第49話 くっころ男騎士と遅滞戦闘

 傭兵たちは思いのほか素直に撤退の指示に従った。今のところ優勢なわけだし、現状維持を主張されるんじゃないかと思っていたんだが……どうやら先ほどの一騎討ちが効いているらしい。あれがなかったら、単にビビッて逃げ出そうとしてるだけだと思われたかもしれないな。結果オーライだ。


「急げ急げ! 忘れ物はするなよ!」


 伯爵軍を鉄条網の外へ押し返すと、第二波が来襲するまでの僅かな間を縫って僕たちは撤退を開始した。武器や物資はもちろん、戦死者の遺体も後送しなくてはならない。こっちの世界じゃ敵兵の遺体なんかゴミみたいな扱いをされかねないからな。まともに弔いたければ自分たちの手で回収する必要がある。


「新手が来ます!」


 物見やぐらの見張りが警告の声を発する。流石に早いな。撤退中の味方の背中に攻撃をさせるわけにはいかない。僕は塹壕に身を隠したまま、騎兵銃の撃鉄ハンマーを上げた。


「とにかく、傭兵どもが陣地転換する時間をなんとか稼がにゃならん。クソみたいな戦いになるだろうが頑張ってくれ」


 僕は周囲の騎士たちに言った。すでに後衛戦闘に参加予定の人員は全員集合している。主力は騎士隊だ。伯爵軍の精鋭に対抗できるのは、装備や練度に優れた僕の騎士たちだけだ。


「問題ありません。いままで白兵が出来なかった分、存分に暴れさせてもらいましょう」


 ソニアがクールな表情で言い切った。しかしその頬は紅を差したように赤い。戦闘の熱気で興奮しているのだろう。


「お前はできれば傭兵たちと一緒に後退してほしいんだが。二人そろって戦死したら、指揮を執れる人間がヴァレリー隊長だけになるぞ。そうなったらもう勝ち目なんかない」


 指揮ぶりを見るに、ヴァレリー隊長は十分以上に有能な士官だ。しかし彼女はあくまで雇われにすぎない。雇い主が死ねばさっさと降伏してしまう可能性が高い。


「ご冗談を。わたしはともかくアル様が戦死されるなど、ありえません」


 だから信頼が重いんだよ!! こちとらすでに一回前世で戦死済みなんだよ、無邪気に自分だけは大丈夫なんて考えにはなれない。まあそんな能天気な考えをしている奴に指揮官は務まらないが。


「それに、わたしはあくまで副官です。あなたのお傍にいるのが自然なことではありませんか」


「しかしだな……」


「アル様、ソニアは筋金入りのフリークなんですから問答するだけ無駄ですよ。さっさと戦いましょう」


 うんざりした様子で別の騎士が言った。ソニアは『命令』すれば大概のことは聞いてくれる。しかし根がとんでもなく頑固なので、納得ずくで説得するのは非常に骨が折れる。今回は僕が引くしかないか。

 ……だいたい、指揮官が最前線に立たなきゃいけないのが一番の間違いなんだよな。僕だってできれば安全な場所に居たいよ。痛いのも怖いのも普通に嫌だし。ここで負けたら全部オシマイの大一番じゃなきゃ、もっと安定した作戦が取れるのにさ。


「そうだな……」


 敵の間近でやる話でもない。僕は小さく息を吐いて、敵の出方をうかがった。数は相変わらず多い。しかし流石の伯爵軍も装甲部隊の在庫が切れてきたらしく、兜以外の防具を付けていない軽装の兵士の姿も確認できる。これならある程度は戦えそうだ。


「よし、交互射撃で弾幕を張る。射撃準備!」


「ウーラァ!」


 騎兵銃を土塁に乗せ、照準をつけつつ僕は命令した。まだ敵兵は豆粒くらいの大きさにしか見えないが、ライフルの精度なら十分に命中弾を出せる。


「撃ち方はじめ!」


 銃声が耳朶を叩く。銃口から吐き出されたすさまじい白煙が僕たちの視界を遮り、敵兵の姿を覆い隠した。本当に黒色火薬ってのは使いづらいな。さっさと無煙火薬を実用化しなくては……。


「次、撃て!」


 そんなことを考えつつも、口は機械的に次の命令を発していた。自分自身も引き金を引く。銃床を伝わる鋭い反動が肩を叩く。白煙はますます濃くなり、敵兵が完全に見えないほどになってしまった。


「風術!」


 しかしここはファンタジー世界、対処法はある。傭兵団の魔術師が歌うような声音で呪文を唱えると、どこからともなく大風が吹き煙を散らした。

 僕たちの射撃はそれなり効果があったらしく、何人もの兵士が地面に倒れていた。しかし、それでも敵の前進を無理やり止めるほどの打撃力はない。軍靴が地面を踏みしめる音が、こちらにまで聞こえてくる。


「この狭さでは散兵になって射撃を避けることもままならんだろうな。敵ながら哀れだ」


 狭い街道内には、敵兵の死体や鉄馬車の残骸などが所狭しと並んでいる。おまけにまだ地雷も残っているとあれば、敵は身を寄せ合って狭いルートを通るしかない。射撃側からすればいいマトだ。弾薬を棒で銃身の奥へ押し込みつつ、僕は小さく笑った。


「第二小隊、装填完了しました」


「よし、撃て!」


 再度の射撃。敵前衛がバタバタと倒れた。騎士の一人が口笛を吹いた。


「へっ! カカシどもが、いい気味だぜ」


 他の騎士も口々に軽口をたたく。しかし再装填を続けるその手付きはいささかも遅れない。流石の練度だな。やはり頼りになる。


「報告!」


 そこへ、伝令が飛び込んできた。敵兵から目を向けたまま、僕は「どうした?」と聞き返す。


「例の別動隊と撤退中の部隊が会敵しました」


「正面はこちらが受け持つから、そっちはそちらの敵へ集中しろと伝えろ」


 側撃を受けるのは痛いが、相手は現状半個中隊程度。おまけに足場の悪い街道外から攻撃を仕掛けてきているわけだ。正面の敵と合わせて半包囲状態になりさえしなければそこまで恐ろしいものではない。


「了解!」


 走り去る伝令を見送りもせずに、僕は敵に銃弾を撃ち込んだ。とにかく、今は手勢だけでここを抑える必要がある。白兵戦の距離まで接近される前に、できるだけ敵の数を減らしておく必要があった。

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