第241話 くっころ男騎士と気晴らし

「はあ……」


 その夜。僕は夕食を食べながら、思わずため息を漏らした。忙しい。あまりにも忙しすぎる。ロスヴィータ氏から驚愕の報告を受けた後、僕はディーゼル伯爵家の懸念や要望について書き記した手紙を用意し、伝書鳩を使って王都のアデライド宰相の元へと送った。

 むろんこの世界にはワープロやパソコンなどは存在しないので、当然手書きである。しかも輸送方法が鳩などという代物だから、飛行中に猛禽等に捕食されてしまう恐れもある。そのため、こういう重要な手紙は一度に少なくとも三通は送る必要があった。

 さらに言えば、手紙を書き終わった後も僕の仕事は終わらなかった。エルフの受け入れに関してカルレラ市参事会と会議をしたり、錬成途中のリースベン軍を視察しに行ったり、とにかくやることが多い。忍法分身の術の習得を真剣に検討したくなるほどの多忙ぶりだ。


「お疲れですね」


 一緒に食卓を囲んでいたジルベルトが、心配そうな声で聞いてくる。


リースベンうちは文官が少ないからな。どうしても、領主の負担が……」


 まあ、リースベン政府の母体となったのは僕の騎士たちだからな。文官が少ないのは仕方がない。アデライド宰相やスオラハティ辺境伯の計らいで何人かの文官が派遣されてきていたが、それも焼け石に水といった風情である。


「しかし、人材は無から湧いてくるわけじゃあないからな。しばらくは、この体制で行くしかあるまい」


 僕はもう一度ため息をついてから、秋野菜のサラダをフォークでつついた。むろん文官の増員に関しては手を打っているが、今すぐ改善するほど即効性のある手ではない。結局、今のところが僕が気張るほかないのだった。


「しかし、あまりにも根を詰めすぎるとお体に障りますよ。少しくらい、お休みになられた方が良いのでは」


「同感ですね」


 ジルベルトの言葉に、ソニアが同調する。


「アル様はここ一か月間、ほとんど休まれておりません。いくらなんでも、これは働き過ぎです。一日くらい休んだって、バチはあたりませんよ」


「……そうかもしれないが、僕が抜けると仕事が滞るだろう? 休んだところで、処理すべき仕事の量が減る訳で無し……」


 一日ぶんの仕事が後日に持ち越しになったら、却ってしんどいことになりそうなんだよな。それはちょっと嫌だろ。


「問題ありません。幸いにも、明日の予定はこまごまとした重要度の低いものばかりです。わたしでも代行できる程度の仕事ですし、お休みになられては」


「しかし……」


 副官に仕事をブン投げて自分だけ休むというのは、少々気が引ける。僕が首を左右に振ろうとすると、それより早くソニアはにこりとほほ笑んだ。


「アル様が倒れられたら、心配のあまりわたしの方まで仕事どころではなくなってしまいますよ。これでは、かえって非効率です」


「……すまない。僕は本当にいい副官を持った」


 まったく、僕にはもったいないくらいの人材だ。どうしてソニアは、次期辺境伯の地位まで捨てて僕についてきてくれたのだろうか? 理由はわからないが、とにかく返しきれないほどの恩があるのは確かだ。


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 僕は少し笑ってから、スープを口に運んだ。明日が休みになったとたんに何故だかメシが美味く感じ始めるのだから、まことに現金な話である。良く煮込まれて柔らかくなった根菜類を味わいながら、明日の予定について考える。

 せっかくの休みだ。一日中ベッドでごろごろして過ごすなど、あまりに勿体ない。そもそも、この頃会議だの机仕事だのばかりやっているから、すっかり身体が鈍っちゃってるんだよな。外へ出て、ぱーっと運動したほうがよさそうだ。ただ、明日は夕方に"お客様"がやってくる予定なんだよな。それまでには、屋敷へ戻ってこなきゃマズい。


「久しぶりに、馬で遠乗りでも行ってこようかな」


 できれば狩猟でもしたいところだが、残念なことにリースベンにはあんまり狩りごたえのある大きさの獣が居ないんだよな。鳥打ちもそれはそれで楽しいが、今はそういう気分にはなれなかった。


「ああ、それはよろしいですね。ですが、この頃なにかと物騒です。煩わしいでしょうが、護衛はしっかりとつけるようお願いいたします」


 たしかに、一人で出ていくのはマズそうだな。ダライヤ氏から過激派エルフの話も聞いたばかりだし。……いや、まあ、エルフに関していえば、ほとんど全員が過激な連中なワケだけどさ。

 しかし、"正統"との戦争継続を願っている連中からすれば、僕は目の上のタンコブだろう。暗殺のような手段に出てくる可能性もある。ある程度の警戒は、しておくに越したことはないかな。


「そうだな。暇してそうなヤツを見繕って……」


「あっ、主様! 護衛でしたら、わたしにお任せを!」


 僕が言い終わるより早く、ジルベルトが身を乗り出してそう主張した。その剣幕に、流石に少し面食らってしまう。


「ど、どうしたんだ、突然」


「い、いえ、その……」


 ジルベルトはちらりとソニアのほうを見て言いよどんだ。我が副官はニヤリと挑発的な笑みを浮かべ、微かに頷いて彼女に続きを促す。……なんだろう、コレ。知らないうちにアイコンタクトが成立するレベルでなかよくなってるのか、この二人。


「せっかくの機会ですから、主様との信頼関係の醸成を、と思いまして……」


「ほう」


 そういえば、ジルベルトと一緒にどこかへ遊びに行った経験はないな。ソニアとは、数えきれないほどあるんだが……。確かに、そういうのも悪くないかもしれないな。デートに誘われたみたいで、なんだか嬉しいし。

 ……ちょっと遊びに誘われたくらいで、デートだなんだと浮ついた気分になるのが非モテこじらせすぎだろって感じだ。こんな有様だから、変な勘違いをして結婚時期を逸するんだぞ。はあ……・


「僕としては嬉しい話だが、仕事の方は大丈夫なのか? 確かに今はエルフどもも大人しくしているが、油断はできないぞ」


 ジルベルトの仕事は、農村部の警備だ。エルフどもが妙な動きをしていないかどうか監視し、場合によっては現場の判断で迎撃を開始する。対エルフ防衛作戦の初動を担当する、極めて重要な役職だった。


「一日くらいでしたら、問題はないでしょう。主様にソニア様がいらっしゃるように、わたしにも自慢の部下がおりますので」


「なるほど……」


 言われてみれば、その通りである。ジルベルトのプレヴォ家は、僕のブロンダン家よりもよほど長い歴史を持ち血筋も良い一族だ。部下の質や数に関しては、疑問を挟む余地もなく優秀である。


「わかった。それじゃあ、明日一日のエスコートをお願いしよう。よろしく頼む」


「光栄です、主様」


 露骨に嬉しそうな表情で、ジルベルトは一礼した。

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