第94話 くっころ男騎士と親子の剣

 歓迎の宴の後、僕たちは泥のように眠った。翼竜ワイバーンに乗るのは乗馬よりはるかに疲れる。皆休息を必要としていた。

 そして、翌朝。帰省中とはいえ鍛錬を休むわけにはいかない。朝日が昇るのと同時に、僕はカリーナたちを伴って庭にでた。地価の高い王都だから、庭と言ってもあまり広いものではない。とはいえ、剣を振るには十分だ。


「この……丸太を打つ稽古って、何回くらいやってるの? 一日に」


 いままで基礎体力錬成を主目的に行わせていたカリーナのトレーニングだったが、もともと鍛えていただけあって最近はそれなりに形になってきた。そろそろ実際の戦闘訓練に入ろうというのである。射撃訓練は流石に街中ではムリなので、まずは剣術と格闘だ。

 ちなみに、ロッテのほうは民間人出身ということでまだ十分な体力を錬成できたとは言えない状態だ。今は僕の母デジレに罵声を浴びせかけられながら、庭の隅で真っ赤な顔をして腕立て伏せをしている。


「僕の場合、朝に三千夕方に二千だ」


 地面に埋め込まれた丸太の具合を確認しながら、僕は言った。丸太は古びており、真ん中のあたりがひどく削れている。王都に居た頃の僕が毎日毎日飽きもせずに木刀でシバき続けた結果がこれだ。

 無心で木刀を丸太に叩き込み続けるのが立木打ちという修行の基本である。丸太はもちろん木刀も消耗品だ。なので、普通の剣術道場で使われるような凝った造りの木剣ではなく、ちょうどいい太さの木の枝を使う。


「お、多くない!? 大丈夫? 腕とかかなり痛くなりそうなんだけど」


「慣れたら平気だけど、それまでは確かにキツイよ」


 転生してしまったせいで、僕の剣術修行も最初からやり直しになってしまった。三歳だか四歳だかの頃から庭木を相手に立木打ちを再開したのだが、当初はかなり辛かった。しかし続けていけばそのうち気持ちが良くなることはわかっていたので、親に止められようが使用人に止められようが強行したが。おかげでうちの庭木はすべてへし折れてしまった。


「どんなトレーニングにも言えることだが、過剰な負荷をかけるのは却ってよくない。この立木打ちも、関節に違和感を覚えたら回数に拘らずすぐやめろ。訓練で無理をし過ぎて実戦で無理できないような体になってしまえば、本末転倒だからな」


 無理をする訓練というのは確かに必要だけど、基礎段階でやるもんじゃない。とくにカリーナやロッテはまだ身体が成長途中だからな。細心の注意を払っておかないと、すぐに身体をぶっ壊してしまいそうだ。


「はーい」


 などと言いつつ、カリーナは丸太を打ち始めた。もともとカリーナは戦斧を獲物としていたが、これはガレアでは蛮族の武器とされている。ガレアで騎士を目指す以上、剣や槍をメインに戦うやり方に組みなおしてやる必要があった。

 幸いにも、僕の剣術は剣を大上段から振り下ろす戦術がメインだ。斧の扱い方とある程度類似点があるので、違和感なくシフトしていくことができるだろう。


「こいつもこの剣術か。ったく、アタシの剣を継ぐやつは居ないってことかねえ」


 近くに寄ってきた母上が、ため息をついた。僕が使っているのは前世由来の剣術であり、母上から習ったものではない。一応手ほどきは受けているのだが、母上の剣はいわゆる『蝶のように舞い蜂のように刺す』タイプのものだ。初太刀で殺すことを前提にしている僕とはあまりにも相性が悪かった。


「すみませんね。でも、こいつは牛獣人ですから……もともとの性質も、これまで習ってきた戦技も猪突猛進型です。母上の剣技を授けても、使いこなせないのではないかと」


「オーク共もそうだが、こいつら力技のごり押しばっかりだからな。それであれほど強いんだから、腹が立つ」


 亜人たちの驚異的な膂力や俊敏性に苦労させられたのは、母上も同じことだ。その表情には何とも言えない感慨が浮かんでいた。

 剣術はともかく、短期型に調整した身体強化魔法で一撃必殺を狙う戦法自体は母上ゆずりのものだったりする。多くの亜人種はパッシブで強化魔法がかかっているようで、この手の魔法は只人ヒュームや非力なタイプの亜人でしか効果を発揮しない。つまり、時間限定で亜人と同じ土俵に立つための魔法というわけだな。


「とはいっても、みんながみんなそうというわけじゃないですから。アイツとかね」


 僕は真っ赤な顔でフンフン言いながら腕立て伏せを続けるロッテのほうに視線を向けた。リス獣人ははっきり言って正面戦闘向きの種族じゃない。軽業じみたことをやらせれば天下一品ではあるんだが……甲冑を着込んで剣や槍で打ちあうような戦いでは、只人ヒュームにも劣るかもしれない。

 白兵が出来ないなら、銃で戦えばいいだけだがな。それに、ロッテを訓練兵にしたのはあくまでカリーナのためだ。訓練が終わった後は後方兵科なりそもそも軍隊から離れた仕事なりをやらせようかと思っている。そもそもガキは戦わせたくないしな。


「ああ、確かに悪かねえな。剣をはじめるにはちぃと遅いが、無理ということはあるまい。あんなんでも従者くらいはこなせるだろ」


 などと思っていたら、突然母上が燃え始めた。どうやら、ロッテに剣を教えるつもりらしい。……大丈夫かなあ。母上は訓練こそ案外優しいけど、頭が蛮族だから……ロッテも野蛮になってしまうかもしれない。いや、もともとの保護者がヤクザ者のヴァルヴルガ氏なんで、あんまり変わらない可能性もあるが。


「やるなら厳しくお願いします。中途半端はよろしくない」


「当然だろ、当然。生半可に剣術をかじった人間ほど危なっかしいモンはねぇ」


 相手は母上だ、こんなことは言うまでもなかったな。などと思いつつ、僕は自分の鍛錬の準備に入った。国王陛下との謁見は数日後の予定だが、それまでに根回しやらなにやらをしておく必要があった。トレーニングはさっさと終わらせて、家を出なくてはならない。

 ……久しぶりの帰省なのに、忙しくてイヤになるな。ガキどもを連れて王都巡りとか、してやりたいんだけど。そういうのは、全部の面倒ごとが片付いてからになりそうだ。

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