第74話 くっころ男騎士と責任問題

 交渉を終え、ディーゼル伯爵家の者たちは会議室を後にした。しかし、アレクシア……もといクロウンをはじめとするクロウン傭兵団のメンツは部屋に残ったままだ。彼女らも、何事もなかったかのようにこのリースベンを去る気は流石にないらしい。


「出来ればアルベールくんと……アデライドくん以外は退出してもらいたんだがな。駄目だろうな」


「無論、よろしいわけがありませんな」


 渋い顔で将軍がピシャリと拒否する。当然だが、クロウンの正体はアデライド宰相たちには全員伝えている。今さら隠そうとしてももう遅い。


「そうだろうな。致し方ないか」


 ため息をついてから、アレクシアは兜を外した。中から現れたのは、あの端正で高貴な顔だった。その頭には、ライオンめいた耳がついている。彼女は獅子獣人だ。礼服の腰の部分からは、先端に房のついた長い尻尾も飛び出していた。

 彼女の美しい金髪はふさふさとしており、見ようによってはライオンのタテガミにも見える。タテガミといえばオスライオンの特徴だと思うのだが、こちらの世界のライオンはメスにタテガミがあるのだろうか?


「……本物のアレクシア陛下だな。相当出来の良い影武者でなければ」


「ハハハ……きみとは二年ぶりになるか、アデライドくん。相変わらずの辣腕ぶり、感心したぞ。どうだ、神聖帝国に来ないか? きみのために帝国の宰相の席は開けているぞ」


「どうやら影武者ではないようだ。もちろん、お断りする」


 苦虫をダース単位でかみつぶしたような顔をして、アデライド宰相は首を左右に振った。どうやら彼女らは顔見知りらしい。まあ、隣国の重鎮同士だからな。外交の場で顔を合わせる機会はいくらでもあるか。


「なかなかエキセントリックな方だな」


 将軍が僕の耳元で囁いた。ドン引きといっていい表情をしている。こんな状況で勧誘を始めるなんて、確かに正気の沙汰ではないだろう。


「僕も帝国に寝返らないか聞かれましたよ。もちろん拒否しましたが」


「いい判断だ。裏切り以前にあの手の上司の下で働くとろくな目に合わないぞ」


 ずいぶんと含蓄のある言い草だった。僕も完全に同感である。


「今さら前置きなど必要ないでしょうから、さっさと本題に入ることにいたしますが……そちらはいったいどういうおつもりでこの戦争に介入を?」


「アルベールくんに語った通りだ。旅先で偶然ガレアの男騎士のうわさを聞いてな。どれほどのものか確かめたくなった」


 そんな理由で参戦されちゃ困るんだよ。お前のせいでこっちは想定の三倍近い損害を被ったんだぞ! ムカムカしてくるが、表には出さない。我慢だ。


「戦場でミスリルがどうのとかおっしゃっているのを聞きましたが」


「耳ざといな。我が未来の夫よ」


「夫じゃないです」


 宰相の目がすっと細くなった。なんだか雰囲気が怖い。


「聞かれていたのならしょうがないか。ミスリル鉱脈がリースベン領に存在することは、そちらに潜り込ませた間者によってすでに調べがついていた。戦略物資を辺境領主だけに独占させることは我の構想にも反するのでな、一枚噛ませてもらおうと参戦した」


 やっぱり裏があったか。まあそりゃそうだろう。偶然出てきていい地位じゃないだろ、先代皇帝とか。


「情報の出所に関しては……」


 不審そうな目つきで、将軍が聞いた。ミスリル云々は、ほんの先日まで僕たちも知らなかった案件だからな。それが敵国にダダ漏れになっているのだから、恐ろしいことこの上ない。


「もちろん、黙秘する」


「でしょうな」


 頷く将軍だが、その表情に落胆の色はない。アレクシアがこの情報を知っていたという事実だけで、ある程度の容疑者の特定はできるからだ。オレアン公を追求するネタに使うには十分だ。


「まあ、何にせよだ。我々は負けた。それなりの責任はとらねばらない」


 アレクシアは僕の方をちらりと見てから、腕組みをした。立派な体格に負けない立派な胸が腕の上に乗る。思わず「でっか……」と呟きそうになる。


「とはいっても、先帝アレクシアではなく傭兵団長クロウンとして責任を取るのが精いっぱいだ。我がガレア国王直属の代官と戦い、そして敗れた事実が公表されれば……お互いにとって不都合な結果を招く。違うか?」


 何しろ皇族案件である。下手をすれば王国と神聖帝国の全面戦争になる。地域紛争レベルならともかく、全面戦争となると得られるものより失うもののほうが圧倒的に多いからな。両国とも、それは避けたいだろう。


「でしょうな」


 対抗するように、アデライド宰相も腕を組んだ。アレクシアがバカでかいので目立たないが、彼女もかなりのモノを持っている。……いかん、思考がスケベなほうへスケベなほうへ流れていく。戦場じゃ自分で解消するのもままならないからな……。


「出せるものと言えば、慰謝料くらいか。それも非公式のな」


「妥当と言えば妥当でしょうね」


 僕は頷いた。命はカネで買えないが、貰えるものは貰っておきたい。戦死者遺族への弔慰金や、戦傷を受けた兵士への年金の種銭になるだろう。

 できれば首が欲しいんだけどな。特にあの魔術師。足が飛んだのならもうまともに戦える身体ではないと思うが、万一ということもある。恨みから自爆テロめいた攻撃を仕掛けてきたりすれば、シャレにならない被害が出そうだ。

 事前にそれとなく提案したのだが、当然のように猛烈な勢いで首を左右に振られてしまった。残念だが、仕方あるまい。


「悪いな」


 頭を下げてから、アレクシアはさらに続ける。


「いや、本当に悪いと思っている。この件で、我もきみもずいぶんと多くの有能な部下を失った。これは耐えがたい損失だ。きみの言うように、我は無能とそしられても仕方がない人間のようだ」


「ほう」


 もう一度深々と頭を下げるアレクシアに、僕は少しだけ彼女を見直した。案外、殊勝な所も……


「まあ、過ぎてしまったものは仕方がないので、この経験は次に生かすことにするが」


 いや、やっぱり駄目だわ。切り替えが早すぎる。将校としては切り替えが早いのは美徳だけど、それはさておき普通になんか嫌。


「とはいえ、流石にそれだけというのも困りますぞ。誠意はカネで買えませんからな。それなりの態度という物を見せてもらわねば」


 アデライド宰相が注文を付けた。言い草が完全にヤクザだな……。


「ふむ、一理ある。いや、その通りだ。きみたちとは、これからもそれなりに友好的な関係を保ちたいからな……」


 どうやらこの女、まだ僕たちの勧誘をあきらめていないらしい。いい加減諦めてくれ。


「では、こういうのはどうだろうか。私人としての我が、きみたちの願いを一つだけ叶える。殴らせろと言われれば無抵抗で殴られるし、頭を下げろと言われれば頭を下げよう」


 ぽんと手を打つと、名案だと言わんばかりの態度でアレクシアは立ち上がった。


「公人、つまり神聖帝国の先帝・アレクシアとしては、国家に対して不利益になるような要求は聞けない。しかし私人として対応できる範囲であれば、どのような願いも聞き届けよう。どうだ?」


 どうだ、じゃないよ。微妙に対応に困る条件を出してくるなっての。

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