第112話 くっころ男騎士と大通り防衛作戦(5)

 抜かった! 思わず大声で叫びたくなった。一度目の浸透を受けた時点で、こちらの周辺監視態勢に問題があることは明らかだった。状況的に監視を増員するのは無理でも、本陣からノコノコ出ていくべきじゃなかった。いや、この場に僕が居なくとも、砲兵隊がやられた時点でだいぶマズイことになる。……それ以前に、機動部隊のみ突出させたのが間違いだったのか? しかし、機動を歩兵部隊に合わせていたらどう考えても主導権を奪えない……。


「アルベール・ブロンダン、覚悟!」


 頭の中で様々な思考が渦巻くが、敵はそんなことなどお構いなしだ。裏路地から現れた新手の遊撃隊は、武器を構えてこちらに一直線に突っ込んでくる。これはマズイ。砲兵たちは無防備だ。なんとか彼女らを守り切らねばならない。


「銃兵! 撃てる奴だけでいい! 援護を!」


 建物内のカービン兵たちに向かって叫ぶ。路地の対面にいる連中ならば、射線が通るはずだ。そういう判断だった。邸宅の窓から銃身が突き出され、連続した発砲音が響く。敵兵はバタバタと倒れた。……が、全滅には程遠い! 妙なタイミングで射撃命令を出してしまったため、まだ装填が終わっていない兵も多かったのだろう。


フィオ・・・! カリーナ! 距離を取れ!」


 とにかく、弱い連中を下げなければならない。命令しつつ、兜の面頬を上げた。敵の前で顔を晒すのは危険だが、こうしないと小銃が頬付できないため照準がつけられないのだ。背中に背負っていた小銃を構える、弾薬ポーチから紙製薬莢を取り出して装填する。……先ほどのクロスボウのダメージがまだ残っている。力の入らない右手でなんとか装填動作を終え、照準をつけた。狙うはクロスボウ兵。コイツが一番厄介だ。


「まずは一つ……!」


 本調子からは程遠いとはいえ、至近距離。クロスボウ兵は腹を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら地面に倒れ伏した。次弾を装填しようとするが、手の中から紙製薬莢が転がり落ちていく。


「アルベールさん! アル!」


 フィオレンツァ司教が叫ぶが、僕はそれに答えている余裕はなかった。剣を振り上げ、こちらに突撃してくる兵士が三人いる。全員、防具は革鎧だ。アレならなんとかなる。そう思いながら右腰のホルスターからなんとか左手で拳銃を引き抜き、発砲。響いた銃声が二発なら、倒れた敵も二名。しかし、僕は三度引き金を引いている。……弾切れだ! このリボルバーは六連発だが、暴発防止のために最初の一発は装填していなかった! 役立たずになった拳銃は、即座に捨てる。


「しゃら……臭いんだよ!」


 震える右手でサーベルを抜こうとするが、やはり動きが鈍い。間に合わない。そう直感した瞬間だった。僕の前へと青白の人影が飛び出していった。特徴的な純白の翼とプラチナブロンド、フィオレンツァ司教である。


「この、やられ役の分際でぇ……!」


 そんな声とともに、フィオレンツァ司教は手を顔に当てる。眼帯を外そうとしているのだろうか? だが、変事はそれでおわらなかった。


「ぴゃああああああっ!」


 極端な前傾姿勢になったカリーナが、暴走特急のような勢いで敵へと突っ込んでいったのだ。前をまったく見ていないらしい彼女は、フィオレンツァ司教に衝突、一塊になって敵兵へ衝突した。


「ぴゃっ!?」


「むぎゃっ!?」


「グワーッ!!」


 三者三様の悲鳴が上がる。カリーナは小柄だが、膂力に優れる牛獣人だ。その突進力は尋常ではない。三人は諸共になって吹っ飛んだ。僕は急いでサーベルを引き抜き、石畳に転がる最後の敵兵の首筋に切っ先を突き入れた。いかに強靭な竜人ドラゴニュートとはいえ、頸動脈を切断されれば即死だ。彼女は鮮血を噴き出しながら、物言わぬ屍と化した。


「いかん、アルベール殿をお助けしろ!」


 前衛の兵士の一部がこちらに気付き、増援にやってくる。どうやら騎兵との戦いは佳境に入っているようで、それなりの余裕が出て来たらしい。軽武装の小規模部隊でしかない遊撃隊は、あっという間にフル武装の騎士たちによって駆逐された。どうやら、峠は越したようだった。しかし、一度完全に不意を突かれたわけだからな。新手の遊撃部隊が現れないか警戒しつつ、多重事故を起こしたカリーナとフィオレンツァ司教の元へ急いだ。


「う、うう……わたくしは構いません、カリーナさんの方をお願いします」


 自らを助け起こそうとしているお供の修道女たちを押しとどめ、司教はそんなことを言っていた。こんな時でも他人優先とは、流石は聖人である。


「だ、大丈夫ですか? お怪我は……」


 彼女ら翼人族は、鳥人などと同じく骨が脆い。飛行のために、骨まで軽量化されているからな。小柄とはいえ全身甲冑のカリーナと大柄な竜人ドラゴニュートの正面衝突に挟まれたわけだから、無事では済むまい。手を取り助け起こそうとするが、司教は「ウ゛ッ」と奇妙な悲鳴を上げた。もともと白い彼女の顔色は、すっかり蒼白になっている。


「アッ!! 申し訳ありません!!」


「だ、大丈夫です。お気になさらず……」


 フィオレンツァ司教はそういうが、明らかに辛そうだ。これはちょっと不味いかもしれない。


「……い、いえ、問題ありません。不味くはないです」


 首を左右に振るフィオレンツァ司教。確かにちょっとした擦り傷以外の出血はなさそうだが、この痛がりようは尋常ではない。痛めてしまったらしい右腕を避けて、もう一度引っ張り起こしてやる。美しかった司教服や純白の翼は、埃ですっかり薄汚れてしまっていた。

 それでも、無事は無事である。僕は安堵の息を吐いてから、カリーナの方を見た。彼女も若干ふらついていたが、修道女たちに介抱されながら何とか立ち上がっている。まあ、こっちは丈夫な牛獣人だ。それに、魔装甲冑エンチャントアーマーで全身を防護している。司教ほどのダメージはないだろう。


「し、司教様、申し訳ありません。私ったらなんてことを……」


 頭をふりふりしながらカリーナが謝る。司教様に体当たりをかますなど、たとえ事故であっても普通なら怒られるだけでは済まない大失態だ。しかし、フィオレンツァ司教はにこりと笑う。


「お気になさらず、カリーナさん。アルベールさんを守ろうと行動したのは、わたくしもあなたも同じこと。結果万事うまく行ったのですから、あなたを責める必要などどこにもありません」


「ありがとうございます……」


 安堵のため息を漏らすカリーナに、僕は苦笑した。とにかく、窮地を脱したのは確かだ。


「ありがとう、二人とも。助かった」


 二人の援護がなければ、ちょっとヤバかったかもしれない。右腕がこの調子じゃ、まともに剣は振るえない。不覚を取った可能性は十分にある。


「とはいえ、フィオレンツァ様。あまり無茶はなされないでください。御身が傷つけば、どれほどの人が悲しむか……」


 エンチャントのかかった鎖帷子とはいえ、万能ではない。兜もつけてない訳だから、白兵戦はあまりにも危険だ。あのままカリーナが飛び出さなかったら、下手をしなくても死んでしまっていたかもしれない。庇ってもらったのは非常に嬉しいが、ここは注意しておく必要があった。なにしろ彼女は司教、木っ端貴族でしかない僕よりもよほど重要な地位についている。

 ……しかし、武器一つ持っていないというのに、彼女はどうするつもりだったのだろうか? なんだかよくわからないことを口走っていたような気もするが……よく聞き取ることはできなかった。もしかして、その身を盾にしようとしていたのか?


「それは貴方も同じことです、アルベールさん。わたくしだって、貴方が傷つけば悲しい」


 拗ねたように、フィオレンツァ司教は口を尖らせた。その声に、先ほどの自分の行為に対する後悔は感じられない。しかしよく見ると、そのほっそりとした足は小さく震えていた。当然だ。これまで戦場に出たこともない人間が、本職の兵隊の殺気を正面から浴びたわけだからな。胃のあたりが、きゅっとした。そういう恐怖は、軍人である僕が肩代わりするべきものだというのに……。


「……それと、先ほどわたくしをフィオと呼びましたね?」


「え? あ、そういえば……」


 焦りのあまり、僕は彼女の愛称を口走っていた。幼い頃はそういう風に呼んでいたのだが、流石に彼女が司教位についてからは敬称を使っている。司教様相手に馴れ馴れしい口調で話しかけるなんて、不敬だからな。


「も、申し訳ありません」


「いえ、違うのです。昔を思い出して、少し懐かしくなりました。今後も、そう呼んでいただいて結構ですよ?」


「う……」


 僕は頬を掻いた。なんだか、上手く話を逸らされてしまった気がする。まあ、助けられた身ではあまりガミガミと説教する資格もないだろう。ため息を吐いて、近くに寄ってきたカリーナの頭を兜の上からぽんぽんと叩く。


「まあ、なんにせよ……助けていただいて本当にありがとうございました。……カリーナもだぞ? 本当に助かった。お前が居なけりゃ、どうなってたことか。流石は僕の妹だ」


「うぇへへ、それほどでも……あるよ?」


 面頬の下で渾身のドヤ顔を浮かべていることがありありとわかるそのカリーナの声音に、僕は思わず吹き出しそうになった。

 

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