第60話 くっころ男騎士と悪い予感

 それからしばらくの間、伯爵軍とにらみ合うだけの日々が続いた。時おり小部隊が威力偵察を仕掛けてくるものの、その他に大きな動きはない。


「指揮官が変わった影響ですかねえ。敵軍からやる気を感じませんよ」


 指揮壕で、騎士の一人がぼやく。退屈さを隠しもしない表情だ。この頃じっと敵の出方を見続けているだけで一日が終わる生活をしているのだから、そりゃあ退屈だろうな。


「進めば苛烈な迎撃を浴びて地獄、退けば男に一勝もできなかった軟弱者とそしられて地獄。進も退くもできないなら、その場で足踏みし続けるしかない。そういうことだろう」


 僕が口を出す前に説明したのはソニアだ。僕もおおむね彼女と同意見で、伯爵軍は今後の方針を決めかねているように見える。動きに一貫性がないのだ。


「中央からの増援が到着すれば、こちらから積極的に攻勢が仕掛けられる。それまでの我慢だ」


「うーらー」


 何とも言えない表情で、騎士は頷いた。


「で、いつ頃来るんですか、その増援は」


「あと二週間くらい」


「……そっすか」


 嫌そうな顔をする騎士だが、そりゃしゃあないだろう。王都からこのリースベンまで、どれほど離れていると思っているんだ。

 中央に帰ったアデライド宰相とは、翼竜ワイバーンを使って定期的に手紙のやり取りをしている。そのため、中央の情報はある程度こちらにも入ってきていた。

 実のところ、本来ならばもっと早く増援が来る予定だった。なにしろオレアン公は僕たちが壊滅したタイミングで増援を差し向け、リースベン救援を自分の手柄にするつもりだったようだからな。リースベンにほど近い場所に領地をもつ自分の派閥の領主に、即応兵を用意させていた。


「頼りにならない味方なら、すぐ来られるみたいだけどな」


「えっ?」


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 オレアン公の息がかかった増援なんか、呼べるはずもない。どう考えてもシャレにならないような嫌がらせを仕掛けてきそうだし、オレアン公に僕の手の内を見せる気にもならないからな。敵だとはっきりわかる敵より、味方ヅラした敵の方がよほど厄介だ。

 そのあたりはアデライド宰相も心得ているので、その領主の派兵を全力で妨害してくれていた。僕が待っているのは、宰相派閥の将軍が指揮する王軍だ。そっちなら、ある程度安心して背中を預けることが出来る。


「……ちょっと傭兵共の様子を見てきますわ。あいつら最近たるんでるみたいだし、一発気合をいれてやります」


「ン、頼んだ」


 きな臭さを嗅ぎ取ったらしい騎士が、表情を真剣なものにして指揮壕から出ていった。状況はこちら優勢だが、油断は絶対に出来ない。オレアン公の陰謀はまだ終わっていないだろうし、伯爵軍に関しても予想不能な一手を打ってくる可能性がある。追い詰められた軍隊はとても怖い。


「……そう言えば、ディーゼル伯爵の調書を読みました。やはり、情報漏洩をしていたのは前代官のようですね」


 ソニアがするりと寄ってきて、耳元で囁いた。ややハスキーな声が耳に心地よい。


「みたいだな」


 ミスリル鉱脈の試掘のため、前代官エルネスティーヌ氏は採掘用の資材を集めていた。そして彼女は、意図的にそれをディーゼル伯爵家のスパイへリークしたようだ。

 リースベン領で何かしらの鉱物資源が発見されたことを知ったディーゼル伯爵は、鉱山の存在が公表されて守備兵が増える前にこれを奪取すべく、出兵を決意。そういう流れで戦争が始まったらしい。


「僕への妨害の件といい、情報漏洩の件といい、エルネスティーヌ氏ばかりが働いている。陰謀が失敗したときに、彼女にすべての罪を被せるためだろうな」


「エルネスティーヌを神聖帝国のスパイだったということにでもしておけば、オレアン公本人が問われる責任は最小限に抑えられるでしょうからね」


 いわゆるトカゲの尻尾切りというやつだな(ガレアではトカゲはセンシティブワードなのでこの例えは使えないが)。それでも任命責任があるだろと僕は思うのだが、相手は海千山千の大貴族だ。責任逃れの腕前なら世界トップクラスである。そう簡単には失脚してくれない。


「しかし、政治屋の権力闘争となると、末端の僕たちでは手出しができない。歯がゆいが、アデライド宰相に丸投げするしかないな」


 当然だが、ディーゼル伯爵やその他の捕虜から聞き出した有用な情報はすべてアデライド宰相へ送っている。それを使ってなんとかこちらへ降りかかりそうな火の粉を払ってもらいたい。


「アル様、翼竜ワイバーン騎兵から報告です!」


 そこへ、通信筒を持った騎士が走り込んできた。ひどく慌てた様子だ。僕はソニアに頷いてみせてから、騎士から受け取った紙へ目に通す。そこには、無視できない情報が書かれていた。


「敵領内に新たな部隊を確認。数、二個中隊。伯爵軍への増援と思われる……」


「増援ですか。やはり、敵もただ無為に時間を浪費していたわけではないようですね」


 厳しい目つきで、ソニアが呟いた。


「二個中隊。対処できない数ではない、が……」


 普通に考えれば、この程度の増援ならまったく怖くない。伯爵軍の受けた被害は甚大で、二個中隊程度が増えたところで戦力は開戦前のレベルまで回復しないからだ。弾薬はかなり消耗しているが、あと一回程度の防御戦闘ならこなせる。先日と同じように、弾幕を浴びせかけて撃退してやればよい。

 しかし、妙な胸騒ぎがした。なにか不味い事が起きる、そんな予感だ。この手の感覚は、おおむね的中するんだよな。


「ヴァレリー隊長を呼んできてくれ。防御計画の再確認をする」



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