第153話 くっころ男騎士と大ピンチ
敵中で馬から引きずり降ろされ、歩兵に囲まれる。これは騎兵の死亡フラグみたいなものだ。僕を囲んでいる敵兵は革鎧や鎖帷子を着込んだ軽武装の連中だが、なにしろ数が多い。単独で事態を打開するのは、なかなか難しそうだ。
サーベルを構えながら、目だけを動かして周囲をうかがう。ジョゼットやカリーナが援護してくれるのではないかと考えたからだ。しかし、残念ながら彼女らはやや離れた場所で乱戦に巻き込まれているようだった。
いや、ジョゼットたちだけではない。味方部隊は、すっかり散り散りになっていた。密集隊形を取らないまま、強引に突撃を始めてしまったせいだ。これでは、救援など期待できるはずもない。
「へっへっへ、痛い目は見たくないだろ? 坊ちゃん。剣を置きなよ、優しくしてやるぜ?」
「顔見せろよ、顔。男だてらに剣を振るってるようなヤツだ。岩みたいなツラだったらとんだ興ざめだぞ」
敵の雑兵どもは、口々に下卑た言葉を吐きながらこちらを威嚇してくる。……いやー、ヤバいな。これはちょっと勝てる自信があんまりない。うすうす感付いていたが、やっぱりどうも今回の作戦は拙速が過ぎたかもしれない。
自分をオトリに使うにしても、もうちょっとうまいやり方があったような気がする。疲れて判断力が鈍ってるのか、自分の故郷である王都がヤバいんで焦っているのか……両方だな。
「キエエエエエッ!」
しかし、今は後悔している暇などない。とりあえず、僕は大声で叫びながら敵に切りかかってみることにした。数を頼みに油断している敵兵たちの隙をつくのは、大して難しくもなかった。鎖帷子姿の敵兵を真っ二つに切り捨て、僕は吠える。
「切り捨てられたい奴から出てこいコラ!」
「おいやべーぞなんだこいつ!」
「男騎士というか男バーサーカーじゃねえか!」
顔を青くしながら、敵兵たちが一歩退く。この反応は予想済みだ。僕は兜のバイザーを開いてから腰のベルトにひっかけていた手榴弾を取り出し、そこから生えている安全ピンと短い紐を順番に口で引っ張りぬいた。
「チェスト手榴弾ッ!」
僕はその手榴弾を敵集団の足元に投げつけた。鉄球は白煙を吐き出したかと思うと、鼓膜が破れそうな大音響とともに派手に破裂する。至近距離で起爆したため、僕もタダではすまない。半ば吹っ飛ばされるようにして地面に転がり、頭がぐわんぐわんと揺れる。
「アイテテ……」
ちらりと自分の身体に目をやると、サーコートが破片で切り裂かれボロボロになっていた。生身で受けていたら、たぶん死んでいただろう。
しかし、無茶をしただけあって効果は抜群だ。三、四人の敵兵が、一目で即死しているとわかるような無残な姿で地面に転がっている。血と硝煙のまざったひどい悪臭が鼻を突いた。
「やっぱ、手榴弾はこうじゃなきゃな……」
ふらふらと立ち上がりつつ、そう呟く。今回、僕が使った手榴弾は摩擦発火信管を採用した新型の試作品だった。これはマッチと同様の発火機構を備えており、紐を引っ張るだけで起爆することができる。従来の導火線に点火することで起爆するタイプの手榴弾に比べると、圧倒的に手軽に使えるのがメリットだ。
「お、おい、どうすんだよアレ」
「生け捕りにしろったって……」
とはいえ、所詮は手榴弾。一発だけで敵を殲滅できるような威力は無い。だが、目の前で大勢の仲間を吹き飛ばされた敵兵たちは冷静ではいられない。顔に冷や汗を浮かべながら、じりじりと後ずさっていく。
内心、ほっと安堵のため息を吐いた。僕はとにかく持久力がないので、連戦には耐えられない。瞬間火力で敵をびびらせ、救援を待つというのが僕の作戦だった。
「どけ、どけ! ザコどもの出る幕じゃあない!」
しかし、そこへ馬に乗った敵重装騎兵が現れる。先ほどまでの雑兵とは違い、
「そいつはあたしの獲物だ。傭兵は傭兵らしく死体でも漁ってな!」
どうやら、相手は騎士のようだ。しかし、物腰からして第二連隊の所属ではあるまい。やはり、グーディメル侯爵の私兵だろうか? こいつら、軍旗も家紋入りのサーコートも来てないから所属がわかんないんだよな。僕は兜のバイザーを降ろしつつ、彼女に声をかけた。
「貴様、グーディメル侯爵の手の者か」
「へへ、カンがいいじゃねえか」
貴族というよりは、山賊といったほうが納得できそうな口調でその騎士は答えた。なるほどな、どうやら一応オレアン公の策はうまく行っているらしい。このまま、グーディメル侯爵本人も引きずり出したいところだが……。
「アンタを捕まえりゃ、しばらく好きにしていいって話だからな。楽しませてもらうぜ、男騎士サマよぉ!」
騎士を名乗っていても、中身はさきほどの雑兵どもと大差ないようだ。敵騎士はそんなことを叫びつつ、イノシシのような勢いで突進してくる。
「ちっ……!」
僕は舌打ちをしつつ身体強化魔法を発動させた。この魔法は体力を大幅に消耗するから、できれば温存しておきたかったのだが……
「キエエエエッ!」
渾身の叫びをあげつつ、サーベルを大上段に構えて突進する。敵騎士は慌てて迎撃の構えを取るが、もう遅い。真上から振り下ろされたサーベルの刃は、
「グワーッ!」
断末魔の叫びをあげながら、敵騎士は地面に倒れ伏す。どちゃりと粘液質な音がして、石畳が赤黒く染まっていく。
「ウ、ウワーッ! 化け物だ!」
当然、それを見た雑兵たちはあからさまに動揺した。そりゃあ、そうだろう。
「い、命あっての物種だ! ずらがるぞ!」
「死ぬまで戦えなんて命令はうけてねぇからな、退け! 退け!」
そしてその作戦は、どうやらうまく行ったようだ。敵兵たちは血相を変え、一目散に逃げていく。……さっきの騎士の言葉が本当なら、あいつらは傭兵らしいからな。不利な状況になれば、こんなものだろう。
「……ちっ」
だが、その代償も大きいかった。身体強化魔法の効果時間は、わずか三十秒のみ。それが切れるのと同時に、全身にひどい倦怠感が襲い掛かる。足に力が入らなくなって、思わず地面に膝をついた。
「あっヤッベ……」
無意識に、そんな言葉が漏れた。どうやら、いよいよ体力の限界が来たようだ。普段なら、強化魔法一回くらいでここまでバテることはないのだが……昨日から戦いっぱなしだからな。疲労がたまっていたのだろう。
しかし、参った。身体がまったく動かない。疲れている自覚はあったが、ここまでヒドい状態になるのは予想外だった。身体強化魔法を使ったのは失策だったな。戦場のド真ん中でこんな状態になるのは、マズイとかいうレベルでは……
「あっはは、無様ねえ。御高名な男騎士どのも、こうなっちゃオシマイだわ」
侮蔑に満ちた言葉をぶつけられ、僕はなんとか顔を上げた。そこには、痩せた貧相な軍馬に跨った全身甲冑の女が居た。フルフェイスの兜のせいでその顔はうかがえない。だが、不思議と僕には確信があった。この女こそ、かのグーディメル侯爵に違いない。
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