第273話 くっころ男騎士と元老院の惨劇テイクツー(1)

『村内に不穏な動きあり。警戒されたし』


 まあエルフどもは年がら年中不穏な動きをしてるだろって感じだが、こんな手紙を受け取ってしまった以上は対応しないわけにはいかない。騎士隊はもちろん陸戦隊にも臨戦態勢を取らせ、マイケル・コリンズ号にも出港準備を指示する。

 だが、現状まだ我々は(やる気の全くない二回の襲撃モドキを除いて)何の手出しも受けていないのである。この段階で無差別に戦闘をおっぱじめたり、いきなり尻に帆をかけて撤退、などという真似をするわけにはいかない。いつでも戦えるように準備しつつも、僕たちは再開された会議に出席した。


「だいたいなあ、ないが気に入らんってきさんらがリースベンに逃げ込んこっがいっばん気に入らんど。男ん治むっ国に守ってもらうつもりなんか?」


「そん通りじゃ! 逆ならまだしもなんでエルフが男に守らるっど! 誇りはどげんした誇りは!」


オイらにもリースベンにも手を出したんなおはんら僭称軍じゃろうが! おはんらと敵対すっ者同士で手を組んでないが悪かど!」


「そも、リースベンに守らるっ気など我々にはさらさらん! 傍若無人な僭称軍ん脅威にさらされたリースベンの民をオイらが守っとじゃ!」


 そんな我々の焦燥とは裏腹に、会議の方は相変わらずって感じだ。悪い意味で白熱しているというか、そのうち誰かが剣を抜くんじゃないかという雰囲気。

 しかしまあ、"新"と"正統"の関係は最初から最悪だったわけだしな。まだ直接手を出した者が居ないという時点で、だいぶ頑張ってるよ。……例の矢文に書かれていることが本当なら、もうそろそろその忍耐も限界が来ているみたいだがな。


「……」


 僕は無言で、ソニアの方を見た。彼女は薄く笑って、微かに頷く。いざという時はお任せを、そういう表情だ。獲物に飛び掛かる直前の猟犬のような雰囲気を出している。そしてそれは、他の護衛騎士たちも同じだった。

 ……エルフもエルフだが、こっちもこっちだな。暴走して勝手に暴れだしたりしないだけ、まだマシだが。話し合うより殴った方が早いと考えてしまうのは、軍人の悪癖だぞ。暴力でなんでも解決するなら、アフリカも中東もとっくに平和になってるんだよ。いやまあ、殴らないとなんともならない状況も、確かにあるんだがね。


「はあ……」


 密かにため息を吐いて、思考を回す。現状、我々に出来ることは少ない。なにしろ、不穏な動きがあるという一報しか我々のもとには届いていない訳だからな。そもそも、敵がどの勢力なのかすらわからない。これだけの情報でどう対処しろというのだろうか?


「胃のあたりがジリジリしてきますね」


 僕の隣に座ったフィオレンツァ司教がそう囁いてくる。軍人としてはそれなりにベテランである僕ですら落ち着かない心地なのだから、民間人である彼女の不安感はいかばかりなものだろうか? 大変に申し訳ない心地になって、僕は小さく頭を下げた。


「アルベールどんとしては、どげんしよごたっど? 本気で叛徒どもんケツモチをやっつもりなんか?」


 口を開こうとしたところで、突然"新"の氏族長に水を向けられる。どうやら、悠長に内輪でおしゃべりをしている暇はないらしい。肩をすくめて、僕はエルフたちに笑いかけた。


「再三言っていることだが、我々の目的はエルフェニアの安定化だ。……この地に平和をもたらすためならば、僕たちは"新"も"正統"も関係なく手を差し伸べる。それだけだ」


 言ってて何だが、こんな綺麗ごとでエルフどもが納得してくれるはずもないよなあ。まあ、会議に関しては時間稼ぎという面も大きい。男スパイたちによるエルフの有力者に対する取り込み工作は順調に進行中だ。頑固な過激派はともかく、日和見の者たちは近いうちにこちらに転ぶだろう。

 ……この段階で敵対勢力が動き始めたのは、その寝返り工作を警戒してのことかもしれないなあ。エルフたちだって、正面から戦うだけしか脳の無いバカどもではないわけだし。ううーん、ままならないものだなあ。


「逆に言えば、我々は断じて戦争に協力する気はないということだ。"新"と組んで君たちと戦うような真似は絶対にしないし、その逆もまた……」


「天誅!!」


 突然のことだった。元老院内部を警備していたエルフ兵が、何の前触れもなく木剣を抜いてこちらへ突っ込んでくる。僕は反射的に腰に刺したサーベルを引っこ抜いて迎撃しようとしたが、それより早くどこからともなく飛来した手裏剣がエルフ兵の腹に突き刺さる。


「グワーッ!」


 血を吐いて地面に転がるエルフ兵。どうやら、元老たちの間に紛れていたエルフ忍者が援護してくれたらしい。しかし、凶手は彼女だけではなかった。少なくない数の警備兵が、一斉に木剣を抜きこちらや"正統"の使節団へ襲い掛かる。

 僕はちらりと、議場の隅にいたヴァンカ氏を一瞥する。彼女は憎々しげな表情で、額に手を当てていた。なんだろう、この反応。なんだか違和感があるな。この襲撃は、ヴァンカ氏の指金ではないのだろうか? 気になるが、今はそれどころではない。僕はすぐに彼女から意識を外し、剣を構えながら襲撃者と化したエルフ警備兵を睨みつける。


「なるほど、最初から敵の浸透を受けていたわけですか」


 ショートソードを抜きながら、ソニアが言う。彼女の愛剣は刃渡り一四〇センチを超える大ぶりな両手剣だ。いくら広いとはいえ、議場内で自在に振り回すのは難しい。そこで、取り回しの良いサブ武器で戦う腹積もりのようだ。

 警備にあたる衛兵や近衛騎士などに暗殺者を紛れ込ませておく手法は、この手の襲撃では定番と言える。とはいえ、敵の数はなかなかに多い。警備兵の大半が敵に回っているのではないだろうか? まったく、厄介な話だ。


「なんじゃ貴様人が話をしちょっ最中に! 死んでけしんで詫びれ!」


「僭称軍め、血迷うたか!」


「チェスト!」


 そんな有様だから、元老院内はもう大混乱である。……大混乱だが、そこは血の気の多いエルフたち。怯えて逃げ回るものなど一人もいなかった。僕たちと同じく襲撃を受けた"正統"使節団は即座に剣を抜いて迎撃したし、"新"の元老たちの中にも激怒して襲撃者たちに襲い掛かるものがいた。……"新"側で一番キレてるのは、さっき僕に対して質問してきた氏族長だな。


「年寄りをたぶらかして我らん国を割ろうとすっ毒夫め! 覚悟!」


 当然、僕の方にも新手が突っ込んでくる。『チェストされる前にチェストするんが戦の必勝法ぞ!』前世の剣の師匠の言葉が脳裏に浮かび上がる。僕は即座に剣を構え、エルフ警備兵に飛び掛かった。


「キエエエエエエエアアアアアッ!!!!」


 ブチ切れ気味に叫んでやると、エルフの凶手は露骨に怯んだ。その隙を逃す僕ではない。一刀両断、エルフ兵は真っ二つになった。まき散らされる血と臓物を見て、エルフたちが感嘆の声を上げた。


「こいがガレアん男騎士か!」


「素晴らしか手並じゃ、オイらに引けを取らんぼっけもんじゃな」


 僕は彼女らを無視して、倒れ伏した凶手を観察した。彼女が持っている武器は、黒曜石の刃のついた真剣だ。先日までのやる気のない襲撃とは違い、今回の襲撃には本気の殺意を感じる。


「騎士隊は非戦闘員の保護を最優先だ! 外の陸戦隊にも伝令を出せ、おそらく内部の敵は陽動だぞ! 総員、合戦用意!」


 なにはともあれ、襲撃を退けねばならない。この際、エルフたちの眼前で我々の手並みを披露しておこう。どうも、エルフ連中は我々の武力を甘く見ている節があるしな。

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