第243話 くっころ男騎士の遠乗り

 翌日の早朝、僕は愛馬を駆りカルレラ市を出た。お供はジルベルトと数名の騎士たち、それに荷物持ちや雑用を担当する従者・従兵たちだ。本来ならばもうちょっと少人数で身軽に行動したいものだが、僕も一応領主なので大所帯になってしまうのは仕方ない。

 それはさておき、朝の乗馬は気分が良い。季節も晩秋が近くなり、流石のリースベンも気温が下がってきた。清涼な風を全身に浴びながら馬を駆けさせると、何とも言えない開放感がある。


「存外、リースベンにも平原はあるんだよなあ」


 周囲を見回しながら、僕は呟いた。今、僕たちが居るのはカルレラ市南部の田園地帯だ。綺麗に整えられた畑のウネにはすでに冬麦が作付けされており。青々とした芽を茂らせている。

 農民たちにはまことに申し訳ないが、エルフたちと全面戦争に至った場合はこの畑を最終防衛線にするほかなさそうだ。森では絶対にエルフたちには勝てないからな。こういう拓けた地形で、射撃武器を生かした迎撃戦を展開するのが僕たち唯一の勝ち筋になるだろう。

 しかし、そんなことをすれば当然畑は滅茶苦茶になってしまうし、弾丸に使っている鉛で土壌が汚染されてしまうリスクまであるのだ。だからこそ、そんな事態にならないよう外交で戦争を回避すべく動いているのだが……世の中、絶対はないからな。万が一の事態は、常に想定しておかなければならない。


「あの丘は、前線指揮所として使えそうだな。しかし、見晴らしがよい分集中攻撃を受けるリスクも大きいか……。周囲に複数の野砲隊を展開して、相互支援できるようにしておきたいところだが……」


「あ、あの、主様」


 頭の中で作戦をこねくり回していると、すぐ隣にいたジルベルトが若干困惑した様子で声をかけてきた。


「せっかくの休暇なのに、そんなことを考えていては頭も心も休まりませんよ」


「確かにそうだが……」


 もっともすぎる指摘に、僕は唇を尖らせた。しかし、地形や建築物を見るとついつい頭の中で戦闘のシミュレーションを行ってしまうのは、指揮官の職業病のようなものだろう。


「しかし、ジルベルトも気分はわかるだろう。条件反射だよ、これは」


「それは、まあ」


 ジルベルトは苦笑して、肩をすくめた。彼女とて一流の指揮官だ。僕と考えることは同じだろう。


「しかし、意識して思考を"本業"から遠ざけておかないと、心が疲れ果ててしまいます。羽を伸ばして良いときは、無理にでも休むべきでしょう」


「……一理ある」


 少し笑ってから、僕は農道の横に生えている大木を指さした。


「気分転換もかねて、そろそろ朝食にしようか」


 実のところ、出立が早朝だったため、僕たちは朝飯もまだ食べていないのである。日も高くなってきたことだし、そろそろ腹ごしらえにはちょうど良いころ合いだろう。


「なるほど、ロスヴィータ殿がご懐妊されましたか」


「監視は最低限にしているとはいえ、一応人質なんだけどね、あの人。戦場でも大変に勇猛な方だったけど、私生活でもなかなかに果敢だよ」


 それから数十分後。僕たちは道端の大木の根元で朝食をとっていた。メニューはバゲット、カリカリに焼いたベーコンエッグ、そしてキュウリのピクルスという簡単なものだ。もっとも、ベーコンエッグは従兵がこの場で調理してくれた出来立ての物だから、なかなかにウマいのだが。


「しかし、こう……身近でこういう話題を聞くと、なんだか焦ってしまうな。僕もそろそろ、行き遅れにカウントされはじめる年齢だ」


 両面焼きの卵をフォークで弄りながら、僕はボヤいた。いい加減結婚しなきゃマズいし、そのためには真面目に婚活する必要があることも理解してるんだが……なかなかそういう気分にならないので困る。こと軍事面以外では嫌なことからはすぐ逃げ腰になってしまうのが、僕の悪い所だ。


「そっ、そうですか……」


 行き遅れという単語を聞いたジルベルトは、露骨に挙動不審な様子になる。ちょっと照れているような雰囲気だ。……えっ、今の言葉に照れるような要素あった!?


「そ、その……主様のご両親も、心配されているのでは?」


「痛い所をついてくるねえ……」


 僕は思わず小さく唸った。無論、母上も父上も早く世継を作ってほしい様子である。もっとも、貴族の結婚などというものは本来両親が縁談を組むのが普通なのである。ところが我が母上は、成り上がり者の盗賊騎士だ。縁談を組めるようなツテは、ほとんどなかった。

 どうやら母上は僕に結婚相手が居ないのは己の力不足が原因と考えているらしく、事あるごとに僕に謝ってくるのだ。気分としては、下手にせっつかれるより余程つらいものがある。


「いい加減、安心させてやりたいとは思ってるんだけど……結婚って、相手が居なきゃできないだろ? 困ったことに……」


 こういう場合、社交界で相手を探すのがセオリーなんだけどな。ただ、僕は非常に社交界との相性が悪い。社交界デビューで「このオスゴリラめ!」とさんざんに馬鹿にされたのがトラウマになっているのだ。あんな気分の悪い場所に行くくらいなら、部下を率いて戦場に立つほうがよほど気分が楽だ。


「……居るといったら、どうします? 相手が」


「えっ」


 顔を真っ赤にしてしつつ、ジルベルトが僕の耳元で囁いた。


「その、なんというか、その、その……わたっ、わたしじゃ、そのっ、だ、だめ……」


 ひどく照れた様子で、ジルベルトは言葉を絞り出そうとする。……鈍い僕でも察しがついた。えっ、これ、もしかして告白を受けている? どういうこと!? そんなフラグ立ってたっけ?

 混乱する僕をしり目に、ジルベルトは顔から湯気を出しそうな様子でなんとか言葉を続けようとし……そして、ひゅおんと音を立てて飛来してきた矢が、僕の足元に突き刺さった。


「敵襲!」


 護衛の騎士たちが叫ぶ。照れ顔から一瞬で戦士の表情に戻ったジルベルトが僕の腕を引っ掴み、己の身体を盾にしながら木陰へと連れ込んだ。その間にも、矢は連続して周囲に着弾する。


「おいおいおい」


 正直心臓が口から飛び出しそうになるほどビビッたが、僕は指揮官である。部下の前で無様を晒すわけにはいかない。努めて平静を装いながら、大木で身を隠しつつ矢の飛んできた方向をうかがう。

 そこに居たのは、奇妙な集団だった。ボロくて小さな荷馬車の荷台からワラワラと出てきた覆面の女たちが、こちらに矢を射かけてきている。覆面と言っても、普通の代物ではない。時代劇に出てくる虚無僧が被っているような、釣鐘型の深笠だった。


「あの服装……連中、エルフですね」


 憤怒の籠った声で、ジルベルトはぼそりと呟いた。赤かった顔は、すっかり青ざめている。その原因は恐怖などではなく、怒りだろう。本気でブチギレている表情だった。

 彼女は口を一文字に結ぶと、兜を被ってバイザーを降ろした。護衛役ということもあり、ジルベルトは甲冑を着込んだ完全武装の状態である。一方、僕は帯剣こそしているものの防御力皆無の乗馬服だ。迎撃に関しては、彼女らに任せた方がよさそうだ。

 ジルベルトの言う通り、敵集団はエルフがよく着ているポンチョ姿だった。それに虚無僧型の笠を被っているのだから、ほとんど悪趣味なテルテル坊主のような風体である。正直、かなり不気味だ。


「なんだあの胡乱な連中は……」


 反"正統"派の刺客だろうか? 彼女らがエルフなら、風体こそ奇妙ではあるものの油断できる相手ではないはずだ。僕は内心で彼女らに罵声を飛ばしつつ、頭を戦闘モードに切り替えた。

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