第228話 52日目⑫団子天
ガクちゃんの
なんか話してるうちにいつの間にか寝落ちしちゃってたけど、意識が沈んだ瞬間、すごく幸せな気持ちになれてたような気がする。
「…………んっ」
「あ、みさちも起きたか」
「んー……。うんー、なんか体感では一瞬だったんだけど……今何時かな?」
「ん……4時ぐらいだから1時間ちょっとは寝れたな。俺はこのまま起きるけどみさちはどうする?」
「うん。熟睡できて頭もすっきりしたから起きるよ。なんかすごく幸せな夢みたっぽくてリフレッシュできたし」
「……そ、そうか。じゃあ起きて作業再開といこうか」
なんか妙に焦ってる様子のガクちゃんにピンとくる。
「……ねぇ、なにかやった? あたしが寝たあとで」
確信しつつ訊いてみれば、案の定、決まりの悪そうな表情でガクちゃんが白状する。
「…………おでこにキスして、愛してると囁きました」
あー、それは夢見がいいはずだ。まだ眠りが浅い時にそんなことされたら絶対にいい夢見れるでしょ。今度あたしもガクちゃんにやってみよ。
「むう、それはよくないですね。相手が寝ていて聞いていないのをいいことにそういうことをするのはズルいです。やはりそういうことは相手が起きている時にしていただかないと。……ということで、もう一度やって?」
「改めてしろと言われてするのはちょっと照れ臭いんだが」
「
向かい合って寝そべっているガクちゃんの背中にそっと手を回して身体を寄せると、ガクちゃんはあたしの前髪をかき上げておでこにチュッとキスして耳元で囁いてくれた。
「愛してるよ美岬」
「うん。あたしも愛してるよ岳人。うん。ちゃんと夢の幸せが現実にも繋がった」
「そかそか。俺も今すごく幸せだよ」
なんか今、すごく自然にするっと岳人呼びしちゃったな。でも、今のやりとりかなり夫婦らしくていい感じだった。一緒に過ごしているうちにいい意味でお互いへの遠慮がなくなってきた気がする。
あたしは自分よりずっと年上の彼を名前呼びすることに抵抗があったから、言葉だけじゃなく心の中でもあだ名で呼んでたけど、意識せず自然にお互いに名前呼びできるようになったら、それはそれで素敵な関係だなと思う。
「……さて、こうして二人でまったりする時間もいいものだが、いい加減に動かないと暗くなるな。続きはあとでゆっくりな」
そう言って
「そうだね。洗濯物の片付けとかお風呂の準備もしなきゃだし」
リフレッシュの時間はここで一旦終わり。作業を再開しなきゃね。
お昼寝前に篭に入れて小川の流水に晒していたカレイの身を回収してきて、それをまな板の上に出し、岳人がナイフで細かく刻み、あたしがすり鉢で
「カレイの身って練り物向きなの? 前はクロソイとアイナメでチクワを作ったよね」
「んー、そうだったな。あの時は確か食べ残した刺身で作ったけど、まだ塩麹も砂糖も葛粉すらなかった頃だったから、味付けは塩だけのかなり原始的なチクワだったよな」
「そうそう。そんな感じだった」
「カレイが練り物に向いてるかって話だと、白身魚ならだいたいどれでもいいから普通にアリだな」
「あ、白身魚ならなんでもいいんだ」
「ああ。ただ、通常はコストを抑えるためにたくさん獲れてなおかつそのままではあまり好んで食べられない──見映えが悪かったり、
「おひょー?」
「大きい
「でっか! 4㍍のカレイってノアズアークのメスたちと同じぐらいあるじゃん。そんなのが仙台……って宮城だっけ? では獲れるんだ」
「まあさすがに4㍍ってのは伝説レベルの話だけどな。捕獲された最大記録は確かノルウェーの3㍍ちょっとだったはずだ。日本だと東北とか北海道の海で獲れるらしいが、普通は大きくても2㍍前後ぐらいが多いんじゃないかな」
「はー、それでも十分大きいけどね。……あれ? 何の話してたっけ?」
「仙台の笹カマボコにオヒョウが使われるって話だな。オヒョウの場合、やっぱりデカイから一匹からでも身が多く取れるし、普通のヒラメやカレイに比べると味や食感で劣るから、エンガワが安い回転寿司でヒラメの代用品として使われてたり、身が練り物なんかの加工品に使われるってわけだな」
「ああ、なるほどね。……ってことは、普通に刺身でも美味しく食べられるここのカレイを練り物に加工するのって実はめちゃくちゃ贅沢なんじゃない?」
「そうだな。ま、俺たちの自家消費用なんだからせいぜい贅沢にしようじゃないか」
「わーい。やったー! それで、これはまたチクワにするの?」
「いや、せっかく揚げ油が残ってるからさつま揚げみたいな感じにしようかな」
「おお、いいねいいね! 前に三重出身のヒヨリ先輩がお土産にくれた丸天の磯揚げがすっごく美味しかったけど、ああいうのだよね?」
「お、丸天の磯揚げを知ってるなら話が早いな。まあそんな感じだ。水で戻したエビやタコも混ぜて豪勢な感じにしよう」
「わぁ! めっちゃ楽しみ~」
「本来は白身魚のすり身に卵とか味醂なんかも混ぜ込むんだが、ま、無いものはしょうがない。塩麹と砂糖で旨みと甘味を補完して、葛粉で固めればまあいけるだろ」
そう言いながらあたしが擂っているすり鉢に岳人が塩麹、砕いた氷砂糖、葛粉を追加投入してくるので、それも丁寧にすり身に練り込んでいく。
魚の身が完全に潰れて滑らかになり、粘りが出てきたところで岳人が味をみて、追加で粗塩を少し入れて味を調整する。
「ん。まあこんなところか」
「あたしも味見していい?」
「いいよ」
「どれどれ…………あー、うーん、なんだろこれ。生魚なのに
「まあまだ生ダネだから旨いもんではないよな。ぶっちゃけ焼く前のハンバーグみたいなもんだし。この段階の味見は甘さがほどほどで塩味をちょっと強めのこのバランスさえ覚えておけばそれだけでいいさ。じゃ、ちょっと試しに揚げてみるか」
「おーっ!」
お昼に天ぷらに使った揚げ油を再び火にかけて再加熱して、スプーンで軽く掬った小さな生ダネを2個だけ試しに揚げてみる。
揚げているうちにぷっくりと丸く膨らみ、表面がキツネ色になったところで取り出して試食タイム。
「なんかちっちゃいガンモドキみたいだね」
「だいたい合ってる。ガンモドキの材料は豆腐だけど作り方はほとんど同じだからな」
一口サイズの団子天ぷらをぱくっと噛んでみれば、舌を火傷しそうなアツアツで、生ダネの時は濃いと感じた味付けもすごく控えめで上品になっていて、熱で固まってほどよい弾力のそれを噛みしめていくとだんだん魚の旨味も出てきて、シンプルに美味しいなーと思う。
「あーいいねー。これは美味しいよ。このお団子サイズも良き」
「揚げたてだからなおさら旨いな。このまま食べてもいいし、煮物に使ってもいいだろうな。味付けもこれでいいかな」
「うん。絶妙だと思う」
「よし。じゃあ残りの生ダネには色々具材も混ぜ込んでどんどん揚げていくとしようか」
生ダネに混ぜ込むために水で戻してあった干しエビや干しタコを細かく刻んでいく。ミツカドネギの玉ねぎもみじん切りにする。
「エビ天にタコ天……あと他には……豆とか海藻とか入れるのもありかな?」
「そうだな。ヒジキや茹で枝豆なんかはさつま揚げの定番だよな。今はないけど、次回作る時はそういうバージョンも試してみよう」
「色々バリエーション増やせるのは楽しいよね。そういえば、この揚げた練り物も天ぷらって呼ぶけど合ってるの? さつま揚げの方が正式名称?」
「天ぷらでも合ってるよ。江戸時代に油が庶民にも普及するようになって、魚の練り物を素揚げにしたこういう天ぷらが屋台で売られて人気になったんだ。元々は揚げ物全般を指して天ぷらって呼んでたんだよ。……関東では次第に衣を付けて揚げる物が天ぷら、揚げた練り物を揚げカマボコと分けるようになったけど、関西では逆に揚げカマボコを天ぷら、衣を付けて揚げる天ぷらをツケ揚げって今でも呼んでるからな」
「なるほど。確かに関東のスーパーのお惣菜売り場では揚げカマボコの表記だったかも」
「昔から庶民の生活に密着している料理は地方ごとに定着した呼び名があるからな。どれが正しいとか一概には言えないんだよな」
「では、ここではさっきみたいに小さい団子みたいにして揚げるものはバリエーションに関わらず総称で
「ああ、まあいいんじゃないか」
そんな話をしつつ、生ダネをいくつかに分けてそれぞれに具を練り込み、スプーンで掬って油に落として次々に揚げていき、たくさんの団子天ができた。
しかし、一口サイズというのはあれだね。保存性を高めるための加工だったはずなのに、ついついつまみ食いしまって気づいたらほとんど無くなってしまうという不思議な現象が起きてしまうね。
【作者コメント】
お待たせしました。いつも読みにきてくれてありがとうございます。今回は美岬の内面のちょっとした変化のお話でした。
相変わらずリアルはたいへん忙しいですが、皆さんの応援をモチベーションに頑張ります。引き続き応援していただけると嬉しいです。頑張って確定申告を早く終わらせて更新ペースを上げたいところです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます