第208話 くっころ男騎士と外交交渉・エルフのターン

「要求、要求ね。確かにその通りだ」


 相手に要求したいことがあるのはお互い様である。ダライヤ氏のその言葉に、僕は小さく唸ってから香草茶で口を湿らせた。そして、皮つきの|サツマエルフ芋の最後のひとかけらをかじる。向こう側の主張がわからないことには、交渉など成立しない。実のある交渉にするためにも、ここはちょっとつっこんで聞いてみるべきかな。……まあ、この会合におけるこちら側の最大の目的は、交渉ではなく時間稼ぎだけど。


「それで、具体的に新エルフェニア帝国は我々に何を求めているんだろうか? 見ての通り、我が領地はまだ開拓のさなかにある。出せるものなど、あまりないが」


「そうだな……むぐむぐ……」


 皿に残った軍隊シチューを急いでかき込み、そして鍋からお代わりを山盛りによそってから、ダライヤ氏は再び口を開いた。まったく、身体は小さいのによく食べる人だなあ。食欲旺盛なロリババアとかこっちの性癖わかっててブチ抜いてきてるんじゃなかろうな?


「ま、ウルや我々を見ればわかることだが……今の新エルフェニア帝国は著しい食料不足でな。まず第一に、そこを援助してもらいたいんじゃ。食べ物がないことほど、切実な問題はないからのぅ」


「食う物がなかなら他所から奪うてくればよか、などち思う輩も多かでな。とにかっ、腹が減っちょっ奴は気が荒うなっていかん」


 少女のような見た目のエルフが、長老の言葉に同調した。先ほど窓外へ吹っ飛ばされた二名のうちの片割れである。


「それはそうだが……」


「主様。連中は食料も狙いますが、男性も同時に攫って行くのです。糧食を向こうに提供することになったら、今度は男性も要求してくるのでは……」


「それに、渡した食料がどう使われるかもわかりませんし。もしかしたら、こちらに侵攻する際の軍用糧食として使われる可能性もあります」


 両隣りに座ったジルベルトとソニアが、交互に耳打ちしてくる。タイプの違う美女二名に両耳から囁かれるの、だいぶヤバいな。シリアスな状況なのになんだかムズムズしてきたぞ。いかんいかん。邪念を振り払いつつ、二人に頷いて見せた。

 まあ、安易に相手の要求を呑むべきではない、というのが確かだな。まだ交渉は始まったばかりだし、迅速に結論を出せるほどの情報も集まっていない。慎重に判断するべきだ。


「なるほど、わかった。しかし、あなた方にはサツマエルフ芋という優れた作物がある。どうしてそれほどひどい食糧危機が発生しているのか、よければ教えてもらいたいところだが」


 一番気になるのは、そこなんだよな。火山噴火のせいで昔からある畑が壊滅してしまったとしても、それはもはや百年も前の話だ。現在のラナ火山は広範囲に影響を及ぼすほど激しい活動はしていない。そんな大噴火が起きればこのカルレラ市にも火山灰が降り注ぐはずだから、すぐにわかるだろう。

 ラナ火山から離れた場所であれば、農地の再建は十分に可能だったはずだ。しかし、この腹ペコエルフ集団を見る限り、そのような新農地がキチンと稼働しているようには思えない。天候が原因の飢饉の可能性もあるが、こちら側の農民の話ではここ十年ほどは干ばつ・冷夏等も起きていないようだし……。


「それはもう、すべて内戦のせいじゃ。身内同士で延々争い続けている間に、大半の農地は森に還ってしもうた」


「おいらはあんたらんごつ農民と戦士がわかれちょらんでな。農作業ん間も、剣を佩いちょくのがエルフん流儀じゃ。逆に言えば、戦うちょっ間は農地ん面倒を見ちょっ時間がなかちゅうこっになる」


 ダライヤ氏の言葉を、頭にタンコブを作ったお姉さんエルフが補足する。戦国時代の土佐国で活動していた一領具足と呼ばれる半士半農集団みたいな軍制だな。協力関係にある鳥人種がまったく農作業に向かない種族なので、自然と農民の比重が上がってしまった結果の制度なのかもしれない。

 イメージ的には、エルフと言えば狩人みたいなところはあるんだけどな。まあ、狩猟だけで大勢の人間を養っていくのは不可能だしな。いやが上でも、農業には手を出さざるを得ないわけか……。


「しかし、新たな農地が開拓できないわけではないはずだ。事実、我々の農民は森を切り開き立派な田畑を作っている」


 窓の外にちらりと目をやりながら、ソニアが言う。カルレラ市は平屋ばかりだから、二階からでもそれなりに遠くまで見通すことができる。町の中と外を区切る土塁のむこうには、青々とした畑が遠くまで続いていた。


「新エルフェニア帝国が建国されたのは、二十年くらい前だという話だが……それだけの期間があって、いまだに自給自足には程遠いというのは……少々違和感を覚えるのだが?」


「……」


「……」


 何とも言えない表情で、エルフたちが顔を見合わせる。しかし、ソニアの言葉ももっともだ。連中は、僕たちと違ってリースベンの気候に合った農法や作物を持ってるわけだしな。

 可能性として一番高いのは……内戦が現在も継続している、というものだろうか。エルフ使節団を見ていると、とても一国の外交担当者とは思えないような連中のように感じられる。つまり、新エルフェニア帝国と名乗る組織自体が、規模としてはかなり小さいのではなかろうか?


「……いや、もちろん農地の再建作業は進めておるのじゃが。しかし、我が国もいまだに政情が不安定でな。不逞ふていやからがあちこちにおって、事あるごとに畑を焼き討ちしていくのじゃよ」


 ……エルフがエルフの森を焼くんじゃねえよ! 盗賊暮らしをしているオークどもですら、最近はそんな真似はせんぞ! 


「あんボケカスども、エルフ式焼き畑農法とか称して畑に燃ゆっ油をバラめていっど。こちらん軍じゃ、火を使うた戦術は少し前から禁止しちょるんに……向こうはお構い無しじゃ」


 燃える油って、そりゃ《焼夷弾》ナパームじゃねえか! エルフがそんな代物使うんじゃねえよ! もう僕の中でもエルフのイメージはズタボロだよ!

 ……いやちょっと待て、火計禁止? 農村の村長は「なぜかエルフどもは火計を使ってこない」などと言っていたが、それは軍法でそう決まっていたからか。なるほどな……。


「とにかく、そういうわけでこちらはひどい食料不足なんじゃ。なんとかそちらから融通してもらわんことには、にっちもさっちもいかなくなってしまう」


「……はあ」


 身から出た錆びってヤツだろ、それ。いやまあ、根本的な原因は天災だけどさ。しかしまあ、歴史を紐解いてみればエルフに限らず人類そのものがこの手の愚行は何度も何度も繰り返してるしなあ……。


「そうなる前に貴殿らの国へ攻め込み、農地と農民ごと食料を奪ってしまえ……などと主張する者すらおるのじゃ。むろん、そのような事態はお互いにとって不幸な結果を招くことになる。ワシとしては、穏当な方向で話を進めたいと思っておるんじゃがなあ」


 うーん、見事なまでの強盗の論理だ。とはいえ、追い詰められた人間に倫理を期待するのも無理な話だしなあ。どうしたもんかね……。

 仮にエルフたちが全面侵攻に踏み切った場合でも、負けるとは思わない。こっちにはガレア本国からの増援も期待できるしな。しかし、彼女らの攻勢を凌いだところで、森の奥地へと撤退されたらこっちは手出しできないからな。無理に追撃すれば、ゲリラ戦で多大な被害が出るのは間違いない。結局、町の近くで迎撃戦を展開し続けるしかないということだ。

 だいたい、本国からの増援なんか呼んだら、その分の糧食はリースベンで調達するしかなくなるしな。食料価格は暴騰し、貧民から順番に餓死していくことになる。マジで勘弁してくれ。戦うにしても、ガレア王国軍が全面的に参戦するような事態はなんとか避けねばなるまい……。

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