第18話 くっころ男騎士と痴女

 その後、町へ出た僕たちは衛兵詰め所へ行って事情を説明したり、商人に必要な物資の調達を依頼するなどした。

 世にも珍しい男騎士である僕はここでもいくつかのトラブルにも見舞われたが、驚いたことにこれはヴァルヴルガ氏のとりなしで簡単に解決することが出来た。どうやら彼女、この町ではそこそこに顔が効くらしい。


「なるほど、やっぱりか……」


 やっとのことで必要なタスクを終えた僕だったが、そこへ厄介な報告が入ってくる。新たな馬の調達に失敗した、というものだ・


「まあ、もともとこんな田舎ですからね。常用馬なんてほとんど必要としていませんから」


 そう説明するのは、ラフな格好の町娘だった。なにしろ人手がまったく足りないので、情報収集をするにはこうした一般人をカネで雇うほかない。


「その数少ない常用馬も、一週間ほど前に全部前の代官様が徴発しちゃったみたいで」


「随分と徹底してるじゃないか……ああ、助かった。ありがとう」


 そう言って、僕は町娘に小ぶりな銀貨を一枚投げ渡す。彼女は片手でそれをキャッチすると満面の笑みを浮かべ、「またご贔屓ひいきに!」と言って去っていった。その背中を目で追いながら、僕は小さくため息を吐く。


「計画的な犯行ですね。向こうは最初からこちらをハメるつもりだったのでしょう」


「どうやら連中は、どうあっても僕たちをこの町に閉じ込めておきたいらしいな。これじゃ伝令も送れやしない」


 やはりどう考えても、前代官とその一味は僕とこの町を孤立させることを目的に動いているとしか思えない。

 で、あれば、当然この現状が中央に露呈しないように手を打っていることだろう。この状況で伝令を送るのは、敵が準備万端罠を張っているとわかっている場所に無策に部下を突っ込ませることと同じだ。少なくとも今は、そんな勝ち目の薄そうな博打に出るわけにはいかない。


「一応、鳩は出したが……」


「当然、も伝書鳩対策は打っているでしょう。一羽たりとも届かないものと想定して行動した方が良いかと」


「だろうな」


 ファンタジー風味なこの世界では、鳩に手紙を持たせて放つ伝書鳩がもっとも高速な通信方法だ。残念ながら、通信魔法のような使い勝手の良いものは存在しない。

 しかし、鳩はしょせん鳩。大量の猛禽を放つなどの方法で、容易に妨害することが出来る。その上、飛行型モンスターなんかが存在するこの世界の空は、前世の空よりも随分と物騒だ。平時であっても、鳩が無事に目的地に到着する確率は低い。


「……」


 やはり、現状はかなり不味い状況と言わざるを得ない。ここまで無茶な真似をして僕たちをこの町に拘束しているのだから、この後仕掛けてくるであろう本命の攻撃も当然大規模なものになるのは確定だ。

 僕のやるべきことは二つ。現状報告と共に増援を要請し、それが到着するまでこの町を守る事。それに尽きる。一番肝心なことは、民間人に被害を出さないことだ。くだらない権力闘争で無関係な一般人に被害を出すなんて、あってはならないからな。


「とりあえずいったん代官屋敷に戻って、事務処理の方を手伝おう。目の前のタスクを終わらせないことには、動くに動けない」


 迫りくる脅威に対抗しようにも、目の前にそびえたつ仕事の山がそれを許さない。まったく、敵ながら上手い手を打ってきたもんだ。

 そんなことを考えていると、こちらに向かって真っすぐに歩いてくる女を見つけた。フードを目深にかぶっており、顔は見えない。いかにも怪しげだ。


「……」


 ソニアの目つきが厳しくなり、剣の柄に手を当てた。近くに控えているヴァルヴルガ氏も、警戒を露わにする。


「……ちっ」


 あからさまに剣呑な雰囲気を放つ二人に気圧されたのは、フード女は僕の十メートルほど手前で立ち止まった。


「一つ、質問がある」


 小さな声で、フード女は聞いてきた。騒がしい街中では、やっと聞き取れるかどうかという声量だ。しかしこの声、なんだか聞き覚えがあるような。


「……なんだ?」


「パンツ何色?」


「おい、痴女だ! 捕縛、捕縛ー!」


 思わず僕はそう叫んだ。獰猛な猟犬のような勢いでソニアが突撃し、フード女に体当たりをかます。


「うわーっ!」


 フード女は悲鳴を上げて地面に転がったが、そんなことで攻撃の手を緩めるソニアではない。そのまま女の腕を掴み、ギリギリと締め上げた。


「痛い痛い痛い! やめろぉ! この私を誰だと……」


「この女、卑猥なことを叫ぶつもりですよ。黙らせます」


「もがもがっ!」


 片手で関節技を仕掛け、もう片手で女の口をふさぐソニアの格闘能力はかなりのものだ。


「た、たんなる痴女だからね? もうちょっと優しくね?」


「いえ、コレは危険な痴女です。わたしは痴女の生態に詳しいのでわかります」


 そんなことを言いながら、まったく関節技をかける手を緩めないソニア。そんな彼女を見て、ヴァルヴルガ氏が腰に下げていた戦棍(丈夫な木の棒の先にトゲ付き鉄球が装着された見るからに物騒なヤツだ)を引っ張りぬき、言った。


「ええと、とりあえず大人しくなるまでシバいときますかね?」


「駄目に決まってるだろ!? と、とにかくその人を代官屋敷にお連れ……じゃないや、連行するぞ! 早く!」


 いくらナメられがちな男騎士な僕でも、白昼堂々下着の色を聞いてくるような脳みそピンク色の知り合いは一人にしかない。なんでこの人がこんなところに居るんだ……?

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