第91話 恵美の去就


「あ、あの~…。たいへん申し上げにくいのですが……」


 しんみりした雰囲気の中、アマが言い出しにくそうに、恵美の方を向いて言った。


 恵美は、パンパンと顔を叩いて涙を落ち着かせてから、アマの方を向く。


「こうなってきますと…、あの話は、どうなりますでしょうか……」


 皆、何の話かと、不審気ふしんげにアマと恵美の顔を見た。


「う~ん。言い出しにくいけど、仕方無いよね~」


 全員の注目を浴びながら、立ち上がった恵美。そして、毎度恒例の、恵美爆弾が投下された。


「私も、ここを出ま~す。子供たちと一緒に、アマちゃんの村へ行きま~す」


「はあ~! 聞いてない、そんなこと!」


 誰よりも早く、舞衣が叫んだ。発言の主、恵美を向いて。


「そりゃ~そうよう。今、初めて言いましたから~」


 恵美は、何でも無いことのように言う。

 だが、娘たちは、色めき立った。自分たちだけで行かなければならないと思っていたのに、恵美が付いてきてくれるというのだから…。


「アマちゃんは~、ホントは慎也さんに来て欲しかったんだろうけどね~。

 キッパリ断られちゃったから~、私が代わりに頼まれたのよ~。

 村再建のための~手助けして欲しいって~」


 アマが申し訳なさそうにうなずいている。


「人界の優れた知識で、村をもっと豊かに、住みやすくしたいのです。

 その指導者としてお招きしたく…」


「大事にしてくれるって言うし~、子供たちの面倒も見られるし~、こっちの三分の一しか老けないから、若いままでいられるしね~」


「だ、だって、恵美さん!あなた、実家を継がないといけないって、言ってたでしょう! どうするの?許してもらえたの?」


 あわてる舞衣に、恵美はシレっとして言う。


「そう、それ!

 うちの先代大物忌が突然死で、大事な伝えが途切れてる~って、前に話したでしょう?

 途切れた伝えを調査しに行く~って言ったら、一発オーケーよ~。母様は渋ってたけどね~」


 全くもって、抜け目ない。

 が、もしかすると、恵美の主目的は、こちらの方なのかもしれない。

 まあ、どちらが主で、どちらが従であっても、恵美の決断は変わらない。

 彼女は既に行くと決心し、準備も進めていた。

 言い出すタイミングを迷っていただけのこと…。


「そんな! イヤだ! 恵美が居なくなるなんて!」


 しかし、今度は沙織が、恵美に取りすがった。


「何言ってるのよ~。あなたも出ていくんでしょうが~」


「だって、だって! 私、絶対帰ってくるもん!

 その時、あなたが居ないなんて、考えられない!」


「バッカね~。一生行くわけじゃないのよ。帰ってくるわよ~、私だって。

 ほら~、実家を継がないといけないし~」


「いつ帰ってくるのよ。一ヶ月? 二ヶ月?」


「いや~。それは、どうかな~。

 最低一・二年~。あるいは、もうちょっとかな~」


「嫌よ、そんなに会えないなんて!」


 駄々っ子のようになってしまっている沙織の服を、彼女の子のさちがクイクイと、引っ張った。


「ねえ、母様。私たちは、恵美母様が来てくれると心強いよ。

 ちょっとの間だけ、我慢してよ」


 沙織は渋い顔をして黙る。


「お願い!母様!」


 少し考え、娘に恥ずかしい姿をさらしていることに気が付いた。やむなく、渋々うなずく。


「やった~!」

「恵美母様が一緒だ」

「これで、何にも心配しなくていいね」


 沙織が了承したからと言って、それが皆に了承されたことにはならないのだが、娘たちは歓声を上げた。こうなると、誰も反対できない。

 ただ一人、恵美の子、つきねてみせた。


「なによ。折角せっかく、口うるさい母様から離れられると思ったのに!」


 そうは言うものの、口元がほころんでいる…。

 本当は嬉しいのに、この言い草。母親そっくりだ。

 皆もそんなことは承知で、笑顔になった。


「しかし、こうなると、みんな出て行くことになるのね…」


 舞衣の発言は、一日遅れで押しかけてきた四人の妻と、娘たちを指すもの。

 当然、祥子は入っていないのであるが…。


「待て、待て。ワラワは、どこにも行かぬ。

 というか、行くところが無いからの。

 邪魔かもしれぬが、置いてもらわないと困るのじゃが…」


 祥子の不安顔に、舞衣はあわてた。祥子に出て行けなどというつもりで言ったのではないし、出て行かれては困る理由がある。


「いやだ。ゴメンナサイ。みんなって言うのは、あの四人のことよ!

 邪魔になんかするはず無いじゃない。

 祥子さんがいてくれないと、私じゃ食事の支度できないし!」


「何じゃ、飯炊めしたき女としてか…。

 まあ良いわ。置いてもらえるなら、どんな扱いでも」


 再度、舞衣は慌てた。

 食事のことが最大の理由ではあるが、召使めしつかい扱いしているつもりは無い。彼女も家族の一員と本心から思っているのだ。


「違う、違う。祥子さんは第二婦人!

 みんなもそうよ! 第三夫人から、第六夫人まで、変わらないからね。

 私は頼りなくて抜けてるから、みんなが居てくれないと困るの!

 必ず、帰ってきてね!」


「はい!」


 出て行く四人の声がそろった。

 祥子も納得なっとく顔でうなずいている。


「美雪~。いいよね、この雰囲気。

 ちょっとと言うか…、かなり変ではあるけど、素敵な家族よね」


 早紀が、隣で微笑んでいる美雪に声をかけた。そして、続ける。


「でも、舞衣さんと祥子さんだけになっちゃうと、神社も完全に人手不足よね」


「そこは、私たちがカバーしないとね。張り切りますよ!」


 ガッツポーズの美雪。

 二人は然程さほど大きな声では話していないが、内緒話をしていたわけでもない。

 その会話をしっかり聞いていた恵美は、ニヤッとあやしく笑い、すかさず攻撃開始。

 攻撃目標は、美雪と早紀…。


「いよっ、頼りにしてるよ、美雪ちゃん!

 もう、いっその事、早紀ちゃんと一緒に、第七夫人・第八夫人になっちゃえ!」


 恵美爆弾二発目炸裂さくれつに、美雪の顔が急沸騰し、真っ赤になった。

 絶句している美雪に対して非情にも早紀が裏切り、背後からはさみ撃ちにする。


「やった、美雪!

 お許しが出たよ。宮司さんの奥さんになりたかったんでしょ!

 私も付き合うから、一緒に、なっちゃお!」


「ば、バカ! 何言いだすのよ! そんなこと……」


「そんなこと?」


 早紀がニヤッと笑って、首をかしげる。


「そ、そ、そ、そ、そんなこと……。出来るわけないでしょ!

 もう、遅いから、私たちは帰ります! また、明日!」


 美雪は慌てて立ち上がり、名残惜なごりおしそうにする早紀の手を引っ張って、大急ぎで出ていく。真っ赤な顔のままで…。


 連行されて行く早紀は、去り際に、みんなに向かって、ペロッと舌を出していった。

 物静かだが、結構、ノリの良い子である。

 そして、


「イテっ!」


 恵美の頭に、慎也の拳骨げんこつが落ちた…。

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