第431話 くっころ男騎士と愚妹襲来
突如現れたスオラハティ家の家紋を掲げた騎兵集団。しかも、現れた方向はズューデンベルグ方面ときている。嫌な予感しかしない遭遇だったが、まさか攻撃を仕掛けるわけにもいかない。ちょうどすぐ前方に開けた場所があったこともあり(くしくもリースベン戦争の決戦場となった場所だ)、僕はそこでその騎兵隊と合流することにした。
現れた騎兵たちは、確かに見覚えのある旗を掲げていた。落ち着いた青色の甲冑を身にまとい、騎兵銃や馬上槍を携えている。軍装はさておき、装備に関してはリースベン軍騎兵隊とそっくりだ。このような編成を取る部隊を、僕は自軍以外では一つしか知らなかった。……なるほど、確かに掲げた旗は偽りではないらしい。間違いなく、スオラハティ軍の騎兵隊だ。だが、問題はそこではなかった。
「おっひさっしぶりですわ~、アル~! 元気してましたこと~!」
そんな言葉を吐きながら騎兵隊から飛び出してきた女を見て、ソニアは「ゲッ!」と淑女にあるまじき声を上げた。ゴツい甲冑を軽々と着こんだそいつは、ソニアと同じ空色の長い髪をサイドポニーでまとめている。長身の者が多い
「二年ぶりですわね~! 寂しかったですわよ~めっちゃ寂しかったですわよ~なんでノールに全然帰ってこないんですのふざけんなですわ~。しっかし、まぁ~たエロさが増してるんじゃありませんこと~? 全身ドスケベのドエロ人間ですわぁ~! ムラムラが収まりませんわ~我慢できませんわ~そこの草むらで一発ヤりますわよ~初夜ですわ~略奪婚ですわ~!」
マシンガントークという言葉が陳腐に思えるようなまくしたて方をしたその女は、こちらが口を開くよりも先に僕の肩をグワシと掴んだ。そして荷物を持つような気軽さで抱え上げ、宣言通り草むらに連れ込もうとする。なにしろ相手はソニアとそん色のないクソデカ女、プラス
「やめんかこの愚妹がぁ!!」
だが、怪獣みたいなクソデカ女はこちらにもいるのである。ソニアは一瞬で激高し、不審者女の顔面を全力で殴りつけた。さしものクソデカ女もこれは溜まらない。僕を取り落としながら吹っ飛んでいく。
「いってぇ~ですわ~何するんですの駄姉がぁ~! 人からアルを奪っておきながらなんてデカい態度ですの~ふざけんなですわ~! 少しばかりわたくし様より早く母親の腹から這い出してきた程度で偉そうにしやがってムカつきますわ~!」
ところが、不審者女も尋常な相手ではない。空中で猫のように態勢を整えた彼女は見事に着地し、即座に地面を蹴ってソニアに突撃をかました。そのまま二人は罵声を上げながら取っ組み合いを始める。白兵戦ではガレア王国でも一、二を争う実力者のソニアではあるが、不審者女の方もかなりの達人だ。両者の実力は伯仲しているように見えた。
「あれ、誰ですか? オトモダチ?」
バタバタと音を立てながら猛烈な取っ組み合いを演じる二人を指(鎌?)差しながら、ネェルが小首をかしげる。……あんな友達は嫌だなあ。僕は立ち上がり、ホコリを払いながらため息をついた。
「……ソニアの妹だよ。スオラハティ三姉妹の一番下にしてノール辺境領切っての問題児。ヴァルマ・スオラハティ……」
辺境領に置いてきたはずの暴走特急が、なんでリースベンに居るんだよ。頭を抱える僕を見て、ネェルは愉快そうな表情で「フゥン。楽しげな、人ですね」などとのたまった。アレを見て出た感想がそれか。うちのカマキリちゃんも大概大物だな……。
それから、十分後。やっと姉妹喧嘩が収まった。両者は落ち武者もかくやというほどズタボロになり、なんとも情けない有様になっている。僕は二人が殴り合っている間に、部隊に大休止を命じていた。何が何だかわからんが、とにかく我々の前にスオラハティ家の騎兵隊が現れたのは確かなのだ。行軍を一時中止し、情報のすり合わせを行わねばならない。
「ごめんなさいね~アルぅ~。再会の喜びで少しばかり興奮しすぎましたわ~恥ずかしい所を見せましたわ~。でもまあ構わないですわよね~わたくし様とアルの仲ですもんね~もっと恥ずかしい所を見せ合う関係ですものね~」
ぐいぐいと身を乗り出しながら、ヴァルマ・スオラハティはそんなことを言う。彼女とあったのは数年ぶりだが、背が高くなった程度で何も変わっていない。こいつはガキの時分からこんな調子なのである。僕はゲンナリした心地になりながら彼女を押しとどめようとした……が、敵わずに強引に抱きしめられ、唇を貪られた。ソニアが無言でヴァルマの頭に鉄拳を落とす。
「いってぇですわいってぇですわ~! 駄姉~! 乱暴さが増してるんじゃありませんこと~? 乱暴者は男から嫌われましてよ~! お情けでアルに婚約してもらったくせに調子乗りまくりですわね~! そんなんじゃ一年と立たずに見捨てられますわよ~! 可哀想だからすこしばかりアルを分けてあげてもいいとは思ってましたけども、彼があなたを捨てるならわたくし様も駄姉をポイですわよ~! 駄姉から廃品姉にジョブチェンジですわ~」
「相変わらずペラペラペラペラよく回る口だな愚妹……! 元気が有り余っているようならもう少し"運動"に付き合ってやろうか……!」
本気でキレる三秒前の声音でそんなことを言いながら、ソニアが立ち上がろうとする。僕は慌てて彼女を押しとどめつつ、ヴァルマの副官に視線を送る。なんだかんだ言って、この暴走特級女とも付き合いが長い。その腹心たちとも当然顔見知りだ。
副官は申し訳なさそうな顔をして深々と頭を下げ、「売られた喧嘩は買いますわよ~高値を付けますわよ~! ボッコボコのメッタメタにしてあげますわ~」などと言いながら拳を振り上げようとするヴァルマをはがいじめにした。
「遊んでないでそろそろ真面目な話をするぞ。知っているかどうかは知らないが、こちらは見ての通りいくさに出なきゃならんのだ。戦いにおいて、時間は黄金よりも貴重だぞ。無駄遣いはできん」
「確かにその通りですわね~失礼しましたわ~」
ヴァルマはだいぶ様子のオカシイ女だが、これでも指揮官としては有能な部類なのである。軍事的合理性よりも私情を優先することは無い。……たぶん、あんまりない。こちらの指摘を受け、彼女は大人しく拳を下ろした。
「ズューデンベルグ領側から越境してきたということは……事情はだいたい知ってるわけだな?」
コイツだって一応はガレア貴族だ。いくらエキセントリックな性格をしているとはいえ、普通の状況ならガレア側からやってくるはず。それをしていないということは、僕らがズューデンベルグに向かっていることを知っていたからだろう。
「もちろんですわ~。レマ市であの電信? とか言うのを読みましたわ~。身の程知らずのワンちゃんを懲罰しに行くんですわよね~」
カルレラ市の最寄りの都市は王国側のレマ市と神聖帝国側のズューデンベルグ市だが、この両者との間には冬のうちに電信網を設置しておいた。スイッチを押してブザーを鳴らすだけの原始的な装置だが、モールス信号を使えば早馬どころか鳥人郵便よりも早く情報のやり取りをすることができる。宰相派の貴族を領主に頂くレマ市に対してはは、現状についての詳しい情報を送っていた。
「で……お前は何をしに来たんだ、南の果てまで郎党を率いてピクニックか?」
だいぶ毒のある口調で、ソニアは嫌味を言う。だが、ヴァルマはどこ吹く風だった。
「むろん、援軍ですわ~! 南部情勢が燻っていると聞いて、いてもたってもいられなくなりましたの~」
そうは言っても、ノール辺境領とこのリースベン領は大変に離れている。大国ガレアの北端と南端なのだから当然だ。
いったいいつから動き出してたんだ、こいつは。カステヘルミからはそういう連絡は来てないんだが……ヴァルマは無駄に頭がよく回るし、カステヘルミは人が良すぎて娘を信用しすぎるきらいがある。おそらく、タチの悪い詐術で母をだまくらかして出陣してきたのだろう。
「そ、そりゃあまあね。有難いけどね。ウン……」
僕は何とも言えない心地でヴァルマの連れてきた騎士たちを眺めまわした。凄い数だ。聞いてみれば、なんとその数一個大隊。中隊三つで大隊を作るのがガレア式軍制だから、なんとリースベン軍の遠征部隊にくっ付いてきた騎兵部隊の三倍の数だった。
たしかに我々には明らかに騎兵部隊が不足している。ヴァルマの援軍があれば、対ミュリン戦に関しては一切の不安材料が払拭されたと言っても過言ではない。……補給計画に含まれていない部隊が突然生えてきたわけだから、兵站的にはだいぶしんどいが。まあ、その辺りは最悪ディーゼル家に押し付けるので問題はない。一番問題なのはコイツ、ヴァルマ・スオラハティの人格だ。
「愛しのアルの好感度を稼ぎつつ、戦果を挙げて我が野望の第一歩を踏み出す! 一石二鳥ですわ~」
ヴァルマという女は、大変に危険な人物であった。ガレアで最も巨大な領邦の領主の三女でありながら、その次期当主以上の立場を求めていると公言して憚らない。ヴァルマの目標は、己の王国を築くことなのだ。正直言ってだいぶヤベーやつだった。
これで無能ならばただのアホで済むのだが、残念ながら彼女は有能だった。戦いを好まないカステヘルミに代わって何度も軍役に参加し、そのたびに目覚ましい活躍を見せている。しかも下手にカリスマがあるものだから、彼女をしたって部下が続々と集まる始末。ヴァルマの一党は、今やスオラハティ軍の中でもかなり重要な立ち位置をしめるようになってしまった。
「あとこれはついでなのですけれど、王家から伝言を預かってますわよ~」
「伝言……伝言? 王家から? 嘘を吐くな。王家がお前に使者などを任せるはずがないだろう」
冷や汗をかきつつ、ソニアが指摘する。王国の王侯の間では、ヴァルマのアレっぷりは有名な話である。王家からの直接の伝言となれば、それを扱うのは当然正式な使者だ。そのような重要な任務をヴァルマに任せるというのは、実際考えづらかった。
「使者は別にいたんですけれども、シバき倒して任務を奪ってやりましたわ~! 弱肉強食は世の常、クソザコ騎士に使者を任せた王家の落ち度ですわ~!」
「何やってんだお前ェ!!」
ソニアが思わず立ち上がった。僕も同じ気持ちだった。人が王家から余計な疑いをかけられぬよう四苦八苦しているときに、コイツはなんてことをしてくれたんだよ!!
「ビビる必要はありませんわぁ~。ちゃんと合法的な手段で引っ剝いでやりましたわ~文句は言わせませんわ~」
嘘つけぇ! と言いたいところだったが、コイツが合法というのなら本当に合法だという確信があった。おそらく、昔の法律……
使者殿を自分の土俵に誘い込み、正々堂々と奪って見せたのだろう。
この女は常日頃から危険極まりない言動と行動をとっているが、それでも幽閉や勘当といった取り返しのつかない状態には陥っていない。これは辺境伯家の権力で握りつぶしているのではなく、本人が致命的なラインを見極める眼力を持っているおかげだった。おそらく、地雷原でタップダンスを踊ることにかけてはヴァルマの右に出る者はいないだろう。
とはいえ、いくら合法だろうが王家の心証が悪くなることは避けられない。しかもたぶんヴァルマはその辺を理解したうえであえて王家に中指をおったてているのだからタチが悪すぎる。こいつはそういうやつだ。
「んおお……」
僕は思わず頭を抱えた。アレな味方に悩まされるのは、どうやらイルメンガルド氏の特権ではないようだ。アンネリーエ氏とヴァルマ、どっちがマシだろうか? ワンチャン前者かもしれない。
「……で、なんだ。伝言ってやつは」
ソニアと一緒になってヴァルマをシバき倒してやりたい欲求に耐えつつ、僕はそう言った。本当に今は時間がないのだ。このクソボケへの折檻はすべてが終わった後にやればよい。
「これですわ~」
ニコニコと異様なまでの笑みを浮かべつつ、ヴァルマは懐から出した封筒をこちらに手渡してくる。封蝋に押されたマークは、確かに王家の紋章だった。差出人の名前は、フランセット殿下だ。
僕はコホンと咳払いをし、腰からナイフを抜いて手紙を開封する。中からはふわりと花の香りが立ち上ってきた。手紙にお香や香水の香りをつけておくのは、最近王都で流行っているやり方だ。当たり前だが、ド腐れ世紀末覇王かぶれのヴァルマがこんな洒落たやり方を知っているはずもない。差出人はフランセット殿下で間違いなさそうだ。
「……ッ!?」
何とも言えない心地で手紙を読み始めるが、すぐに僕は凍り付く羽目になった。そこに書かれていた文字列は、僕の脳が理解を拒むほど衝撃的な内容だった……。
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