第6話

 日本迷宮案内所東京支部(通称ギルド)の中にあるバーで、俺は一心不乱に捲し立てていた。



「良いか相棒、女とヤるのにいちいち風俗で金を出すなんざバカのすることだぜ」



 口に出してみて、まるで世界の心理をズバリ当てたみたいな不思議な爽快感に包まれた。

 気を良くした俺はジョッキになみなみ注がれたビールをがぶがぶ飲んで喉を潤し、再び口を開く。



「古今東西、今も昔も、性に飢えている奴なんてごまんといるんだ。ニュースを見てみろ。毎日その手の話題が持ち上がってるじゃないか。芸能人が不倫しただの、教師が教え子に種流し込んだだの」

「あぁ」

「SNSやネットが著しく進歩した昨今、セックスはとっくの昔に愛のある行為ではなくなった。昔は違った。今と違って昔はスマホもパソコンも無かったから、人とつながるには手紙か、対面するしかなかった。だからこそそこには少なくとも信念があった」

「信念ね」



 俺の体面に座って黙って話を聞いていた大男、遥が神妙な面持ちで呟いた。



「そうだろ?そりゃあ昔だって快楽のためにやる奴はごまんといただろうが、それでも現代よりずっと愛に溢れるセックスだったに違いないぜ。今を見てみろよ」



 俺はさながら信者相手に演説キメる神父みたいに両手を広げてた。

 良い感じに回ってきたアルコールもあって、実に心地よい気分だった。ヒトラーも兵士相手に演説している時はこんな気持ちだったに違いない。



「ネットが発達につれ、いちいち対面して言葉を交わす必要がなくなった。そのおかげで広い範囲で他者と繋がれるようになった。今じゃジャングルの中で暮らすインディアンだってSNSで呟いていやがる」

「なら良い事じゃないか。今はグローバル社会だぜ?異国の人間とも繋がれることは素晴らしいことじゃないか」

「最後まで聞け。確かに良い事だ。それは認めるさ。だがそれを代償に俺たちは何を失った?大いなる利便性は必ず俺たちにとって大事な物を摩耗させるんだぜ」

「大事な物ってなんだよ?」



 奴の上げた疑問に、俺はきっぱりと答えてやった。



「愛さ、愛だよ愛。親愛、友愛、その他もろもろへの愛さ」

「は!」



 俺の言葉を遥は鼻で笑い飛ばし、シビレマタタキトカゲのテイルステーキを口の中に押し込み、ウイスキーで流し込んだ。



「何がおかしいんだこのボケ」



 せっかく心地よく語っていたのに、水を差された気分だった。

 朗らかに暖かかった心が、急速に熱を失ってゆく。



 知ってか知らずか、遥の奴は尚も続ける。



「はんっ、何が愛だ。SNSの普及で愛が失われるっつったな?」

「あぁ、言ったな」

「俺に言わせりゃ、昔から今も愛の質は変わっていないだろうぜ。SNSの普及によって愛が薄れたんじゃなくって、愛の薄い奴がこれを機に露になっただけなんだ」

「……」

「なんだかんだと屁理屈こねているが、要するにてめぇは女と一発やりたいだけだろ?」

「くそ」



 俺は吐き捨てると、一気飲みでジョッキの中身を空にして叩きつけるように置き、煙草に火をつけた。

 紫煙を燻らせながら、天井を睨みつける。



 天井に着けられたフィンがぐるぐると回転して、俺の吐き出す紫煙をかき消していく。



 遥の奴にズバリ胸の内を言い当てられ、俺は何も言えなくなってしまった。

 そうさ、俺は女と一発やりたいだけだ。



 それの何が悪い?

 生きている以上、快楽を求める事は実に自然な事だ。たとえ天変地異が起き、人類が絶滅して次の知的生命体が現れたとしても、その理は変わらないはずだ。



 現代社会は金さえ払えば大概の快楽は叶えてくれる。ゲーム。ヤク。ギャンブル。セックスもそう。



 性に奔放。暴力的で協調性がない。無軌道。社会的不適合者。

 そんな人間の屑である俺ですら、金さえあればそれらを享受できる。



 結局のところ、社会に属する者にとって大事なのは金なのだ。金さえあれば快楽は手に入るし、快楽には愛が付随しているからそれも同時に手に入る。



 金=快楽。とどのつまり俺たち社会に生きるものの共通認識はそれなのだ。

 だから皆こぞって金と名声を求める。さらに素晴らしい快楽を求めて。



 たとえその先が果てしない虚無だとしても、俺たちは止まれない。煩悩を捨て去れないからだ。

 真に捨て去れたのは今のところは釈迦だけだ。



 建前上、人々は快楽に浸りすぎるのを良くないと言っているが、面の皮の奥には永遠にそれらに浸っていたいという欲望が見え見えだ。



 でもそれは悪い事ではない。

 だってそれはアダムとイブの奴が知恵の身を食っちまったっ時から決められているプロセスなのだから。



 そして快楽を享受するのも悪い事ではない。人類の罪罰はキリストがとっくの昔に清算しているからだ。



 とっくに許されている罪を、一体どうして気にしなきゃいけない?



 SNSで愛の薄い者が暴かれた、か。

 畜生。遥の奴も良いこと言うぜ。



「ちぇ、しらけちまった」

「じゃあ今日の所はお開きにするか」

「そうだな」



 俺たちは同時に席を立った。





 🍺





 バーを出た俺たちは迷宮案内所の受付に直行した。

 今はとにかく胸の内に生じた衝動を発散したかった。もし迷宮が無かったら、きっと今頃俺たちは殺人の罪で指名手配されていたことだろう。



「日本迷宮案内所東京支部へようこそ。ご用件をどうぞ」

「迷宮へ」



 営業スマイルを張り付けた受付にトレジャーカードを渡しながら、遥はそっけなく答える。



「かしこまりました、ではBからEまでの難易度を選んでください。ちなみにですが本日はCランクキャンペーンとなっておりまして、Cランク迷宮で取ってきた素材にボーナス判定が付きます」

「だそうだが…おいシーク、どうする?」

「Cで」

「かしこまりました、では難易度Cランク『誘いの洞窟』への探索でよろしいですか?」

「あぁ」

「はい、ではこれにて受注は完了しました。こちらから右手にあるポータルから出発してください。良いトレジャーを」



 手を振って見送る受付に俺たちは頷き返すと混雑する受付からとっとと離れ、女のトレジャーハンターのケツをガン見して止まっていた30代手前のトレジャーハンターを蹴っ飛ばして退け、Cと書かれた『瞬間迷宮移動装置(通称ポータル)』のゲートを潜り抜けた。



 ゲートを潜り抜けた先は、薄暗い洞窟だった。

 洞窟の天井に光る苔やキノコが生えていて、そのおかげでかろうじて光源が確保できている。ただやはりかろうじてなので、何かしら自力で光源を確保しなければ碌な探索もできないだろう。



 尤も俺には真昼間と変わりなく周囲が見えているから、そんな物必要ないのだがね。

 やや遅れてポータルを潜り抜けてきた遥と合流すると、俺はアサルトライフルを作り出し、互いに目配せして進み始めた。


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