第40話友との茶席と甘酒と水


すみません。今回は私の昔話です。


特にご興味の無い方は飛ばされるのが宜しいかと思いますので、先に申し述べます。




漫画や逸話集を読み返していて思い出したほろ苦い昔話です。



ほろ苦いとかけてお茶。「茶席」です。




もうかなり昔になってしまいましたが、漫画で戦国時代と茶の湯を切り抜いた奇抜な漫画が連載されていた頃です。


仲の良い同級生のアパートに遊びに行き、二人で漫画の真似事をしようと色々遊びました。



その漫画には様々な逸話が散りばめられており、いま私の手元にある千利休の逸話集に照らし合わせても遜色なく、生き生きと描かれていたのだなぁ…と思います。



同級生は私より戦国時代や芸事が好きな正に「数寄者」でありまして、茶の湯や舞踊を習っておりました。


我々は「演劇」を通じて共に学んだ間柄。


演劇故か、合流してからすぐに「真似事」が始まっていました。


私が

「この度、お招き頂き感謝致す」


同級生が

「いやいや、招きに応じて下さり、とても嬉しく…」

と来ます。


素人芝居なのですが、即興で亭主と客人になりました。


そして友人と好きな漫画と千利休の逸話を辿るのです。



アパートを草庵に見立てるので、その「道行き」が作庭された庭になります。



もう夏の夕方だったと思います。


「天下には無数に花が溢れておりますな」

同級生がそう言いながら、彼が事前に下見した路地を歩きます。


すると見事に「昼顔」が花開いています。


「天下には一輪の花があれば…」

そう言いながら同級生は昼顔を「朝顔」に見立てて一輪摘み取ります。


有名な利休の逸話の真似事です。

本当に茶の湯へ注力していらっしゃる方や様々研究されている方には無礼かもしれませんが、自分達で逸話を踏襲する事の楽しみもあるとご容赦下さい。


利休の逸話には、豊臣秀吉公が利休の草庵の朝顔が見頃であると家臣が進言したので、朝会を所望します。草庵に招いた時に「朝顔」をお見せすると思われていたのに庭には朝顔の花がありません。

そして豊臣秀吉公が草庵に入りますと「一輪の朝顔」が花入れにいけてあった…と言う逸話。


我々は時間帯も夕方でありましたし、朝顔は誰かが育てている事が多いのですが、昼顔は自然に育っている事も多いのです。


打ち捨てられ、朽ちかけた金網フェンスに大輪の野生の昼顔。


その花とフェンスの対比も、にわかながら「侘び」と思いながら同級生についていきます。



そしていざ「草庵」へ。



先に友人が入り、すぐに招いてくれます。

作中の大名達の如く刀は持っていないのでそのままアパートの入口をわざと「にじり口」の真似事で潜ります。


すると小綺麗な部屋に先程摘んだ昼顔が一輪いけてあるのです。



それにはお互いに無い無い尽くしの割に上手くやったなと思いながら。



私が

「籠の花入れの薄板は不要なのでは…」


同級生が

「そこにお目が行くとは…上達なさいましたな」


色々混ざっておりますが、これも利休の逸話の様です。

花入れを際立たせる薄板。それが見栄をはっている様で良くないと言うやり取りであったかと(諸説あり)…そして利休は籠の花入れの際は薄板を取り去り、直に籠の花入れを置いたとされます。この私達のやり取りでは亭主(利休)役と客(私)の役割が逆転しておりますがご容赦を。




そこで同級生の変化球。


「本日は花入れをご覧になられましたか?」

私の知らない話でした。


「これではないのですか?」


「ふふ」

同級生は「したり」と笑いながら部屋の入口を指し示します。


するとそこには花入れではなく「茶碗」にいけた別の花がありました。


「中々に侘びておりましょう」


「お見事で御座います」

私も思わず笑顔になりました。


これも教えて貰ったのですが利休の逸話の様です。

利休が細川忠興、前田利長、蒲生氏郷の三人に「花入れ」を披露する会を開いたそうです。

しかし茶会が進んでも披露されず、更に待ってもいっこうに披露されません。

訝しみながらも茶席が終わると、利休が「件の花入れはご覧になられましたか?」と言います。

三人は「いえいっこうに見当たりませんでした」と言いますと。

「もっともなことです」と利休が三人を路地に連れ戻し、茶席の入口にある「塵穴」を示します。


そこには椿の落花が実に見事に入れてあった。と言う事です。


その場で説明すると「興醒め」なので同級生はその逸話を茶席の後に教えてくれました。

いや、思い出してもあのしたりと言う笑顔。憎めません。



さあ、茶の湯です。



同級生は舞踊に使う着物に着替えて私と向かい合います。お互いに正座です。

勿論着物とは名ばかりの安い品でありますが、お互いの精一杯の「真似事」。これも侘びているではないですか。


茶釜も風炉も無いので電気ポットの蓋を開け放ち、代わりとします。


ですが他は今回の遊びの為に最低限二人で揃えたつもりです。



使う茶碗は同級生が持っている入門用のものです。


そして茶杓は私が贈った、これも入門用のものです。


茶入れは同級生が急遽揃えてくれました。袱紗は付いておりませんが。



私が

「この茶碗は微かに曜変天目の様な輝きがありますな」

と申します。

入門用と言いながらも茶の湯茶碗を買おうとするとそこそこするのです。

同級生の持っていた茶碗は曜変天目茶碗を真似た輝きがあります。


「稲葉一鉄殿の稲葉天目茶碗には及びませんが…」

と、同級生。


「貴方が見立てて下さったこの茶杓。蟻腰の良品ですな。使いやすく私の面目も立てて下さり…」

漫画に出てきた茶杓に形(なり)の似た茶杓。褒めるのはそこになりますね。


「いや、この茶入れ。茄子形な形に釉薬が…」

私は漫画の台詞から使えそうなむつかしい言葉をにわかに選びながら。


そして道具を認めあった後に湯気の上がるポットから同級生が竹の柄杓で湯を汲み、手並み鮮やかに茶碗に向かい、茶筅を良い音で鳴らします。


「今回は薄茶で…」

同級生は湯を多目の飲みやすい薄茶にしてくれました。



それを私の前に出します。


私は茶碗を手にして「景色」を眺める様に茶碗を回して、すっと三口で茶を飲み、最後は「ズズズッ」と音を立てて飲みきり、口つけた場所を拭い…



「素晴しいお手間で…」


「いえいえ」



その「儀式」が終わると正座も崩してもう無礼講です。



無礼講になりましたら

「玄関の花入れは何なの?」ですとか。


「最後のズズズッは良かったよ」


「いや、初めてお茶をたててもらったけど、いいものだね」


などなど「真似事演技」は何処へやら…です。



後に同級生が茶の湯の体験会のチケットを持って来てくれたので二人で参加させて貰ったのですが…



体験会ですのに、見せて貰えた茶碗がジャワのものであったりして見目も奇抜で楽しませて貰えました。

椅子とテーブルで大勢で気軽に楽しむ形式でありますのに、凛とした空気です。


主催者さんも気さくに応じて下さり、二人共茶の湯の真似事で遊んでいたと口を滑らして言いますと。


「とても面白い事ではないですか」

と、言っていただけました。


「道具集めなどもまだまだ大変でしょう」

とか。


「初めは良いものを買おうとしてよく騙されたんですよ」

とも。


どうやら茶の湯の入口としては我々の「遊び」は「大目」に見て貰えたようです。



ですが同級生が更に茶の湯を学び腕を上げ、私も少しずつ上等な土産を用意出来るようになった矢先にその「遊び」も出来なくなるものです。


お互いに年をとって完全な独り立ちを求められる様になると遊んではおれません。

お互いに疎遠になり、二人それぞれに地元に帰ってしまってお仕舞です。



友人関係等はやはり「一期一会」でありましょう。


茶の湯も血なまぐさい戦国時代に蕾から華になった文化とも言えます。

茶人から武士へと伝わったとされる茶の湯。戦場でささくれた武士の心を平常に保つ働きをしていたのではとも現在では言われていますね。

ある種のサロン。もしくは趣向を凝らした非現実を味わうテーマパーク…こう言いますと茶道のお歴々に叱られますか…



実際に、確かに都会の片隅にあった、私の青春の苦い味です。



はい。今回はただの昔語り。


特に立派な教訓がある訳ではないです。

逸話等も無理に入れますと我々のやり取りが途端に「陳腐」になってしまい。


ただでさえ互いに大根役者でありますのに水をさすのも件の同級生に悪いかと思い。



敢えて終わりをよく結ぼうとしますと、本当に人とは一席の茶席の亭主と客でありまして、一期一会の間柄。


ふとした事で出会えなくなります。


蜜月であった豊臣秀吉公と千利休との仕舞が千利休の切腹である様に…


自分から知ってか知らずか関係を永遠に失わせてしまうものなのです。





諸人の付き合いは正に甘酒の様で、濃く粘りがある。


君子の付き合いは正に水の様で、ふと友人の宅の前を過ぎる時に。


この人は元気であるだろうか。


そう心に留めるのみである。


甘酒は毎日では飽きてしまう。水は何にでもなる。


人の付き合いは親密だけが良いのではない。



古の聖賢の士はそう申しました。



皆様もふとした楽しみを共にした人と離れても、甘酒から水に変わったと思われて過ごされるのが良いのではと思います。




最後に重ねまして。

茶道の奥深さに触れた方々からお叱りを受けるかも知れませんが、出来ましたら「憧れ」からの衝動であり、お目溢し下さると嬉しく思います。



恐々謹言


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