第44話 くっころ男騎士と鉄条網対策
翌日。伯爵軍は日の出とともに攻撃を再開した。兵士たちの遺骸が横たわる街道を、全身鎧をまとった重装歩兵たちが進軍する。
「むこうは持久戦に持ち込む気はないようだな……」
望遠鏡を覗きながら、僕は唸った。初日の被害にビビって攻撃を控えてくれるのではないかと期待してたんだが、どうやらそんなに都合のいい話はないみたいだな。王都へ帰還するアデライド宰相に増援の要請を頼んでおいたから、それがリースベン領へ到着するまでにらみ合いを続けることができれば大した被害もなく勝てるんだが。
まあ、時間が経てばたつほど不利になることは、ディーゼル伯爵も理解しているだろうからな。とにかくこちらは、向こうの意志が折れるか増援が到着するまで死体の山を築き続けるしかない。
「とはいえ、流石に向こうも初日ほど無謀な攻撃はしてこないようだな」
伯爵軍は重装歩兵(装備から見ておそらく下馬騎士だろう)を前に出し、銃撃に対して無防備な弓兵や軽装歩兵は後方に控えさせている。初日の攻撃で大勢の弓兵が死傷したからだろう。
「うーん……」
鼓膜を殴りつけられるような轟音が響いた。ソニアの指揮する砲兵隊が発砲を開始したのだ。猛烈な勢いで発射された鉄球弾はしかし、一人の敵も巻き込まず明後日の方向へ飛んでいく。敵の隊列は初日の密集陣から打って変わってかなりまばらな横隊だ。これでは、命中精度も攻撃範囲も狭いこちらの大砲ではなかなか有効弾を出すことが出来ない。
「対策を打って来たな。無駄弾を撃つくらいなら、射撃を控えた方がましかもしれない」
こちらの弾薬にも限りがあるからな、浪費はできるだけ抑えたい。弾頭に使う鉛や鉄はともかく、火薬に関しては供給量が限られているからな。あまりたくさん用意することができなかった。火器弾薬さえ揃っているのなら、いくらだって持久する自信があるんだが。
「牛獣人なら牛獣人らしく、猪突猛進してくればいいものを」
部下の騎士がぼやいた。まあ、気分はわかる。無為無策に平押ししてくるような手合いなら、それはそれで助かるんだが。
「赤い布振り回せば突進してくるんじゃないっすか」
「馬鹿言え本物の牛じゃあるまいに」
「そんなもん振り回すくらいならアル様のパンツでも振り回した方がまだ可能性があるぞ」
「駄目だ駄目だ、敵どころか味方までつっこんでくるぞ。先鋒はソニアだ」
人が真剣に方策を練ってるときに勝手なこと言いまくるんじゃねえよ! 騎士どもはほとんどが幼年騎士団、つまり年少の騎士見習いを集めて行う集団訓練以来の仲なので、発言に遠慮という物がない。全く困った連中だ。……というか、あの真面目なソニアがそんなことするはずないだろ!
「むっ」
そんなことを考えているうちに、戦場で動きがあった。重装歩兵たちが穴を掘り始めたのだ。よく見れば、彼女らが携えているのは槍や戦斧などではなくエンピ(穴掘りに使う土木用品)だった。
「地雷を撤去するつもりか」
「銃弾を浴びながらよくやる」
当然ながら、地雷原はライフル銃のキルゾーンと重なるよう設置してある。銃兵隊はすでに発砲を開始しており、さかんに銃声が響いている。敵の重装歩兵隊は、ライフル弾の嵐を浴びながら作業を続けていた。
「狙撃兵が欲しいな。この距離なら、十分装甲の隙間を射貫けるはずだが」
思わずぼやきが出る。しかしライフル初心者の傭兵団銃兵にそこまでの腕前を求めるのは酷だし、僕の配下の騎士たちにもそこまで射撃に特化した訓練を受けた者はいない。ない物ねだりをしてもしかたがないか。
「精度の低さは数で補うしかないか……右翼に攻撃を集中するよう伝えろ!」
下手な鉄砲数打ちゃ当たる、というヤツだ。敵全体に散漫な射撃をしかけるよりは、一方に射撃を集中したほうが良い。いくら
「……」
命令を出してしばらくは、戦場は膠着し続けた。集中射撃を受けてなお、伯爵軍の重装歩兵たちは地雷撤去作業を続ける。掘り出し中に銃弾を浴びて爆死する者も居たが、誰一人として戦線から逃げ出す者はいなかった。敵軍の士気はすさまじいものがある。
「敵もなかなかやる……」
こんな相手と白兵戦はしたくない。練度も装備も低いこちらの傭兵たちとぶつかれば、一方的にやられてしまいそうだ。現状はアウトレンジ攻撃に徹しているため、こちらに大した被害は出ていないが……。防衛線が食い破られる事態になれば、攻守は完全に逆転するだろう。
「手の空いている奴は、銃兵隊の援護に行け。射程の短い騎兵銃でもないよりはマシだ」
指揮壕に居る騎士たちは、連絡員や指揮の補佐などをやってもらっている。しかし今は少しでも敵を阻止するための火力が欲しい。どうしても残しておかなければならない人材を除き、前線に回すことにする。
「しかし、敵は
「鉄条網の隙間から長槍で突っつかれるだけでも、敵からすればかなり厄介だろうからな。これを突破しない限り、向こうは得意の白兵戦に持ち込めない」
「逆に言えば、かならず敵は塹壕戦の突破を図ってくるはず……」
参謀役の騎士が唸った。あの豪快な牛獣人たちが、鉄条網に取り付いてちまちま鉄線を除去なんて地味な真似をするだろうか? 何かもっと、ド派手な手段を取ってきそうな気もするが……。
「アル様! 左翼に新手が!」
「何?」
見張りの報告に、急いで望遠鏡を覗き込む。そこにあったのは、後面に大量の鉄板を張り付けた大型の荷馬車だった。
「戦車モドキか……」
僕の額に、冷や汗が浮かんだ。
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