第109話 くっころ男騎士と大通り防衛作戦(2)

 貴族街の瀟洒な街並みは、まるでこの世の地獄のような有様になり果てていた。石畳の敷かれた大通りは血の海と化し、物言わぬ戦死者と腕や足、腹を撃ち抜かれてもだえ苦しむ戦傷者が折り重なって倒れている。血脂と硝煙の入り混じった凄惨な臭いが、鼻腔にねっとりと絡みつくようだった。


「この辺り一帯は、しばらく地価が下がりそうだな」


「近所にある建物全部事故物件になっちゃったようなもんですからね。はは、可哀想に」


 僕の軽口に、ジョゼットが乗ってくる。周囲の騎士たちがくぐもった笑い声をあげた。カリーナが無言で僕たち二人を交互に見た。兜の面頬を降ろしているためその表情はうかがえないが、その動きだけで彼女が『こいつら、マジか……』と思っていることはありありとうかがえた。……いや、シャレにならない状況だからこそ、減らず口を叩いた方がいいんだよ。真剣に受け止めすぎるとだんだん精神がおかしくなっていくしさ……。

 それはともかく、戦闘が終わる様子は微塵もない。敵は相変わらず波のように押し寄せ、砲兵・カービン騎兵の多重射撃によって撃退されている。その攻撃パターンは単調だ。戦いやすいと言えばその通りなのだが、違和感はある。豊富な火力を揃えたこちらに対し、平押しを仕掛けるのは悪手だ。敵の指揮官がマトモな頭を持っているのなら、そんなことにはすでに気付いているはず……。


「ブロンダン卿! 南東大路より避難民の集団が接近しています」


 そこへ、馬に乗った伝令が駆け込んできた。彼女の報告に、僕は眉間にしわを寄せる。


「避難民? こんな鉄火場にか」


 これだけ派手にドンパチしてる場所に近づいてくる避難民……怪しいな。普通なら、家にこもるなり戦場から離れるなりするはずだろ。実際、この大通りの家々も完全に門戸を閉ざし、使用人が様子を見に出てくることすらない。射撃用の拠点として使わせてもらっている建物も、国王陛下に用意していただいた免状を使って強引に徴発したものだ。

 もちろん、そんな状況なのはこの大通りだけではない。衛兵隊を使って、王都全体へ外出禁止令を出している。避難民があちこちにあふれる状況になれば、部隊の機動も情報の連絡も補給物資の移送もできなくなるからな。そんな状況は、こちらはもちろん反乱軍側も望んでいないはずだ。


「プラドン子爵……避難民のリーダーの言う事には、反乱軍に屋敷を徴発されて外へ追い出されたとか。避難民と言っても三十人程度ですので、大した数ではありませんが……」


「その程度の数なら、どこぞの屋敷にでも匿って貰えればいいのに」


 カリーナが渋い声でそう主張する。正論だな。しかし、伝令は困ったように頭を振る。


「どこの屋敷も、門を開けてくれなかったと言っています。この非常時ですから、それも仕方ないのかもしれませんが……」


「筋は通ってますがね、胡散臭いのにはかわりありませんよ。十中八九、敵の策略でしょうね」


 ジョゼットが、背中に背負っていた小銃を引っ張り出しながら言った。彼女は普段、僕のやることにはあまり口を挟んでこない。しかし今は頼りになる副官、ソニアが居ない訳だからな。代わりに副官や参謀の役目を果たしてくれるつもりなのだろう。


「便衣兵か、本当の避難民か……それはわかりませんが。しかし何にせよ、こちらを罠に嵌めようとしているのは確かなんじゃないかと」


「そうだろうな」


 僕は頷いた。今も続く敵の攻勢は、陽動の気配が濃い。避難民のフリをした便衣兵……つまり民間人に変装した兵士でこちらの背後を突き、その混乱に乗じて本命の攻撃をぶつける……そういう作戦じゃないかな? こちらが守勢に立っている限り、正攻法で突破される可能性は極めて低い。常識的に考えれば、敵は絡め手を使ってくるはずだ。

 もちろん、汚い手段には違いない。しかし、任務遂行のためなら倫理観を捨てられる軍人はそれなりに居るものだからな。僕だって、人にアレコレ言えた義理じゃないし。


「とはいえ、こっちは官軍の旗を掲げてるんだ。まさか銃をぶっ放して追い返すような真似はできないぞ。敵も厄介な手段を使ってくる……」


 たしかに目の前の損得だけを考えるなら、避難民たちには武器を向けてでもお引き取り願うべきだ。しかし、国王陛下の名前があってこそ少々の無茶も通ってるわけだからな。その国王陛下の顔に泥を塗るような真似は、絶対にするべきじゃない。罠とわかっていても、あえて踏みにいかなければならないのが正規軍の辛い所だ。


「こういう時こそ、わたくしにお任せください」


 にっこりと笑って、フィオレンツァ司教が言った。酸鼻を極める光景が目の前で展開されているにもかかわらず、彼女の顔色は良い。存外、肝が太いタイプなんだな。僕の初陣の時より、よほど落ち着いて見えるからすごい。


「プラドン子爵……でしたか? 彼女らが本当に保護を求めているというのなら、見捨てるわけにはいきません。これだけの大豪邸が立ち並んでいるのですから、そちらに匿ってもらいましょう」


「でも、司教様。もしそいつらが変装した敵の兵隊だったら……」


 心配そうな様子で、カリーナが聞く。僕は後方で指揮を取っているから、今のところ戦闘には巻き込まれていない。でも、今は予備戦力なんて一つも持ってないからな。避難民たちの正体が敵兵なら、僕たち自身で対処するしかない。実戦に苦い思い出のあるカリーナとしては、できればそれは避けたいのだろう。


「大丈夫。わたくしの司教位は伊達ではないのですよ、カリーナさん。人を見る目には自信があります。もし相手が邪まな考えを持っているようであれば、すぐにピンと来ますから」


 黒い眼帯を撫でながら、フィオレンツァ司教は笑う。……そっちの目は見えないんじゃないのか? 冗談のつもりだろうか、よくわからない。とはいえ、彼女の言う事にも一理あるかもしれないな。フィオレンツァ司教の観察眼は本物だ。そうじゃなきゃ、あんなに人の考えをズバズバ言い当てられるはずもないし。


「よし、いいだろう。プラダン子爵とやらを呼んできてくれ。とりあえず、一人だけな。ボディチェックも忘れるなよ」


「了解! ……まさぐるなら、男の身体のほうがいいんですがね」


 伝令がニヤリと笑って頷いた。嫌なら僕がやってやってもいいんだぞ、ボディチェック。……駄目に決まってるだろ、クソッタレ。いかんいかん、聖職者の前であんまり邪悪なことを考えてたら、怒られてしまう。


「……」


 くすりと、フィオレンツァ司教が笑ったような気がした。

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