12/22

10:00

昨日の余韻が残る私は夜に始まる仕事に備えてまた眠りにつくか、早めに行って店の大掃除をするか悩む。


けど、大掃除をするなら掃除道具の買い出しをこれからしないといけないからめんどくさいんだよな…。


そんなことを思いながらベッドでうたた寝しかけていると、電話が鳴った。


画面を確認して見ると友達の瑠愛くんだったので、迷うことなく電話に出た。


雅紀「おはよ。どうしたの?」


瑠愛『おはー。もしお昼空いてるならランチしたいなーって思ったんだけどどう?』


…瑠愛くんとランチか。


そういえば1ヶ月以上行ってないから会うのも久しぶりかも。


雅紀「行こう。ついでに100均寄ってもいい?」


瑠愛『あ!俺も行こうと思ってたとこ!一緒に行こー♡』


雅紀「うん。じゃあまた後で。」


私は電話を切り、そのまま出勤出来るようにメイクとヘアセットをしっかりしてそのまま瑠愛くんといつも待ち合わせ場所にしているゲームセンターで100円玉を消費していると隣に枕のような柴犬のぬいぐるみを持った瑠愛くんが来た。


雅紀「もうゲットしたんだ。」


瑠愛「うんっ!悠ちゃんにお土産♡」


と、彼女の悠ちゃんにお土産を作れた事が嬉しくて柴犬のぬいぐるみに抱きつく瑠愛くんの右目尻には、無理矢理ホクロのタトゥーをとられたえくぼが残っている。


それは私を助けるためにしてくれた代償なだけに、毎回気をとられてしまっているとその上にある瑠愛くんの目にバチっと視線が合った。


瑠愛「そんなに柴犬欲しい?」


雅紀「いや、そういうんじゃ…」


瑠愛「悠ちゃんはダメですっ。俺のお嫁さんなので。」


雅紀「分かってるよ。瑠愛くんの彼女さんだもん。」


瑠愛「ふぅーん?ちゅっちゅしたのにぃ?」


雅紀「…あの時はごめん。知らなくて…、色々頭がごちゃごちゃしてて。」


瑠愛「あの時と似たような顔してるよ。大丈夫?」


と、瑠愛くんは片手で柴犬を抱き、私の背中を撫でてくれた。


雅紀「…ちょっと、また色々ね。」


瑠愛「時間あるなら聞くよ?先にご飯にしよっか。」


そう言って瑠愛くんは私の手を取り、そのままお気に入りの牛タン定食があるお店の個室に入った。


瑠愛「俺は12枚のにしよ。雅紀は?」


雅紀「…普通の。…8枚ので大丈夫。」


瑠愛「OK。じゃあ頼んじゃうねー。」


瑠愛くんは私が男から女に変わるトラウマのキッカケに立ち会ったとっても深い仲の友達。


元はトラウマ側の人間だったけれど、瑠愛くんは私たちと似た価値観の持ち主であの地獄の始まりから逃げさせてくれた感謝しても仕切れない人。


だから今日のご飯もご馳走しようと思ったけれど、瑠愛くんは水を取りに行ったフリをして会計を終えてきたのかグラスと一緒に伝票を持ってテーブル脇に置いた。


雅紀「…ご馳走するのに。」


瑠愛「いつも頂いちゃってるから。しかも今日は俺から誘ったしね。」


と、瑠愛くんは優しく私に笑ってくれるけれど、その笑顔のたびに右目尻のえくぼがさらにくぼんでシワが寄ってしまうのに心が痛む。


瑠愛「夏くんも心配してる。いつものコース入れてくれないって。」


雅紀「だって、友達だもん。」


瑠愛「夏くんをコースで買う時は“優樹ゆうき”くんになるの。だからキャストとゲストの仲だよ。」


…そうだった。


ここ最近、その境目があやふやになっちゃってて昨日は普通に夏くんって呼んじゃった。


それにもまた頭を悩ませていると、サラダとテールスープがやってきた。


私は冷えた指先をスープの器に添えて温めながら、モヤモヤを言葉にしてみる。


雅紀「一とは仲直り出来たけど、それはそれでダメになっちゃてて…。音己は一のこと、好きなのダダ漏れなのにいつもの調子じゃなくて…。」


瑠愛「…そうだね。」


雅紀「夏くんは一のこと知ってるのかいつも以上にサービスしてきて…。なんか、繋がってる糸がこんがらがり過ぎて訳分からなくなっちゃった。」


瑠愛「んー…。夏くんは雅紀が1番のお客さんだから張り切ってるだけだと思うけど、一くんとはどうするつもり?」


と、全部を知ってる瑠愛くんはご飯が目の前にあるにも関わらず、箸も持たずに真剣に聞いてくる。


雅紀「…別れる、って言い方はなんだか違うけど、それに近いことをしないといけないよね。」


それは自分が考える一の幸せを思ってのことで、一度身が切れる思いで振ったのに2人して好き同士なのを隠して、会っては肌を合わせちゃってる。


それはみんなとは違うことだから一には普通に戻ってほしいと思うんだけど、どうしても押しに弱い私はその一を受け入れてしまう。


だからなんとかしたいけど、これでいいと思ってしまう私もいていつも一歩が踏み出せない。


瑠愛「俺もみんなも一くんと雅紀の友達だから物理的には中々難しいものがあるね。」


雅紀「…私の家、知ってるしね。」


瑠愛「一くんは一途だからね。そんなとこが俺も好きなんだよな。」


雅紀「…私も。」


瑠愛「俺たち、本当に気が合うね。 もしかして3人目の腹違いの兄弟?」


と、瑠愛くんは自分から自分のトラウマを冗談にして私を笑顔にさせようとしてくれる。


それに私は声でしか笑えなかったけど、瑠愛くんはホクホクのわたあめみたいな柔らかい笑顔で私の笑顔を誘ってくれた。


雅紀「一人っ子だから瑠愛くんが兄弟だったら嬉しいよ。」


瑠愛「あーんっ♡俺、“来未 瑠愛”に名前変えよっかな。」


こんな風に笑顔が多い瑠愛くんがそばにいてくれるからこそ、1番好きな人で悩んでいても心に少し晴れ間が差し込む気がするんだ。


それでまた1番好きな人と2番目に好きな人を思い出すけれど、今この時は瑠愛くんと2人の時間を楽しもう。


私は1番の理解者の瑠愛くんと一緒にご飯を食べ、大掃除の道具を買いに行った。



環流 虹向/ここのサキには

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