第266話 くっころ男騎士と和平交渉

 ことあるごとに煽られてはまともに議論などできるはずもない。そこで僕は、会談におけるルールを作ることにした。ルールと言っても、そう大層なものではない。

 まず第一に、武器を抜いたり魔法を使おうとしたりしないこと。第二に、相手の発言は遮らず、最後まで聞くこと。そして第三に、挑発的な言動をしないこと。ごくごくシンプルな最低限度のルールではあるが、これを遵守してもらわないことにはとてもじゃないが議論は成立しないからな。"新"、"正統"そして我々リースベンも、これを破った者は例外なく退場処分ということになった。


「こほん……」


 やっとのことで会議のルールが策定され、なんだかダレた雰囲気になってしまった元老院(を名乗る竪穴式住居)。その中央で、ダライヤ氏が可愛らしい声で咳払いをした。そしてワインで口を湿らせる。

 ……エルフ式の会議って、ほとんど酒宴と変わりないな。まあ、ガレアのやり方でも、ちょっとした低アルコール酒くらいは出るけどさ。ここまでガッツリ酒飲みながら話し合うことは、流石にあり得ない。こんな方式でやってるから、話し合うより暴力を使った方が早い! なんて考え方になるんじゃなかろうか?


「ええとそれで……"正統"としては、リースベンへの移住を目指している、という話じゃったな?」


「そうじゃ」


 頷いてから、オルファン氏はニワトリの水煮を食べる。彼女は酒はそれほど飲んでいないが、代わりにかなりの量の料理をすでに平らげていた。どうやら、かなり腹ペコだったようだ。……いやまあ、エルフはだいたい腹ペコなんだが。


「いつまでもラナ火山にしがみちちょってん、仕方が無か。幸い、アルベールどんが畑ん一部を分けてくるっちゅう話じゃっでな。有難う使わせてもらおうかと」


 ラナ火山の周囲の土地を我々リースベンが租借し、そのかわりリースベンが開拓済みの土地の一部を"正統"へ譲渡する……この案は翼竜ワイバーン便を通してすでにオルファン氏に打診済みであり、ほとんど内定といっていいほど話が進んでいた。あとは"新"が納得するかどうかだ。

 まあ、細かい事を言うと、租借と土地の譲渡は別個の条約にする予定だがな。ラナ火山の租借料は移住して生活基盤を失う"正統"の自立支援という形で行い、譲渡の方は正式に"正統"がリースベンの一部として吸収されることを条件にしている。

 要するに、リースベンの土地に住むんだからリースベンの法に従ってくれ、ということだな。ガレアとエルフェニアでは、常識からしてだいぶ違う。これまでの経緯もあり、もとのリースベン住人との軋轢も予想される。移住は前途多難だ。"御恩と奉公"方式の双務的封建契約では、トラブルが発生した際の対応が難しくなってしまう。そのため、あえて吸収という形を取ることにしたのだ。


「ふん、要すっに土地乞食か。オルファン皇家も落ちぶれたもんじゃな」


 氏族長の一人が煽るような口調でそう言った。いきなりの、議会ルール違反である。ダライヤ氏の目がギラリと光った。


「やれ」


 どこからともなく現れたエルフ忍者が、氏族長を羽交い絞めにした。身動きが取れなくなった彼女は、あっという間に元老院の外に引きずり出されていく。……やっぱりあの忍者たちはダライヤ氏の配下だったか。高い練度にトリッキーな戦術、こりゃ敵に回したくない連中だなあ……。


「アイエエ!」


 氏族長の情けない悲鳴をバックに、ダライヤ氏は肩をすくめる。それを見たオルファン氏がクスリと笑った。


「……畑と食料せあれば、もはやオイらに戦う理由はなか。戦いを終わらすっには、よか機会なんじゃなかじゃろうか?」


「その通りじゃ。ワシから見てさえも、この内乱は長く続きすぎたように思える」


 即座に同調したのはダライヤ氏だ。だが、"新"の元老たちには不満げな者も多かった。そんな彼女らを代表するかのような態度で、ヴァンカ氏が挙手する。


「確かに、この戦いの発端は食料の奪い合いだった。だが、ダライヤの言う通り、この戦いは長く続きすぎた。腹を満たせるようになったからといって、もはや矛を収められるものではない」


「そん通りじゃ! こん戦いでどれだけん仲間がけしんだち思うちょる!」


「叛徒どもを一人残らず根切りにせんな、腹ん虫が収まらんど!」


 ヴァンカ氏の言葉に、過激派元老たちが一斉に気炎を上げた。……まあ、彼女らの言うことにも一理あるんだよな。恨みや憎しみはそう簡単に消えるものではない。百年も戦い続けて来たのに、今さら講和などと言われても納得できないだろう。


「愚か者どもめ! 近頃は、戦死する者より餓死する者のほうが多いではないかっ! ぐだぐだと戦いを続けてみろ、じきに"新"も"正統"も区別なくエルフ族は共倒れじゃぞ!」


 必死の形相で、ダライヤ氏は叫ぶ。僕のすぐ近くに居たカラス娘のウル氏が、「カラスやスズメも、じゃなあ」と呟いて僕に目配せした。わあ、とうとう露骨に寝返りを示唆してきたぞ。


「それに何の問題が?」


 一方、ヴァンカ氏の方は、皮肉げに笑ってからワインをラッパ飲みした。ひどくやさぐれた態度だ。当初の優しい雰囲気は鳴りを潜め、過激派の親玉らしい言動である。……なんだか二面性のある人だな。


「死も恐れぬ勇敢さが、エルフの美徳だ。屈辱的な平和よりも、名誉ある戦いを目指す。それがエルフの生き方というものだろう?」


「そん通りじゃ! よう言うた、ヴァンカどん!」


「叛徒どもやよそ者んゆことを聞っ義理は無か! 戦争継続じゃ!」


 わあわあと叫び始める過激派エルフたち。僕は無言で、ウル氏とヴァンカ氏を交互に見た。彼女は少し笑って、首を左右に振る。ふむ……ウル氏がこっちに着くのはほぼ確定か。有難いことだ。

 だが、問題はどの程度のカラス鳥人を離反させられるか、だな。エルフがやたらと強いのは、鳥人による航空偵察あっての部分も大きい。カラスやスズメなどの鳥人族全体を味方につけることができれば、エルフの戦闘力を大幅に削ぐことができるんだが……。


「つまり、オイらん移住を認むっ気はなかと」


 氷山のような声音で、オルファン氏が聞く。流石は皇族の末裔、そこらの凡骨には出せない威圧感だ。だが、ヴァンカ氏はそれにひるむことなく、ニヤリと笑い返す。


「むろん、その通り」


「……」


 オルファン氏は、無言でため息を吐いた。そして、乱暴な手つきでワインをがぶ飲みする。ううーん、ヴァンカ氏ら過激派は、どうも妥協してくれる様子がなさそうだな。予想はしていたが、やはり議論だけではこの問題は解決しないみたいだな……。

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