第78話 くっころ男騎士と夜這い?

「ふーっ……」


 様々な雑務を片付け、自室に戻った僕はベッドに転がりながら深いため息をついた。すでに夜も更けている。夕食も、和平成立記念パーティーという形ですでに取っていた。もっとも、パーティーと言っても勝者と敗者が同じ卓を囲んでいるわけだから、あまり雰囲気の良いものではない。正直気が重かったが、これも慣例なので仕方がない。

 アレクシアやニコラウス氏の件に関しても、アデライド宰相に報告を終えていた。自分の提案が原因で僕が襲われる羽目になったことに気付いた宰相は、ひどく恐縮した様子だった。


「ちょっとした嫌がらせのつもりだったんだがね……まさか獅子獣人にそんな習性があるとは。本当に申し訳ない」


 と何度も頭を下げるものだから、許さないわけにはいかない。実際、敵の弱みを発見することも出来たわけで、プラスかマイナスかで言えばプラスよりの出来事だった。ニコラウス氏の目的も知れたことだしな。

 ニコラウス氏はどうやら、『男が軽んじられるのは、男が戦えないからだ』と考えているらしい。コの考えは、確かに一理ある。戦えぬものに発言権無し、というのは前世の世界でも長い間使われていた考え方だからな。

 彼の当面の目的は、帝国内部に男性を中心とした実力組織を作る事らしい。その組織をもってアレクシアの帝国統一を支援し、発言権を手に入れる。まあ、考え方としては決して間違ったものではない。もっとも、うまく行くかどうかは怪しいが。

 なんにせよ、アレクシアが本気で国内の統一を実行すれば間違いなく国は荒れる。そうなれば、隣国であるガレアにも少なからぬ影響が出るはずだ。情報収集のためにも、敵の内部に話ができる相手を作っておくのも悪くない。実際に支援するかどうかはさておき、交流は続けていくべきだ。……それが、僕とアデライド宰相が出した結論だった。


「……さて」


 とはいえ、いろいろあった一日だったのですっかり疲労困憊だ。スケベ獣人に誘惑されたせいで体はムラムラしているが、脳はさっさと寝ろと主張している。どうしたものかと悩みつつ寝酒用の酒瓶を選んでいると、ノックの音が聞こえた。


「……」


 僕は無言で、壁際にひっかけてある剣帯を手早く装着する。ノックが鳴ったのが、ドアではなく窓の方だったからだ。ノックの音は遠慮がちに、だが断続的に聞こえてくる。この部屋は二階にある。夜中に、二階の窓の外に居る来訪者……マトモな手合いのはずがない。

 代官屋敷の窓には板ガラスなどという高価な代物は使われていない。代わりにはまっているのは、丈夫な鎧戸だ。そのため、こちらから外の様子をうかがうことはできない。蹴破られた時のことを考え、窓の正面に立たないよう気を付けながらサーベルの柄に手をかける。


「誰だ」


「我だ」


「我ではわからん、名を名乗れ」


 我なんて一人称を使っているヤツは僕の知る限りアレクシア先帝陛下しかいないが、あえて聞く。嫌がらせ半分だ。

 ちなみに、アレクシア陛下をはじめとするクロウン傭兵団の幹部たちは、街の有力者の邸宅に宿泊してもらっている。あのアホ先帝と同じ屋根の下で眠るのは勘弁願いたいからな。なにかに理由をつけて外へ押し出してやった。


「……アレクシアだ」


「なるほど。夜這いにでも来ましたか?」


 そういえば、本番は夜とか言っていた気がする。朝までよがり狂わせてくれるんだったよな? うーん、滅茶苦茶興味はあるね。僕もむこうも何のしがらみもない立場だったら、土下座してでもお願いしたいところなんだけどな。まあ、現実は無情だが。


「違う。謝りに来た……この窓は開けなくていい。話だけでもいいから、聞いてくれ」


「ほう」


 なかなか殊勝じゃないか。僕は少し感心しながら、考え込んだ。アレクシアは、今夜のパーティーには出席しなかった。気分がすぐれないので、ということだったが……実際は怪我をした姿を見せないためだろうな。

 脱臼程度なら獣人にとっては軽傷だろうが、すぐに関節をハメ直したところで動きに違和感が出てしまうのは避けられない。ベテランの騎士ならすぐに「ああ、何か怪我をしたな」と気付くだろう。


「聞くだけなら、まあいいでしょう」


「……あそこまでやる気はなかったのだ」


 ひどく苦々しい口調で、アレクシアは言った。自身の行いを後悔している様子だった。


「しかし、どうも我は相手が抵抗すればするほど興奮するタチのようでな……理性のタガが外れてしまった。大変に申し訳ないことをしたと思っている」


「ふうん……」


 それは肉食系獣人のサガだろうか、それとも帰還兵に特有の病気だろうか。もしかしたら、両者が混ざったゆえの行動かもしれない。


「これは言い訳だが……我があそこまで我を忘れたのは、生まれて初めてのことだ。我のことを自由人だの身勝手だのと評す輩は多いが、最低限のラインは弁えているつもりだ」


「そうですか」


「……いや、今はそんなことを言っても仕方がないな。戦争の件も合わせて、貴様に嫌われそうなことばかりをしている……。しかし、我が貴様を好いているというのは本気なのだ。我にふさわしいツガイは、貴様しかおらん。今となってはそう確信している」


「ほう」


 手荒く扱ってから、しおらしい態度で謝る。DV夫が良く使う手口だな。意識的にやっているのか天然なのかは判断しづらいが、なかなかの手管だ。僕がエロゲのチョロい女騎士なら、今すぐ窓を開けて仲直りックスにもつれ込んでいたかもしれない。

 ……実際のところ、チョロさで言えば童貞も大概だからな。水に流してやってもいいんじゃないか、くらいの気分が湧いてきているのが恐ろしい。我ながらチョロ過ぎないか?


「その……なんだ。本当にすまない。いや、ごめんなさいか……。怖がらせてしまって……」


「一つ、いいですか」


「なんだ」


「怖がらせて、とおっしゃいましたが、僕は襲われている間に一度たりとも恐怖を覚えることはありませんでした。なんといっても、あの程度なら勝ちに持ち込める自信がありましたから」


 これは本気の言葉だ。たしかに身体スペックの差はあったが、アレクシアは性欲で頭が茹で上がっていたからな。隙だらけだ。七割くらいの確率でぶっ殺せていた自信はある。


「あの状況から逆転できたと? く、ハハハッ!」


 それを聞いたアレクシアは、ほとんど反射的に爆笑していた。馬鹿にしたような笑い方ではなく、心底感心したと言わんばかりの様子だった。


「本当か!」


「ええ。隙だらけだったので。あの時にも言いましたが、自分が捕食者側に居ると思って慢心しすぎなんですよ、あなたは。足元を掬うのはカンタンです」


「そうか、そうか! 貴様がそう言うのなら、我は隙だらけだったんだろうな。ハハハ……!」


「ええ、そうです。いかな獅子獣人、いかな剣の達人であれ、あそこまで慢心したら赤子同然。勝利をもぎ取るのは容易なことです」


 赤子同然は流石に言いすぎだが、まああんなことをやられたんだから少しくらい意趣返ししても良いだろう。しかし先帝陛下は、ここまで言われても怒り出すどころかさらに愉快そうに笑った。


「ハハハハ……いや、すまん。我は貴様を舐めていた。アルほどの男が、そう簡単に怖がってくれるはずもないか。確かに我は慢心しすぎだな。少しは謙虚さを覚えた方がよさそうだ」


「その通りです」


 ……言っておいてなんだが、これは失敗だな。アレクシアは敵である。出来るだけ慢心し続けてもらったほうが戦いやすいんだが。


「わかった。とにかく、今回のことは我が一方的に悪い。心の底から謝罪する。次に襲うときは、もっと淑女的にエスコートしよう。約束だ」


「いや、そもそも襲わないでください」


「そういう訳にもいかん。なにしろ貴様は我の花婿だ。何が何でも頂いていく」


 やっぱりぶっ殺しておいたほうがいいんじゃないか、こいつ。何も反省してないじゃないか……。


「しかし、今回は我の負けだ。潔く退散しよう。しかし次はこうはいかん、分かったな」


「もう来ないでください。次こそぶっ殺しますよ」


「嬉しいことを言ってくれる。楽しみにしているぞ」


 ……ああ、そうか。この人は抵抗されるほど燃えるタイプの性癖なんだから、ぶっ殺す発言は逆効果なんだ! 無敵にもほどがあるだろ。マジで勘弁してくれ。


「今夜はこれで失礼しよう。……最後に一つだけ。お休みのキスを貰っても良いか?」


「鉛球とのキスで良いなら今すぐにでも」


 ホルスターから拳銃を引っこ抜き、撃鉄ハンマーを上げた。その音を聞いたアレクシアは、楽しげに笑う。


「……ハハハ、冗談だ。では、我が花婿よ。また会おう」


 その言葉を言い終わると、アレクシアは窓枠から飛び降りたようだ。地面に着地する音が聞こえ、そして……。


「曲者が! 無事に帰れると思うなよ!」


「グワーッ!」


 ソニアの叫び声と、何者かが蹴り飛ばされる音が周囲に鳴り響いた。

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