第260話 くっころ男騎士と疑問

 こちらは主砲が使用不能になり、さらに陸戦隊は船酔いで戦う前から満身創痍という有様。対するエルフ兵はヤジリのない矢で縛りプレイ状態。こんな状況で、戦いがグダグダにならないはずがない。

 そうこうしているうちにこちらの漕ぎ手と風術師は疲労でダウンし、マイケル・コリンズ号は川の流れに逆らって動くことができなくなった。あとはもう、流されるままである。

 そのまま漫然とした射撃戦が続いたが、相手が移乗攻撃に移ろうとしたあたりで業を煮やしたこちら側のエルフ護衛兵が陸戦隊を押しのけて戦闘を開始した。船酔いでひどい有様だったのはエルフ兵たちも同じことだったのだが、やはりもともとの地力が違いすぎる。見事な弓さばきで、敵エルフ兵を追い払ってしまった。


「なんともまあ……無様な戦闘だった。これは改善点が多そうだ」


 平時の落ち着きを取り戻したマイケル・コリンズ号の片隅で、僕は朝食を食べつつそう言った。この船はひどく小柄で、専用の食堂なども存在しない。小さな船室で缶詰のようになりながら食べるか、上甲板で日光を浴びながら食べるかの二択である。僕は、後者を選択した。

 時刻は既に朝というのは憚られるような時間帯になっており、南国特有の遠慮会釈の無い陽光が容赦なく僕を照り付けている。晩秋のはずなのに、なんだか暑い。


「訓練内容を見直す必要がありますね。水兵に関しては、文句の付け所の無い見事な手際でしたが……戦闘部門のほうが、あまりにもぐだぐだ過ぎた」


 木椀に入った軍隊シチューをスプーンで弄りつつ、ソニアがそう言った。この船の運用要員には、大きく分けて二種類の人間が居る。航海に関わる仕事をしているものと、戦闘に関わる仕事をしているものだ。前者は民間から引き抜いてきた者たちで、後者はリースベン軍に所属していた者たち……つまり、いわば陸軍将兵である。

 ソニアの言うように、航海(海ではなく川だが)要員に関しては素晴らしい練度を示してくれた。だが、戦闘要員は本当にひどかった。褒められるのは、砲兵隊くらいである。しかしそんな彼女らですら、機械的なトラブルで戦闘不能になっている……。

 むろん、不慣れな水上戦闘である。まともな訓練もしていないのにいきなり実戦を強いられたのだから、陸戦隊の兵士たちを責めるのはお門違いだ。責められるべきは、適切な訓練や戦闘計画を用意できなかった我々上級士官である。


「街道が未発達なリースベンでは、流通網はこのエルフェン河を中心に整備するほかない。速成教育のために省略してきたが、これからはしっかりと水上戦闘の訓練もしたほうが良いな」


 エルフェン河の上流……というか源流に近い場所には、虎の子のミスリル鉱山がある。現在、この鉱山付近には鉱山技師や鉱婦達が集まる小規模な集落ができつつあった。だが、山脈の奥深くにあるこの地点まで、カルレラ市から街道を伸ばしていくのはなかなかに時間も費用も掛かる。どう考えても、河川を軸に据えた交通網を構築したほうが早くて安上がりだ。しかも、一度に運べる荷物の量も多い。


「戦力化を急いだのが裏目にでましたね……」


 ソニアはため息交じりにそんなことを言う。なにしろ、エルフェニアと長々交渉を続けていたのは、リースベン軍が最低限戦えるようになるまでの時間を稼ぐためだったからな。なにしろわが軍は健軍されたばかりで、新兵の比率がやたらと高かった。こんな状態では、実戦どころか抑止力としてすら機能するのか怪しい。早急に解決する必要があった。

 その甲斐あって、一応新兵教育は終わりつつあったのだが……今回の戦闘結果を見るに、改善の余地はまだまだあるようだ。敵が縛りプレイをしていたからなんとかなったものの、制約なしのエルフ兵たちと交戦していたらどうなっていたことやら……まったく恐ろしい。


「カルレラ市に戻ったら、兵士の訓練計画の見直しを行おう。しかし、今はそれより気になることがある」


「……エルフたちがなぜ、このような真似をしたか……ですね?」


 僕の言葉に続けてそう言ったのは、フィオレンツァ司教だった。一晩たってもまだ船酔いは収まらないらしく(まあ船酔いはそう簡単には治らないので当然だが)、相変わらず顔色はひどく悪かった。食事も喉を通らないらしく、代わりにショウガ入りのホットワインを飲んでいた。もちろん酒にまで酔うと逆効果なので、酒精は水でずいぶんと薄めてある。

 非戦闘員である彼女は交戦中はずっと船室に隠れていてもらったが、どうやらこっそり戦闘の様子を覗いていたらしい。やはり、彼女もエルフ兵の挙動には疑問を抱いている様子だった。


「ヤジリのついていない矢を用いたというのは、先日に受けたという襲撃と同じですね。たしかに、かなり不可解な行動です」


「そう、ちょっとした小競り合いならわかるんですよ。死傷者のほとんど出ないような、牽制目的の作戦なら……でも、前回にしろ今回にしろ、エルフ兵は少なからず被害を受けています。命を懸けた戦いで手を抜くのは、流石におかしい」


 司教に頷き返しつつ、僕は思案した。前回の襲撃で生き残ったエルフ兵は僅か数名。あとは全滅だ。今回の戦闘でも、少なくない数のエルフが死んでいるはずだ。


「エルフたちは確かに死にたがっているとしか思えない行動をとることもありますが……いくらなんでも、わざわざ殺されに来るような真似はしてきませんでした。今回と前回のエルフ兵は、今までとは行動パターンがやや異なっていたように思われます」


 なんで部外者が居るんだよ、と言いたげな表情でフィオレンツァ司教を睨みつけつつ、ソニアが言う。


「しかし、相手の指揮官はどういう思惑があってこんな真似をしたのだろうか? もちろん、"正統"との和平を阻止したいという意図はあるんだろうが……それ以外にも、なにかありそうな気がする」


 ただたんにこちらの和平仲介の邪魔がしたいだけなら、もうちょっといい手があると思うんだよな。たとえば、少数のコマンド部隊をこちらの勢力圏に浸透させ、農村部にゲリラ攻撃を仕掛けるとか。そうすれば、領民たちの反エルフ感情が高まり、こちらは身動きが取れなくなる。

 エルフ兵にはそういった特殊作戦を実行するだけの能力が十分あるし、戦に関することにはひどく頭の回るエルフたちがこの手の作戦を思いつかないはずもない。

 にもかかわらず、なぜ効果が薄いわりに被害も大きいこのような作戦を立案・実行するのか……正直、まったくわからない。むろん、最善の選択肢を延々と選び続けられるよりはだいぶ楽だが、不気味さを感じずにはいられないな。そりゃ、相手の指揮官がマジでアホだとか、若いエルフが何も考えずに暴れているだけという可能性も無きにしも非ずだが……どうも、嫌な予感がする。


「そうですね……二度あることは三度あるとも言いますし、今後もこの手の襲撃が置き続ける可能性は十分にあります、しかし、これを漫然と撃退し続けるというのは……避けたほうが良いかもしれません。手ぬるい攻撃を繰り返すことで、こちらの油断を誘う作戦やもしれませんし」


「確かに。……ううむ、しかしこれまでのエルフ兵の行動を見ると、それだけでは説明がつかない気がする」


 僕は唸りつつ、軍隊シチューの汁に浸し込んだパンを口に入れた。保存用の堅焼きパンだ。水分でふやかしてやらないと、レンガみたいに固いのでとても食べられたものではないのである。

 租借しながら、思案する……やっぱり、前回と今回の敵はなんだかヘンだ。相手指揮官は、兵たちにわざと弱い武器を渡してから攻撃をしかけている。これでは、レンガの壁に生卵をぶつけているようなものだ。勝ち目など、あるはずもない。ただただ兵隊が無駄死にするだけの、まったく不毛な作戦……。まるで懲罰部隊だな。


「相手の行動が不可解に思えるときは、だいたい場合こちら側の情報が足りていないのだ。今は情報収集に全力を注いだほうが良いかもしれない」


「そうですね、せっかくエルフたちの本拠地に乗り込むわけですし……」


 ソニアが川下の方へ視線を向けながら言った。今日の昼頃には、目的地であるエルフの集落、ルンガ市に到着する予定だ。彼女の言うように、この機会を利用してアレコレ調べてみた方が良いだろう。


「情報収集でしたら、わたくしの得手とする分野です。それなりに力になれると思いますので、どうかご期待を、アルベールさん」


「おお、有難い。フィオレンツァ様のお力添えがあれば、まさに百人力です」


 僕の言葉に司教はにっこりと笑い、副官はツバでも吐きそうな表情で目を逸らした。……だから、何でソニアはそんなにフィオレンツァ司教のことが嫌いなんだよ。この手の分野ではマジで頼りになるんだぞ、司教は!

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