第81話 くっころ男騎士と酔っ払い
宴が始まって二時間も立つと、皆べろべろに酔っぱらってひどい有様になっていた。ソニアはテーブルの上に身を投げ出して熟睡しているし、ヴァレリー隊長は周囲からの喝采を浴びながら下手な歌を全裸で熱唱していた。
そしてもう一人の同席者、アデライド宰相と言えば、酒臭い息を吐きながら僕に密着していた。いやらしい手つきで僕の身体を撫でまわしながら、彼女はその豊満な胸を僕の背中にぎゅうぎゅうと押し付けてくる。
「相変わらず……スケベな体つきをしおってぇ……ほら、抵抗をやめなさい。良いではないか良いではないか、ぐへへ」
大柄で筋肉質な体つきをしている
僕も大概酔っているので、口では「やめてくださいよー」などと言ってみるものの振り払うような真似はもちろんしなかった。美人だわ、ボディタッチは多いわ、ビジネスパートナーとして頼りになるわ、まったく宰相閣下は理想の上司である。
結婚相手としては理想なんだが、たぶん彼女は僕のことを火遊びの相手くらいにしか思ってないだろうな。まったく悲しいものだ。僕の身分がもうちょっと高ければ、こちらから求婚していたかもしれない。まあ、たぶん求婚しても玉砕する羽目になっていたと思うが。
「アル様ぁー!」
が、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。突然飛び起きたソニアが、アデライド宰相に襲い掛かったのである。彼女は一瞬で僕から引きはがされ、ソニアに抱き着かれたまま地面に転がった。
「ぬおお離さんか! やめろー!」
「くかー」
ソニアの胸の中で暴れるアデライドだったが、ソニアは熟睡しつつも腕を離す様子がない。ちょうど宰相が抱き枕にされてしまった形だ。
なにしろソニアは身長一九〇センチを超える大女である。一般的な体格の
「こうなったらもうソニアが目覚めるまで離してくれませんよ、アデライド」
酔ったソニアには抱き着き癖がある。僕も宰相閣下と同じような状態になった経験が何回もあった。絶妙なホールド感が結構心地いいんだよな、あれ。代わってくれないかな、アデライド宰相……いかんいかん、酒のせいか自制心が弱まっているぞ。気を引き締めなくては。
「な、何ィ!? ええい、はやくこのアホ娘を起こしてくれ!」
「まー、やってみますけどね」
ソニアの肩を掴んで揺すってみるが、彼女は「むいー」と奇妙な声を上げるばかりで目を覚ます様子はなかった。酔いが覚めるまで起こすのはムリだな。
「やっぱり駄目っぽいです」
「くそぉー!」
「うはは」
ジタバタするアデライド宰相を見ながら、僕はジョッキに残っていたワインを飲みほした。体格差のある二人がくっついていると、なんだかほほえましく見えてくるので面白い。
「あー、兄貴。大丈夫なんですかね、これ」
そんなことを聞いてきたのは、熊獣人のヴァルヴルガ氏だった。決闘に負けて僕の部下になった彼女だが、この戦争ではなかなかに献身的な活躍をしてくれたそうだ。そのため、この酒宴にも僕の騎士たちと共に参加していた。ほんのさっきまでは店の隅で騎士と飲み比べ勝負をしていたのだが、どうやら酒が足りなくなったらしく背中には酒樽を背負っていた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。ソニアは優しいから締め落としてきたりはしないよ」
「優しい……?」
「優しい……?」
アデライド宰相とヴァルヴルガ氏が口をそろえて聞き返してきた。いや、ちょっと短気なところはあるけど、ソニアは優しいだろ。気配りもできるしな。僕にはもったいないくらいの副官だ。
「兄貴、酔っぱらっておかしなことを口走ってますね……」
「この狂犬、いや狂竜? が優しいわけがないだろうに。アルくんは錯乱しているようだな……」
ソニアに抱き着かれたままの宰相とヴァルヴルガ氏がこそこそと話し合う。寝ているとはいえ、真横に本人がいるのによくそんな話ができたもんだな。シバかれても文句は言えないぞ。……そうやってすぐ手が出るからこんな風に言われるのか?
「ちょっと酔いを醒まして来たらどうかね、アルくん」
「しばらく夜風にでも当たってきたらどうです?」
心配されるほどは酔ってないと思うんだけどなあ。割と節制して飲んでたし。しかし、二人の目つきは真剣そのものだった。……まあ、ちょっと外の空気を吸ってくるのも悪くはないだろう。苦笑しながら、僕は頷いた。
「はいはい、わかりましたよ」
人ごみをかき分け、出口に向かう。足元も危うくなってないし、やっぱりまだそんなに酔っぱらってないと思うんだがなあ。
「ふー……」
店の外へ出た僕は、小さく息を吐いた。涼やかな夜風が頬を撫でる。季節はすでに盛夏といっていい時期になっているが、夜になれば気温も下がってくる。確かに、少し火照った身体にこの風は気持ちがいいな。
この居酒屋があるのはカルレラ市の繁華街だが、なにしろド田舎である。月と星の光に照らされた大通りには、まったく人気がなかった。明かりがついている店も少ない。
「……」
そんなどこか寂しい景色の中に、不審者が一名いた。フードを目深にかぶった大柄な女が、僕の方を見るなり速足で近づいてくる。僕は反射的に剣の柄を握った。いつでも抜刀できる姿勢で女を睨みつける。
「まて、待て! 怪しい者じゃない。我だ」
「……またあなたですか!」
その声には覚えがあった。アレクシアである。月光に照らされた彼女は、ひどい有様だった。顔は傷だらけだし、右腕には添え木を付けて三角巾で吊っている。その傷のほとんどは、ソニアによってつけられたものだろう。なにしろ、先日の夜には随分と念入りに痛めつけられていたようだからな。
「いったい、どういう要件です? ソニアに対する仇討ち?」
「いや、そんなことはない。あれは我が悪かったのだ。ヤツを恨んではおらん」
アレクシアは首をぶんぶんと左右に振った。
「……というか、奇襲とはいえこの我を相手に一方的な勝負に持ち込めるような女だからな。貴様もろとも我の配下に加えたくて仕方がなくなっているくらいだ」
「相変わらずだなあ……」
この人のこういう部分は、長所なのか短所なのかいまいち判断がつけづらい。執念深く狙われるよりはよほどマシなのだが、限度があるような気がする。
「では、どうしてここに?」
まさか自分も宴会に参加させてくれ、などという要件ではあるまい。お供もつけずにやってきたのだから、それなりの理由があるはずだ。
「いや、な……?」
アレクシアは恥ずかしそうな表情で、一瞬目を逸らす。
「我らは明日の朝にはこの街を発つ予定だ。落ち着いて貴様と顔を合わせられるのは、今夜が最後になる。だから……」
「だから?」
「別れる前に、どうしても貴様のキスが欲しくなった」
「は?」
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