第127話 くっころ男騎士とナンパ皇太子
「ほう! ほうほうほう! 君がアルベールくんか! 噂通り……いや、噂以上だな。凛々しく、そして美しい! まるで野バラのようだ!」
ガレア王国皇太子フランセット・ドゥ・ヴァロワは、僕の顔を見るなりそんなことを言った。僕はもともと木っ端貴族でしかないため、皇太子殿下と間近で顔を合わせるのは初めての経験となる。神聖帝国の元皇帝、アーちゃんことアレクシアとは違い、彼女は
老齢の国王陛下に比べると、殿下はひどく若い。僕より若干年下だろう。実のところ、陛下の一人娘は十年ほど前に流行り病で亡くなられていた。現皇太子殿下は、陛下の孫だ。
こちら側のメンツは、軒並みなんともいえないような顔をしている。なにしろ、彼女は指揮用天幕にやってくるなりいきなり大仰なセリフで僕を誉め始めたからだ。現状報告すらまだ受けてないだろうに、何だこの人は。
「余はフランセット。フランセット・ドゥ・ヴァロワ。よろしく、アルベールくん」
「ど、どうも……アルベール・ブロンダンです」
「ああ、そう堅くならないでほしい。男性という物は、自然体でいるときが一番美しいのだ。……ああ! そのサーコートの煽薔薇の紋章は、ブロンダン家の家紋かな?」
ニコニコと笑いながら、殿下がズイと顔を近づけてくる。爽やかな柑橘の香りが鼻腔をくすぐった。どうやら、香水をつけているらしい。
「え、ええ、そうです」
「青薔薇の花言葉は不可能……男でありながら騎士でもある君には、ある意味もっとも相応しくない花かもしれないね。君は不可能に挑み、そしてそれを乗り越えたのだから!」
「その……殿下。差し出がましいようですが、状況をお考え下さい。国王陛下の危機なのですよ」
頭痛をこらえるような表情の近衛団長が、殿下を遮った。……いや、予想以上になんかアレなひとだな。いくらなんでもノータイムで口説かれるとは思わなかったぞ。あの厳粛で開明的な国王陛下の娘とはとても思えないな……。
そういえば、皇太子殿下が童貞の五十人斬りを成し遂げたとかなんとかいう噂を聞いたことがあるな。流石に多少の誇張はあるだろうが、彼女が百戦錬磨の遊び人だというのは本当だろう。
……社交界に顔を出すこともない木っ端騎士である僕にすらそんな情報が入ってくるんだから、大概だよな。真面目一辺倒(ということになっている)の男騎士である僕からすれば、天敵のような相手だ。男女経験の差で一瞬にして丸め込まれてしまいそうで怖い。近衛団長の懸念も、その辺りにあるのだろう。
「ああ、心配することはない。グーディメル侯爵にとって、お祖母様は生命線だろう。丁重に扱ってくれているはずだよ」
とはいえ、頭の方はしっかり回るらしい。たしかに、グーディメル侯爵が国王陛下を害する可能性は限りなく低い。軟禁程度はするだろうが、それ以上はムリだ。なにしろ、侯爵は自前の戦力をほとんど持っていない。こちらと対決しようと思えば、国王陛下の名前を最大限活用する必要がある。
「ところで、アルベール君にひとつ聞きたいんだが……パレア第三連隊を同数の部隊で圧倒し、半日で降伏に追い込んだという話は本当かな? あの、王軍最強と名高い第三連隊をだ!」
皇太子殿下は馴れ馴れしく僕の肩に腕を回しながら、そんなことを聞いてくる。いや、近いよ! 王族の距離感じゃないよ!
「え、ええ、まあ。彼女らも、味方に剣を向けるのは抵抗があったのでしょう。そうでなければ、ああも早く降伏するはずもありませんから.」
「いやいや、しかし彼女らも戦いの場において手を抜くような真似はしないだろう。まったく、素晴らしい手腕だね。尊敬に値する!」
「あの、殿下……」
妙にヨイショしてくるじゃん……偉い人が妙にこっちを褒めてくるときって、だいたいロクなことになんないんだよな。なんか無茶ぶりしてきそうな気がする。
「しかし、このような人材が独立領主となってわが軍から出ていくのは、途方もない損失だと思わないか? できることなら、これからも余のもとで働いてもらいたいのだが。もちろん、相応のポストは与えよう。さしあたり、連隊長というのはどうかな? ちょうど隊長職に空きができたことだし」
「いや、結構です……」
連隊長ってそれ、まさか第三連隊の隊長か!? たしかに、いくら助命嘆願が通ってもプレヴォ卿をそのまま留任するなんてのは無理だろうから、連隊長の座は空くだろうが……いや、いくらなんでもそれは気まずいだろ。勘弁してくれ。
「まあまあ、そう言わないで。余は釣った魚にはきちんと餌を与える主義なんだ。もちろん、十分な地位と報酬は約束するよ?」
「随分と僕を買ってくれますね……」
評価されるのは嬉しいが、ここまで来ると胡散臭い。しかも、彼女はアデライド宰相にも負けず劣らずの好色な目つきで僕の身体を舐めまわすように眺めているのである。警戒するなという方が無理だ。
「それもこれも、お隣のアレクシアのせいさ。あの女、どうやら血筋を問わずに有能な人材を集めているそうじゃないか。こちらとしても、負けてはいられない。その上、この事件だ。いい機会だから、王宮に巣くう寄生虫どもは今回で一掃してやる。その上で、若く優秀な人材を大量登用する。悪くないプランだろう?」
「……なるほど」
神聖帝国の元皇帝アレクシア……アーちゃんの名前を口にした時だけ、殿下の目つきが鋭くなった。どうやら、殿下はアーちゃんにライバル意識を抱いているらしいな。
「それで、どうかな? リースベンなどという僻地へ行ってしまうくらいなら、余の手元にいてほしいんだが。君の遺留の為なら、特別なご褒美をあげたっていい」
「はあ、特別なご褒美ですか。いったい、どのような代物で?」
いくら僻地と言っても、腐っても領主だ。たいていの場合、宮仕えの宮廷貴族よりも領地を持った領主貴族のほうが収入は多い。アデライド宰相の実家であるカスタニエ宮中伯家などは、例外中の例外だ。
「そうだな、余が君の子供を一人産んであげるというのはどうだろう? もちろん、王位継承権の無い庶子という扱いにはなるが」
「は?」
何を言っているんだ、この皇太子は。ちらりと周囲を見回すと、近衛団長が干し柿のような表情になっていた。……なんとか言ってくれよ。アデライド宰相もスオラハティ辺境伯も、凄い顔をして黙り込んでいる。
しかし、子供を何だと思ってるんだよ。倫理観ガバガバじゃねえか。道具に使う前提で子供を産むなんて、冗談じゃない。気に入らないね、そういう考えは。……この世界、わりとこういう人多いんだよなあ。本当に嫌になる。
「わが国には公認愛人って制度があってね、その制度を使えば合法的に婚外子を作ることができる。……王家の血筋が入れば、ブロンダン家は安泰だ。悪くない取引だとおもうけどね?」
……この人の考えることは僕には理解できん! 正直ドン引きなんだが。アーちゃんとは別タイプのおかしい人だな。まさかとは思うが、子供云々はスムーズにベッドインするための言い訳だったりしないだろうな? ……この人の場合、それも否定できない。この女によって、たくさんの貴族令息が泣かされたという話も聞いている。
まあ、それはさておき公認愛人ね。前世の世界で言う、公妾みたいなものだろうか? 個人的には、愛人に甘んじるのは勘弁願いたいね。独占欲は強いタイプなんだ。そもそも、殿下と僕の間に出来る子供は絶対に
「殿下、聖職者の前で私生児を作る話をするとは……感心致しませんね」
そこに、フィオレンツァ司教が割り込んでくる。いつも通りのニコニコ顔に見えるが、付き合いの長い僕にはわかる。あれは、相当に気分を害している表情だ。私生児に関しての話題は、司教の地雷だった。彼女は幼いころから、不義の子供を作ってしまう大人をひどく憎いんでいる。
その理由を直接聞いたことはないのだが……おそらく原因は彼女の母親だろう。フィオレンツァ司教の母親は聖職者なのだ。そして星導教の聖職者は、結婚を禁じられている。彼女自身、自分の出自には思うところがあるのだろう。
ちなみに、女性優位社会であるこちらの世界で言う私生児は、正式な夫以外の男が父親である子供のことだ。前世の世界と同じく、嫡出子と私生児は厳格に区別される。星導教の教えでは、夫以外の男と子供を作るべきではないとされているからな。もっとも、こちらの世界はあくまで母系社会だから、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せるんだけどな。
「ああっ、これは失礼。教会に睨まれるようなことは、出来るだけ避けたいな。許してほしい、司教サマ」
ヘラヘラと笑うフランセット殿下に、フィオレンツァ司教は深いため息を吐いた。彼女としてはお説教のひとつもしたい気分だろうが、相手は大国の王女である。いかに司教とはいえ、なかなか強く出るのは難しい。下手をすると聖界(教会権力)と俗界(世俗権力)の戦争につながるからな。
「怒られてしまったことだし、本題に入るとしようか。要するに、オレアン公派とグーディメル侯派を制圧したいわけだな? しかし、二つの勢力を同時に相手をするのは少々厄介そうだ。できることなら分断を図りたいところだが……」
態度は軽薄な殿下だが、やる気自体はあるようだ。戦線に参加することを要請した際も、二つ返事で頷いたらしい。一応、皇太子としての責任感は持ち合わせているのだろう。
「ええ。もちろん負けるとは申しませんが……二正面作戦となると、大きな被害が出ることは間違いないでしょう。内戦など、無益の極み。こんなことで、貴重な兵や物資を浪費するわけには参りません」
殿下から意識して身体を離しながら、僕は言った。こちとらチョロさに定評のある童貞だ。あまりベタベタされると、絆されてしまう可能性もある。フランセット殿下は一見オタクに優しいギャルに見えるが、実態は目についた女をつまみ食いしようとしているヤリ〇ンチャラ男と同じような存在だ。油断してはいけない。
「その口ぶり、どうやら名案があるようだね」
「ええ。すべてうまく行けば、あと一戦するだけで事件は解決します」
僕はニヤリと笑って、そう言い切った。
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