第262話 くっころ男騎士と過激派?

 ダライヤ氏に案内され、僕たちは新エルフェニア帝国の元老院に入っていった。元老院といっても、所詮は竪穴式住居。そのそう広くはない室内にはムシロが敷かれ、中心部にはこの手の建築の常として囲炉裏が設置されていた。強い煙の匂いが僕たちを包み込み、思わず咳き込みそうになる。


「……」


 そんな手狭な空間に、少なくない数のエルフが詰めていた。カラスやスズメの鳥人も少数ながら混ざっている。友好的な表情をしている者もいれば、胡散臭そうな目つきでこちらを見ている者もいた。

 ちなみに、その中には"正統"のエルフは一人もいない。ダライヤ氏の話によれば、"正統"の使節団はまだ到着してないとのことである。まあ、彼女らはリースベン半島のかなり奥地に住んでるからな。移動にもなかなか時間がかかるのだろう。


「皆の衆、待たせたな。こちらがガレア王国リースベン領の領主、アルベール・ブロンダン殿だ」


 ダライヤ氏の紹介に、エルフ元老たちがざわつく。「ほんのこて男や」「リースベンは男に領主を任せっとな」「後ろに控えちょっあん騎士は相当な使い手に見ゆっ。一度手合わせしてみよごたっね」……などという言葉が聞こえてきた。

 まあ、僕も男の身空で騎士などやっている人間だから、この手の反応は慣れている。気にせず自己紹介をしてから、続けてソニアやフィオレンツァ司教を紹介した。


「ウルザ氏族の長、テリシアじゃ。よろしゅう」


「お会いできて光栄だ、テリシア殿」


 続いて、元老側が挨拶をはじめた。人口のわりに、新エルフェニアでは元老の数が多かった。ナントカ氏族の氏族長だの、長老だの、いろいろ居る。覚えるだけでもなかなかに大変だった。とはいえ、右から左へ聞き流すわけにもいかない。僕は必死になって脳にエルフたちの顔と名前を刻み込んだ。


「ヴァンカ・オリシスだ。お噂はかねがね聞いているぞ、ブロンダン殿」


 そんな中、出てきたのがあのヴァンカ氏である。過激派エルフの元締めだと、ダライヤ氏が言っていた人物だ。少女やせいぜい二十代前半くらいの外見年齢の者が多いエルフたちの中に合って、彼女は際立って年かさに見える。外見上は、僕の母親と同性代くらいだろう。ただ、エルフだけあってその容姿はやはりたいへんに整っている。

 憂いを秘めた未亡人、そういう印象だな。意外だったのは、その声音が思った以上に穏やかで優しげなものだったことだ。とてもじゃないが、過激派の親玉のようには見えない。むしろ、穏健派だと言われた方が納得できる雰囲気だった。


「……あなたがヴァンカ殿か。一目お目にかかりたいと思っていたんだ。どうぞよろしく」


 しかしまあ、だからと言ってガードを緩めるわけにはいかないからな。にっこり笑って、僕は彼女と握手した。ヴァンカ氏は気さくにそれに応じ、続けてソニアやフィオレンツァ司教とも握手する。

 ううーん、スムーズ。なんだかずいぶんと予想と違う展開だな。罵声くらい飛んでくるんじゃないかと思っていたが……。しかし、相手はダライヤ氏と同じくらいの古狸らしいからな、まあ演技は上手いだろうさ。内心はグツグツ煮えたぎっている可能性も十分にある……。


「積もる話もあるじゃろうが、まあまずは歓迎の宴と行こう」


 挨拶が終わると、ダライヤ氏はにこにこと笑いながらそう言った。給仕たちがやってきて、囲炉裏で湯気を上げている足つきの特大土鍋の中身をお椀によそい始めた。……冷静に考えて、元老院の議場のド真ん中にでかい鍋がデンと置かれている光景はなんだかヘンだな。いやまあ、議場っつっても竪穴式住居なんだから、むしろ似合っているくらいなんだけどさ……。

 妙な心地になりつつも、給仕からお椀を受け取る。中身は、案の定芋汁だった。ただ、"正統"の集落で提供されたものと違い、中身はそれなりに豪華だ。具はサツマエルフ芋に青菜(見た目からしてきちんとした野菜だ。雑草ではない)、キノコ類、そしてクワガタか何かの幼虫と思わしきイモムシ。うーん、びっくりするくらいマトモだ。


「ぴぃ……」


 などと考えていたら、隣のフィオレンツァ司教が悲鳴じみた小さな声を上げた。見れば、司教はぷるぷる震えながら信じられないものを見るような目つきで茶色い汁に浮かぶイモムシを睨みつけている。

 そういえば、ガレアをはじめとした中央大陸西部には、あまり食虫文化が普及してないんだよな。そんな中で育ったフィオレンツァ司教からすれば、このイモムシ汁はなかなかにショッキングな代物だろう。……僕は前世の時点で平気でバッタとかセミとか食ってたタイプの人類なので、全然気にならないのだが。


「……僕が代わりに食べましょうか?」


 周囲に聞こえないよう気を付けながら、フィオレンツァ司教に聞いてみる。しかし、彼女は首をふるふると振った。


「あ、アルベールさんに恥をかかせるわけには参りません。が、頑張って食べますぅ……」


 ただでさえ船酔いの影響で食欲もないだろうに、よく頑張るものだ。僕は思わず感心してしまった。流石は聖人と呼ばれるだけのことはある。

 とはいえ、食文化ってやつはなかなかにセンシティブだからな。文化交流の際は、できるだけ相手と同じものを食べた方が良い。嫌悪感をむき出しにして拒否したりすれば、大変なことになってしまう。司教には悪いが、エルフと友好関係を築くためにはここで頑張ってもらいたいところだ……。


「もしや、ガレアではイモムシは食わぬのか」


 そこへやってきたダライヤ氏が、そう囁きかけてくる。まあ、フィオレンツァ司教のみならず、こちら側のほとんどの人間が戦慄した様子でイモムシを眺めているのだから、そりゃあ異常も察知するというものだろう。


「当たり前だろうが、馬鹿め」


 が、ダライヤ氏に続いて現れた人物を見て、僕は内心驚愕した。ヴァンカ氏である。彼女はムッスリとした表情で僕のお椀に匙を伸ばし、イモムシをすべて回収した。その代わりに、薄く伸ばした樹皮の包みを押し付けてくる。


「私の夫も、虫に慣れるにはかなりの時間がかかった。他国の人間に、我々の貧相な食文化を押し付けるべきではない」


 ……ほう、死に別れたというヴァンカ氏の夫は、よその国の人間だったのか。いやまあ、よその国というか、たぶんリースベンに居たガレア人なんだろうが。うーん、略奪婚かな。

 というか、僕のイモムシが全部ヴァンカ氏に持っていかれちゃったんだけど。まさか、気を使ってくれたのか? 自分で食べるのかと思ったら、持っていったイモムシの大半をダライヤ氏のお椀に移してるし。疑問に思いながら、渡された包みを開いてみる。


「おお……」


 そこに入っていたのは、串焼きになった小鳥だった。まだ暖かい。うまそうな香りがふわりと漂っている。


「ガレアの方には、こちらのほうが馴染みがあるだろう。……蛮族に渡された食物など信用できんというのなら、私自ら毒見をしても良いが」


「い、いえ、結構です。ご配慮、感謝します」


な、なんなの、この人……? どういう理由で、こんな真似をするんだ? 想像とは正反対の態度だ。わけがわからん。何かの策略か……? いやしかし、うううーん。

 ……僕が悩んでいる間に、ヴァンカ氏は無言で去って行ってしまった。え、なに、マジで厚意でイモムシ回収してくれたの? な、謎過ぎる……。頭の中を疑問符でいっぱいにしながらフィオレンツァ司教の方を見ると、彼女は自分のお椀を両手で持ちながらヴァンカ氏の背中を恨みがましい目つきで睨みつけていた。どうやら、自分のイモムシも持って行ってもらいたかったらしい。


「……なんだか、前評判と全然違うんだけど、あの人」


「ウ、ウム。ワシも困惑しておる……」


 僕の言葉に、ダライヤ氏もコクコクと頷いて見せた。ヴァンカ氏が怪しいと言った張本人がこの様子なのだから、僕に彼女の真意が推し量れるはずもなかった。謎は深まるばかり、って感じだ。

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