第69話 くっころ男騎士と逆襲の狼煙

「そちらが先帝陛下であるというのは承知した。しかし、なぜそのような尊き身分のお方がこのような場所におられるのか!」


 仮想敵国のことなので、僕もある程度は神聖帝国の動向については把握している。アレクシアという名前も記憶にあった。幼くして皇位を継承し、軍部改革で辣腕を振るった人物だ。数年前に妹へ皇位を譲った後、動向がつかめなくなっている。

 詐欺師が騙るにはちょうどいい名前ではある。鷲獅子グリフォンだの戦術級魔術師だのが飛び出してこなきゃ、僕も鼻で笑ってただろうな。


「聞きたいか!」


 兜の面頬を上げると、アレクシアはニヤリと笑った。凛々しさと美しさを兼ね備えた、高貴な顔だった。……この距離ならなんとかヘッドショットを狙えるんじゃないか? やっちまおうか……。


「やめておいた方が良いでしょう。アレクシアは神聖帝国でも並ぶものがないほどの剣士だと聞きます。銃弾を防ぐ自信があるのやも。今は時間稼ぎの会話に徹するべきです」


「そうだな……」


 あの魔術師が狙撃されたのはすぐ近くで見ているはずだろうしな。それでもあえて素顔を晒すというのは、銃弾程度なら防ぐ自信があるということかもしれない。


「我には夢がある! この神聖帝国を統一するという夢がな!」


 僕たちがこそこそ話しているのは見えているだろうに、アレクシアは気にすることもなく話し続ける。我の強いやつだな。


「きみもよくわかっているだろうが、今の我が帝国は数多の領邦領主の寄り合い所帯にすぎない。領主の独立権を盾に皇帝の命令を平然と拒否し、獣人の同胞同士相争う始末! 領邦同士の垣根をなくし、真に統一された国家へ再編成されない限り、我が帝国に未来はないと我は確信している!」


 なるほどな。要するにこの人は、近代的な中央集権国家をつくりたいわけか。それに関しては僕も理解している。でも、じゃあなんでお前はクソ田舎でプラプラしてんだよおかしいだろ。


「なるほど、なかなか壮大な計画をお持ちのようだ。しかし、僕の問いの答えにはなっていないように思えるが?」


「無論、これも我が帝国の統一のための前準備である。諸邦を巡り、その現状をこの目で確かめる。争いあらば我らも介入し、その実力を持って帝室の威光を示す!」


 なるほど、水戸の御老公ごっこね。つまり僕たちは、悪代官に雇われたゴロツキみたいなものか。


「つまり、この戦闘に介入したのは偶然だと?」


「男が軍を率いていると聞いて、興味を覚えてな。まあ、理由としてはそれだけだ」


 そんなのアリかよ! そう叫びそうになった。ゴブリン退治に行ったらドラゴンがいたくらいの理不尽さだ。大国の元元首がそんなホイホイ気軽に地域紛争に介入するんじゃないよ! 心底腹が立つ。恨むべきは自身の不運だろうか、この女の理不尽さだろうか。

 いや、敵の発言を鵜呑みにするべきではない。そんな下らない理由で気軽にpopしていい存在じゃないだろ、先代皇帝なんて。ただでさえ、リースベンはミスリル鉱脈という爆弾を抱えているわけだし。……しかし、裏があろうがなかろうが今はどうでもいい話か。現状を打破しない限り、政治レベルの話は考えている余裕すらない。


「我が部下は、帝室の近衛隊から選抜した猛者ばかり。降伏したところで、不名誉にはならん。むしろ、これほど善戦したことをほめたたえられよう」


「なるほど、近衛隊ね」


 そりゃ、強いに決まってるわな。……中指おっ立てたい気分になって来たぞ。腐れファッキン道楽女が……。

 いや、いや待て? 大国の最精鋭部隊が、こんなド田舎のせせこましい戦闘に参加している? 逆に光明が見えてきた気がする。敵は装備と練度に慢心し、なんの策もなしに平押ししている。それに対し、こちらは最初から敵を迎え撃つべく入念な準備をしていたんだ。むしろこれは、敵精鋭を一気に殲滅するチャンスなのでは……?


「この旅には、各地の有能な人材を見つけ出して登用するという目的もあるのだ。我はきみを高く評価している。降伏し、そして我のモノになれ、アルベール・ブロンダン。とりあえずは、宮中伯の地位を用意してやる。どうだ?」


 先帝陛下から滅茶苦茶な高評価を頂いているが、僕はそれどころではない。脳みそは全力回転していた。この戦いに大した意味はないことは、敵もよくわかっているはず。伯爵軍と違って、彼女らは戦いの当事者ではないからな。それでも、勝っているうちはいい。しかし、負けるかもしれないという不安が出てきたら? 士気は絶対にガタ落ちするだろう。この敵の弱点はそこだ。

 実際に優勢を取る必要はないんだ。あくまで、精神面で圧倒すればよい。そのための準備は、すでに終わっている。相手をビビらせて士気を下げるという要素は、最初から作戦に組み込まれているからだ。

 肝心なのは落差だ。勝ったと思わせてから、死の恐怖を味合わせる。いくら精鋭でも、状況が突然最悪な方向に変われば精神の切り替えが間に合わない。その間隙を突く。


「お断りします」


 方針は決まった。あとは勝利に向けてレールを敷くだけだ。頭の中で段取りを組みながら、僕は答える。


「ほう、なぜ?」


 心底不思議そうな表情で、アレクシアは聞いた。


「無能とわかっている人間に仕える気はないので」


「無能? 我がか」


「そう。無能も無能、ド無能です」


「そうか、我は無能か! ハハハハッ!」


 挑発のつもりだったが、アレクシアは心底愉快そうに笑った。予想外の反応だが、まあいい。別にこいつがどういう反応をしようがどうでもいいからだ。肝心なのは、彼女の後ろにいる連中。つまりは神聖帝国の最精鋭、近衛隊だ。


「後学のために聞いておきたいが、なぜそう思った?」


「簡単なことです。貴殿の部下は、近衛隊から選抜された精鋭。そう仰いましたね?」


「そうだ。それがどうした?」


 僕は面頬を上げ、精一杯真面目腐った表情を作ってアレクシアを睨みつける。……弓やクロスボウで狙撃されそうだから、前線じゃ顔を出したくないんだけどな。向こうが顔を見せているのに、こちらは隠したままというのは不味い。こちらにもメンツがある。


「そのような精鋭を、このような名誉も誇りもない戦場に連れ出している。……この戦いで戦死した貴殿の騎士の墓碑には、こう刻まれるわけです。『食い詰め傭兵を率いた男騎士に殺された無能な騎士、ここに眠る』……あまりにも哀れではありませんか? 有能な士官のやることではありませんよ」


 アレクシアの背後の騎士たちが、かすかに身じろぎした。被害はこちらの方が多いが、向こうも無傷というわけではない。すでに少なくない死者が出ているはずだ。この世界では男騎士なんてのはエロ本に出てくる存在というイメージがついてるからな。そんなのにやられたら末代までの恥になるだろうよ。


「男の身ではありますが、僕も騎士です。誉ある死は喜んで受け入れましょう。しかし、この戦場に誉はありますか? あるのは屈辱と後悔だけです。そんなものにまみれて死ぬのは、僕はごめんだ。帝国の騎士殿がたも、それは同じことでしょう」


 格下と思っている相手に殺される屈辱は、僕もよく理解している。前世の僕をぶっ殺したのは、まともな訓練も受けていないであろう反政府ゲリラだった。まったく、情けなさ過ぎてマジ泣きしそうになったね。生まれ変わった今でも頻繁に夢に見るくらいだ。


「あの凶弾に倒れた魔術師殿も、このような場所で死んでいい方ではなかったはず」


「彼なら生きているが。手当が間に合ったのでな」


 クソッ、やはり足一本ではチェストが足りなかったか! ……というか彼って言ったか? マジで男なのか。びっくりだよ、僕以外にも男でありながら戦場に出るようなスキモノがいるなんて。


「とにかく。貴殿は大勢の部下を不名誉な戦死に追い込んだわけです。これを無能と言わずになんと言いますか?」


「いや、言いたいことは分かるが。大勢というほど、死者は出ておらんぞ」


「これから出ますよ。いっぱい出ます。最低でも半分は殺すつもりなので」


「は?」


 アレクシアが首を傾げた瞬間、耳をつんざくような轟音が響き渡った。敵部隊の背後で巨大な火柱が上がり、吹き上げられた小石が周囲に降り注ぐ。身体を襲う地震のような振動に、誰も彼もが唖然とした。


「……ナイスタイミングだけど、なんか早くない?」


「予定では、起爆まであと五分というところなのですが」


 懐中時計を確認しつつ、ソニアは申し訳なさそうに言った。


「導火線の調整が甘かったようですね」


「今回に限って言えば好都合だ」


 僕は少しだけ苦笑すると、面頬を降ろす。眼前の敵は、明らかに動揺していた。なにしろ彼女らは、あの魔術師の放った攻城魔法を間近で見ていたわけだからな。自陣の方から巨大な爆発音が聞こえてくれば、さぞ嫌な想像が脳裏に浮かんでいることだろう。攻めるなら今だ。


「プランC最終フェイズだ。馬車爆弾、突っ込め!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る