第63話 くっころ男騎士と戦術級魔法

 指揮壕に戻ってきた僕は、望遠鏡で敵陣を観察していた。ライフルの射程外、望遠鏡で見えるギリギリの距離に全身鎧の重装歩兵たちの姿が見える。掲げる旗には剣と盾の紋章が見えた。伯爵軍とは別口の連中だな。


「増援に来たって言う傭兵団か、あれは」


ヴァレリー傭兵団うちよりだいぶ強そうですね」


 近くにいた若い傭兵が呟く。例の新兵、コレットだ。彼女の言うように、敵傭兵団は並みの正規兵よりも上等な装備を身に着けているように見える。ピカピカに磨かれた甲冑が、陽光を反射してギラギラと輝いていた。大半が革鎧すら持っていないヴァレリー傭兵団とは大違いだ。


「進軍のラッパや太鼓が聞こえてこないな」


 とはいえ、コレットの言葉に素直に頷くのも気が引ける。僕は素知らぬ顔で話を逸らした。


「今すぐ突っ込んできそうな陣形に見えるが」


 ここから見る限り、敵は突撃陣形を組んでいる。合図があれば、いつでも一気呵成に突っ込んできそうな構えだ。しかし今のところ、傭兵団は一歩もその場から動こうとしない。


「新手とはいえ、こっちのやり口は伯爵軍の連中に聞いてるんでしょうね」


 騎士の一人が呟いた。現在、第一防衛線は破れた鉄条網などを補修しある程度当初の防衛能力を取り戻している。鉄条網の前に小さめの塹壕を掘ることで、鉄馬車による突破を防げるよう改良も施してある。火薬不足のせいでさすがに地雷の敷設はできなかったが、ただ愚直に突っ込んでくるだけなら対処のしようがあった。


「ただにらみ合いをするだけなら何日でも付き合うが……」


 しかし、相手は突撃陣形を組んでいる。いったいどういうつもりだろうか? 射撃による援護を受けないまま突撃をしたところで損害ばかり増えるだけだ。

 そこでふと、敵部隊の様子に既視感を覚えた。突撃陣形を組んだまま、敵は待機している。何かを待っているように。そういう状態の兵隊を、僕は見たことがある。現世ではない。前世でだ。


「攻撃準備射撃……!」


 前世世界の軍事的な常識として、歩兵は砲爆撃で敵陣をめちゃくちゃにしてから突っ込ませるべし、というものがある。彼女らの様子は、その事前攻撃を待っているようにしか見えない。これは不味い、不味い気しかしない。


「総員に通達! 攻城魔法クラスの攻撃が飛んでくる可能性がある、防御態勢を取れ!」


 伝令が慌てて走るのとほぼ同時に、敵の隊列の中から地味な色合いのローブを纏った魔術師らしき人間が出てくる。


「魔術師が一人?」


 城壁を打ち崩すような攻城魔法は、複数人の魔術師が力を合わせて術式を組む合奏ユニゾンという手法が使われるのが普通だ。そうしないことには、魔力が足りなくなる。ただでさえ貴重な魔術師を複数人運用しなくてはならない攻城魔法は、なかなかに扱いづらい代物なのだが……。

 何にせよ、ひどく悪い予感がする。今すぐ対処しなければいけないが、手持ちの戦力で今すぐあの魔術師を排除する方法はない。ライフルの命中が期待できる距離ではないし、大砲はどこへ弾がとんでいくのかわからない代物だからだ。下手に阻止攻撃を仕掛けて防御が間に合わなくなるくらいなら、一発喰らう前提で動いた方がマシだろう。


「来るぞ、総員対ショック姿勢!」


 そんなことを考えているうちに、魔術師が手に持っていた杖を掲げた。次の瞬間、凄まじい閃光が走る。


「うわっ!?」


 それと同時に、重砲の至近弾を喰らったような衝撃が僕を襲った。轟音、閃光、衝撃、熱風。あらゆるものが僕に襲い掛かり、吹き飛ばされそうになる。そこへ何かが飛び掛かってきて僕の身体を抑え込んだが、衝撃のあまり頭が朦朧としてそれどころではない。


「被害報告知らせ!」


 衝撃がおさまると同時に叫んだが、自分の言葉が聞こえてこない。強力な耳栓をねじ込まれたような不快な感覚がある。大音響を喰らったせいで聴力がマヒしているのだ。いや、鼓膜がやられている可能性もある。


「ぐ……」


 ひどく重い体を動かし、口の中に入った土を吐き出しつつなんとか起き上がる。僕の身体に覆いかぶさっていたモノが、ゴロンと転がった。


「コレットか? お前が助けてくれたのか?」


 それは、新兵のコレットだった。どうやら、敵の攻撃と同時に僕に覆いかぶさり、かばってくれたらしい。彼女は血塗れで、ひどく憔悴した表情で口をパクパクしていた。何か言っているのだろうが、聴力が死んでいるせいでさっぱりわからない。

 心臓が、ぎゅっと握り締められたような感覚を覚えた。いくら謝っても足りない気分になる。こちとら人生二回目だぞ。まだ十数年しか生きてないガキの代わりに生き延びるような価値なんかないだろ、僕に。


「大丈夫か、おい!」


 飛び散った石礫いしつぶてに全身を打ち据えられたのだろう。彼女の身体は散弾を撃ち込まれたようにボロボロだった。大きな石が当たったのか、右足は明後日の方向に曲がっている。


「何言ってるのかわからんが軽傷だぞ! 気弱になるなよ、オイ!」


 もちろん嘘だ。足の骨折は以外にも、前進あちこちから出血している。どこをどう見ても重傷だ。しかし、経験上大けがしてるヤツに「不味い状態だ!」なんて言ったらショックでよりひどいことになるからな。大した怪我じゃないと嘘をついた方がマシなんだよ。

 コレットは心配だが、それだけに気を取られるわけにはいかない。僕は指揮官で、味方の全軍に対して責任を負っている立場だからだ。深呼吸とともに、「常に忠誠をセンパーファイ」と呟く。自分を落ち着かせるための魔法の言葉だ。


「被害は、被害はどうなってる!」


 周囲を見まわしながら、叫ぶ。だんだん聴力が戻ってきて、あちこちから上がるうめき声や叫びが聞こえるようになっていた。指揮壕の中はひどい有様になっていた。半ば、生きながら土葬されたような有様になっている。騎士の一人が叫んだ。


「味方右翼が蒸発しました!」


「なにっ!」


 あわてて壕から頭をだして確認すると、確かに右翼の塹壕線が隕石の直撃を受けたようなクレーターへと変貌していた。あそこには銃兵を十名と歩兵を多数配置していたが、あの様子では間違いなく全滅しているだろう。

 右翼からそれなりに離れた場所に設置してあった指揮壕ですらこの被害だ。最前線の砲兵壕に居るはずのソニアは大丈夫だろうか。胸がざわざわする。僕は歯を食いしばって、そして無理やり笑顔を浮かべた。


「……なかなか愉快なことになって来たじゃないか」


 こりゃ、不味いどころじゃない。視線を敵陣に向ければ、案の定鬨の声を上げながらこちらへ突撃を開始している。今の僕たちの状態で彼女らと交戦を開始すれば、赤子の手をひねるように簡単にやられてしまうだろう。

 あの魔術師、たった一人で戦局をひっくり返しやがった。この威力、おそらくは一〇〇〇ポンド爆弾以上の破壊力だ。一流の魔術師が十名集まって、なんとか発動できるレベルの戦術級魔法。それを一人で扱うなんて、とんでもないチート野郎じゃないか。ふざけやがって。

 はらわたが煮えくり返りそうになったが、拳を握り締めて耐える。兵は常に指揮官を見ている。無様な姿を晒せばあっという間に士気崩壊だ。


「動けるヤツは動けないヤツに手を貸してやれ。いったん態勢を立て直す、プランCだ!」


 砲爆撃によるショックは兵士の士気を著しく減退させる。練度の低い傭兵どもでは、このショック状態から迅速に立ち直るのは不可能だ。おまけに戦力の要である銃兵隊の火力も大幅に低減しているわけだから、今までと同じような防衛行動をとるのは無理だ。

 幸いにも、ライフルによる攻撃を避けるためか敵の突撃開始地点はかなり離れた場所だった。敵がこちら側の陣地に到着するまで、いくばくかの余裕がある。


「緑色信号弾を可及的速やかに発射しろ」


「了解!」


 一応、こうなった時のための計画も事前に準備してあった。騎士たちが土に埋まった軽臼砲を掘り出し始めるのを一瞥してから、視線をコレットの方に向ける。


「おい、悪いが手当はあとだ。ちょっと痛いが我慢しろよ」


 そう言って彼女の手を取ろうとすると、コレットは顔を涙でぐちょぐちょにしながら言った。


「行ってください……」


「なに?」


「足が、足が動かないんです……今のわたしじゃ足手まといにしかなりません……」


「見たらわかる。それがどうした」


 それこそ、早く後送して適切な治療をしないと骨が変な形でくっ付いてしまうかもしれない。こんなところでグズグズしている暇はないんだよ。

 外から見る限り重い外傷は足の骨折のみで、他はかすり傷だ。致命傷には程遠い。しかし、ここで捨て置けば彼女は確実に死ぬ。身代金もとれないような平民の新兵なんか、捕虜には取らないのが普通だ。


「こんな足になっちゃったら私はもう、代官様のお役に立てません……親に要らないと言われた私が、代官様のような方のために死ねるなら……本望ですから」


「ッ……!」


  反射的に怒鳴りつけそうになったが、堪えた。その代わり、無言で彼女の唇に自分の唇を押し付ける。


「童貞にキスを貰えば、その戦いじゃ戦死しないって話だったな?」


「えっ、えっ!?」


 青くなっていたコレットの頬にさっと朱が差す。……自分でやっといたなんだけど、これ後でセクハラで訴えられないかな? いや、いや。今はとにかくこの新兵に気合を入れてもらわねば困る。生きる気力を失った人間が生き残ることが出来るほど、戦場は甘くない。


「いいか? お前は絶対に死なない」


 そう言って、僕はコレットの身体を抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこの姿勢だ。十五歳にしてはひどく軽い。栄養が足りていないのかもしれない。そう思うと、もうたまらないくらいに嫌になった。戦争が終わったら、腹がいっぱいになるまで飯を食わせてやろう。


「なぜならマーリンは戦友を決して見捨てないからだ」


 僕が前世で所属していた軍隊は、仲間を見捨てないことを誇りとしていた。たとえ生まれ変わったとしても、その誇りを捨てる気はない。


「僕はお前が死ぬのを許さない。わかったら大人しくしろ、抵抗は無意味だ」


「は、はい……」


「よろしい!」


 僕が頷くのと同時に、緑色信号弾が空へ上がった。撤退の合図だ。第一防衛線から退くのは二回目だが、最初の撤退は攻勢のための前準備だった。しかし今回は、防御のための撤退である。戦いの主導権を握っているのは敵の方だ。とても面白くない。

 とにかく、今の状態でまともに敵とカチあったら瞬殺される。精鋭部隊で時間稼ぎを行い、その隙に本隊を台地まで撤退させて部隊を再編成する。それ以外に活路はない。肝心なのは、兵士たちをいったん冷静にさせることだ。


「覚えてろよ、神聖帝国のクソッたれども……」


 周囲に聞こえないよう、僕は小さくつぶやいた。

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