枝花の為に死ぬ定めと豪語ごうごしているのだ。

愛枝花が関係していない事柄ことがらなら至って普通だというのに、色々と残念な男なのである。



「糸織さんが先鋒せんぽうで謝罪してくれたけど、私たちも謝罪することは決まっている。だけど過度かどな謝罪は愛枝花様のご迷惑になるよ」


「いくら謝罪しても赦されることじゃない」


「それだよ。あの方はとても優しいから、謝罪は聞いてくださるし受け入れてくださる。もちろん、それで我々が愛枝花様をあなどるなんてことは死んでもしないけれども」


「そんなことをしようものなら誰であろうと殺してやる」


「…私たちは、ばつを求めてはいけないと言っているんだよ」


「俺たちは罪を犯したのに罰を求めてはいけないというのか!?」

「こちらから求めてはいけない。決めるのは全て雪津梛愛枝花乃比女様だ、私たち一同が決めることじゃない」



こんこんと美針をせている眼鏡をかけた好青年は、齢1121年を経たそろばんの九十九神。名を珠算しゅざん

優しげな風貌ふうぼうに似合わず、イタズラ好きなお茶目なところがあり。

よく美針をからかっては、面白おかしく笑っている男だった。


だが今回ばかりは、真面目な顔でせっぱまった様子の美針の説得に徹している。

愛枝花が死ねと言ったら、本当に死んでしまいかねない同胞どうほうを案じてのことだ。

年期の入ったそろばんの色と同じ、落ちついた色合いの茶色の髪を耳にかけながら。

珠算は深いため息をこぼした。



「美針はすぐに周りが見えなくなるんだから」

「うるさい!!」

金花きんかに怒鳴らないでよ!美針のバカっ!!」



怒鳴られて泣きそうになっているのは、齢1106年を経た金の糸で縫われた花の刺繍ししゅう入りの領巾ひれの九十九神。名を金花きんか

見た目は十代前半のあどけない少女の姿をしていて、その姿につられるようにして話し方も考え方も少々幼い。


金花の豊かな金の髪は、室内でもまるで陽の光を浴びているかのように眩く美しい。

肌も陶器とうきのごとく白くなめらかで、見た者全てが最高級の西洋人形のようだとめたたえることだろう。

だが今は美針の荒い言葉のせいで顔を真っ赤にしながら、涙をこぼさないよう必死になって耐えていた。



「珠算の言ってることは全部正しいんだから!」

「正しいことばかりがまかり通る訳じゃない!!」

「残念ながら~、今回はまかり通っちゃうのよね~」

「糸織姉様!」



障子はとっくに開けていたというのに、声をかけたことでようやく存在に気づいたようだ。

ニコニコ笑顔の糸織を苦々しい顔で美針が見ていると、だんだんと青ざめていく。

後ろにいる立っていた存在に気づいたからだ。



「……相変わらず、にぎやかだなお前たちは」



愛枝花がその言葉を言い終えるのと、美針が畳に頭を思いきり叩きつけたのはほぼ同時だった。



「愛枝花様っ…!!」

「畳を傷つけるな、お前の石頭では直すのではなく新しい物に変えなくてはならなくなる」

「申し訳ありません!!」

「次からは気をつけろ」

「畳のことではありません!!」



美針はしばられたまま頭を深々と下げた。

糸織も美針の隣に座り、同じく頭を下げる。

その後ろには珠算と金花も並び、4人は同じくして愛枝花に頭を下げた。



「そのようなお姿になられてしまうほどご不自由をかけてしまったこと、御身おんみをお守りすることが出来なかったこと。全ての無礼に対するお詫びを申し上げます。まことに申し訳ありませんでした!」


「糸織にも申したが、これは致し方ないこと。なるべくしてなってしまった結果だ、今さらお前たちをとがめる気はない」


「ですがっ…」


「珠算も言っていただろう?お前が罰を求める立場ではなく、私がお前たちに罰を与えるのだ。謝罪は聞いた、そして受け入れよう。罰が欲しいというのなら、罰が無いことが罰だと思え。今の私はお前たちに何かを与えてやれるほど優しくはないのでな」


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