第36話 メスガキ騎士とくっころ男騎士

 私たちがリースベン領との国境地帯に到着したのは、それから一週間後のことだった。母様との約束通り、私は護衛の騎士たちとともにリースベン側の陣地を訪れた。

 偵察によれば、こいつらは後方でなにかを作っているみたいだけど、流石にそちらを見せるつもりはないみたい。私たちが案内されたのは、敵の本営から随分と離れた場所に建てられた粗末な天幕だった。


「あんたが噂の男騎士? へぇ? ふぅん?」


 迎えに出てきた騎士を眺めながら、私は内心ほくそ笑んだ。噂の通り、リースベンの警備兵を率いているのは男騎士だった。短めの黒髪に、ヘーゼルの瞳。生真面目な表情を浮かべた顔は人形みたいに整っている。凛々しい容姿をしているからか、男なのに全身甲冑が良く似合ってるのがニクいわね。物語に出てくる男騎士がそのまま現実に現れたらこんな感じになるんじゃないかしら?

 私は一目見てその男が気に入った。表情が良い。この『男であることを捨てて剣の道に生きています』と言わんばかりの表情がぐちゃぐちゃに蕩けるまで犯してあげたら、きっととても気持ちがいいでしょうね。想像するだけでちょっと濡れてきちゃった。


「私はカリーナ・フォン・ディーゼル。栄えあるディーゼル家当主、ロスヴィータ・フォン・ディーゼルの三女よ」


「アルベール・ブロンダン。リースベン領の代官だ」


 一応礼儀だから、挨拶を交わす。握手をしたアルベールの手は籠手に包まれていたので感触がわからなかった。残念ね。剣の握りすぎでカチカチになってるのかしら? そっちのほうが、剣一本で生きてきた男を蹂躙する感じがあって好みなんだけど。


「……どうぞ」


 アルベールの副官らしい女が、ひどく不機嫌そうな様子で香草茶の入ってきたカップを差し出してきた。……でも私、正直香草茶は嫌いなのよね、なんか臭いから。そもそもコレ、もとは竜人ドラゴニュートの文化だし。


「豆茶はないの? 礼儀がなってないわね」


「……」


 副官の表情は変わらなかったが、目には明らかな殺意が浮かんだ。……いや、余裕ぶってたけどかなり怖いわね、コレ……。この副官、母様ほどじゃないけどかなり体格がいいし……。もし戦うことになったら、アルベールを押し倒す前になんとか分断しないと不味いわね。こんなデカ女と正面から戦っても絶対に勝てないわ。

 とはいえ、それは私とこいつが一対一で戦った場合の話。私のバックにはディーゼル伯爵家がついているのだから、私がちょっとくらい偉そうにしても向こうは文句を言えないわ。案の定、副官は不承不承新しく茶を入れ始めた。

 少し待つと、黒々とした液体の注がれたカップが私の前に差し出された。香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。これよこれ、香草茶なんかよりよっぽどいいわ!


「それでいいのよ、それで。ところで、ミルクは?」


「ここは戦地だぞ、新鮮なミルクが手に入るはずがないだろう。頭にタワシでも詰まっているのか?」


 副官は表情も変えず、そんなことをのたまった。こ、こいつぅ……!


「そもそも貴様らは牛獣人だろう。その無駄に大きな乳から自前のミルクを絞り出せばいいのでは?」


 思わず腰の剣の柄を掴みかけたが、それより早くアルベールが制止した。


「やめないか、敵手をむやみに罵倒するのは騎士の振る舞いではない」


「……失礼しました」


「謝罪するべき相手は僕じゃない。わかるな?」


「…………申し訳ございませんでした」


 口をへの字に結んでしばらく黙り込んでいた副官だけど、やがて不承不承という感じで頭を下げてきた。いい気味よ!

 しかしこの男騎士、見た目通り中身はなかなか高潔みたいね。ますます興奮してきた。綺麗なものほど汚したくなるというか……ま、性癖よね。こういう男を腰を振るしか能のない馬鹿に墜とす、みたいなシチュが好きなのよね。好きなエロ本のシチュエーションを現実に出来そうだと思うと、もうたまらなくなってきちゃった。

 一回犯して終わり、なんてあまりにももったいないわ。領地に連れ帰ってペットにしたいところね。今のところ私には許嫁もいないことだし、母様が許せば私好みに育てて夫にするのもいいかも。


「……にっっっっが!!」


 ヒートアップする頭を冷やすために豆茶を一口飲んだら、とんでもなく濃かった。滅茶苦茶ニガいわ! ミルクが入っていないというのもあるけど、それ以前の問題。わざとね、あの副官!

 男の前で無様な姿は見せたくないけど、これはさすがにムリ。あわててアルベールの前におかれた香草茶のカップを奪い、口へ流し込む。臭い香草茶も、この苦くてドロドロした豆茶モドキよりはよっぽどマシよ。


「ふう、はあ……」


「……大丈夫ですか?」


 何とも言えない表情で心配の言葉を口にするアルベールを見て、私は顔を真っ赤にした。よくも私に恥をかかせてくれたわね、あのクソ女! 絶対八つ裂きにしてやる。


「……ふ、ふん。問題ないわ。それより、いい加減本題に入りましょう」


 なんとか呼吸を整えて、平静を装う。もう、早く本陣へ帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。こんなところに居続けたら、あの腐れ副官にどんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃないしね。無礼討ちしようにも、あの副官は私と護衛の騎士が束になってかかっても勝ちそうなほど強そうに見えるし……。


「自分たちに勝ち目がない事位、いくらおバカなあなたたちでも理解できているでしょう? 特別に私たちへ頭を下げる機会を作ってあげる。喜びなさい?」


「ありていに言えば、降伏勧告ですか」


 アルベールは腕を組み、苦々しい表情で言った。そりゃ、この段階で軍使を立てるなんて、降伏勧告以外にないもんね。


「まあ、とはいえあなたも一戦もせずに私たちに下るのは不名誉でしょう? アルベール殿と私で一騎打ちをすればいいわ。それで最低限の名誉は守られるんじゃないの。私が負ければ、とりあえず貴族だけは無傷で王国へ帰してあげる」


「僕が負けたら?」


「そうね、全員捕虜ということでいいわ。それでも、処刑まではしないから安心しなさい」


「それは慈悲深い事で」


 肩をすくめるアルベール。芝居がかった動作だけど、この男がすると妙に似合うから不思議ね。


「そうよ、私たちは優しいの。ああ、不安に思うことはないのよ? もちろん男相手に本気を出すような真似はしないわ」


 そこまで言って、ふと私は疑問を覚えた。この男には婚約者や妻がいるのかしら? 容姿から見て、そういう相手が居てもおかしくない年齢に見えるけど……。


「そういえば一つ聞いておきたいんだけど、あなた童貞?」


 初モノなら初モノで嬉しいし、そうじゃなくても特別な相手がいる男を蹂躙するのは楽しいから、どっちでもいいけどね。でも、気になるじゃない? やっぱり。


「……」


 さすがにこれは、アルベールも黙り込んだ。ちょっと恥ずかしそうにしてる、可愛いわね。捕まえたら羞恥攻めするのもいいかも。


「……童貞ですが」


「へえ。じゃ、恋人や許嫁は?」


「いませんが」


「へ~え? そのトシで? なっさけなーい。男の癖に騎士なんかやってるから婚期を逃すのよ、ばっかじゃないの?」


 副官の方をチラチラ伺いながら(挑発しすぎて襲い掛かられたら流石にマズイもんね)煽ってみると、アルベールは何とも言えない表情で口をつぐんだ。うーん、楽しいわ!


「ま、喜びなさい。あなたの童貞は私がもらってあげる。一騎討ちで私が勝ったら、その場で犯すわ。勝者の権利ってやつよね」


「……犯す?」


「当然でしょ。あなたは男なんだから、負ければそうなるのが普通なのよ。さんざんに打ち負かした後、部下の前で滅茶苦茶にしてあげる。楽しみでしょ?」


「……」


 何とも言えない顔で、アルベールは黙り込んだ。そりゃ、そうよね。初対面の女にここまで言われて嫌悪感を覚えない男なんていないもの。そうやって嫌がる男を無理やり屈服させるのが良いのよ。


「ちなみに、降伏を選ばなくても結果は同じよ。今すぐヤられるか、後でヤられるか。二つに一つってワケ。男風情が私の前に立ちふさがったことを後悔しなさい」


「そうですか」


 微妙な表情のまま、アルベールは唸った。副官なんて、今すぐ私に飛び掛かってきそうな雰囲気を出してる。話を聞いているアルベールの配下たちも、明らかに殺気立っていた。おお、怖い怖い。


「ま、部下のことを思えば、降伏の方をお勧めするわ。どうかしら?」


「……ええ、まあ。結論は出ました。こちらの返答ですが」


「ええ」


「一昨日きやがれ、バカヤロー。以上です。では、お帰りください」

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