第207話 51日目⑥海竜をO・MO・TE・NA・SHI (後編)

 ボスであるノアとその番が率先して俺から魚を貰って食べたことで吹っ切れたようで、群れの中から次にノアと同じ青緑の5㍍級のオスが、赤の4㍍級と黒の4㍍級のメス2頭を引き連れて近づいてきた。このうち赤の4㍍級がお腹が大きいから妊娠していると思われる。

 この5㍍級がおそらく群れのサブリーダーで、色が同じだからノア直系の後継者なんだろう。つがいが赤と黒なのもノアと同じだが、親子だけあって嫁の好みが同じなのかもしれない。


「美岬、可能な範囲でいいからグループごとの組み合わせを覚えておいてくれないか? たぶん、この食事グループが群れの中での番というか家族だと思うんだ」


「あ~なるほど。そういう感じね。おまかせられ」


 美岬がその辺で拾った小枝で砂にグループごとのそれぞれの個体の特徴を書きつけていく。

 俺は3匹の魚を〆て青緑、赤、黒にそれぞれ1匹ずつ渡した。


「とりあえず仮でこのグループはチーム・ブルーってことにしとくね。ノアのグループはそのままチーム・ノアで」


「了解。いずれ必要になるだろうから名前の候補も考えておいてもらえると助かる」


「…………う、一応考えとくけど、数が多いからガクちゃんも考えてよね」


 魚を受け取り終わったチーム・ブルーが脇にずれると、次に赤の5㍍級のオスが青緑の4㍍級のメス2頭と群れで一番小さい青緑の3㍍級のメス1頭を引き連れて近づいてきた。この赤の5㍍級が群れのNo.3なんだろうな。そして4㍍級の2頭が番で、3㍍級はまだ若そうだから子供の可能性もあるな。ちなみに4㍍級のうちの1頭がお腹が大きい。


「こいつらはさしずめチーム・レッドってところか。リーダー以外みんな青緑だけど」


「あはぁ、さてはリーダーは青緑系女子が好みなんだね」


 美岬が冗談っぽく言うが、案外それは正解かもしれない。ここまで組み合わせを見てきて気づいたことがある。


「番は必ず色が違うもの同士だな。もしかすると血が濃くなりすぎないようにあえて同じ色でのカップリングを避けているのかもしれない」


「おー……ということは、赤系とか黒系とか紫系の群れが別にいて、合コンでメンバーをトレードしてるってことかな」


「その可能性はある。で、ノアの群れに婿入りして青緑の嫁さんを2頭、もしかしたら3頭も貰ってるこのレッド君が本当に青緑系女子が好きって可能性は大いにあるな」


「……わぉ、冗談のつもりだったのに、マジすか」


「まだ確定じゃない、あくまで現時点での観察による仮定だけどな」


 そんなことを言いながらも魚を4匹〆て、美岬にも手伝ってもらいながらチーム・レッドの面々に手渡していく。群れで一番小さい3㍍級の子が妊娠してない方の4㍍級にやたら甘える仕草を見せているからやっぱり親子っぽいな。近づいてよく見れば色も青緑にやや赤っぽさが混じってるようだし。


 群れで一番の大所帯のチーム・レッドにも魚を渡し終え、残るは4㍍級の青緑のメスとそれよりやや小柄な紫のオス2頭となる。消去法でこの2頭も番なのかな、と思いきやどうやら違ったようで青緑のメスが1頭だけで先にやってきて魚を受け取って去り、最後に紫のオスが近づいてきた。

 この紫君、なんだかやたらソワソワしている。待たせすぎて腹が減りすぎたのか?


「ずいぶん待たせて悪かったな。お前の分だ」


 せめて大きい魚を選んで渡すと、喉を鳴らしながら受け取ってぺろりと丸呑みにしたが、食べ終わっても離れていかず、その目は俺の足の後ろにいるゴマフに注がれている。

 紫君が俺の足元に首を伸ばし、ゴマフに呼びかける。


「クオォォン……クルルル……」


「キュッ!?」


 紫君の声にゴマフがはっきりとした反応を見せ、俺の後ろから出て紫君の方にひょこひょこと近寄っていく。この反応は初めてだな。もしかして……。


「クルル……クルルル……」


「キュイ! キュイキュイ!」


 地面すれすれまで頭を下げた紫君にゴマフが近づき、ゴマフも首を伸ばして、お互いに頭と首を擦り合わせて明らかなスキンシップをしている。その姿を見てはっきりと分かった。

 この紫君がゴマフの父親なんだな、と。


 その時、ついに崖の上に昇った朝陽の一条の光がさぁっとを谷底に差し込み、楽しそうに戯れる父仔おやこを照らし出した。

 跳ねた飛沫が陽光の中で煌めき、鏡のような海面で乱反射した光が崖に映し出されてさながらオーロラのような光の帯となって幻想的に揺らめく。

 それはまるで宗教画のような荘厳で尊ささえ感じられるような美しい光景で、俺はこのシーンを忘れないように心の中でシャッターを切った。


 


◻️◻️◻️ノア視点◻️◻️◻️



 紫の若き戦士がついに我が仔──この場所の主である友からはゴマフと呼ばれている──とついに対面し、水辺で戯れている様子を見て、ノアは安堵していた。



 海竜たちは群れごとに決まった営巣地で出産と仔育てを行い、仔が回遊に耐えられるぐらいまで育ったら営巣地を離れてエサの豊富な外洋を回遊する生活を送り、出会いの季節になったら他の群れと合流してつがいを探す。

 紫の若き戦士は元々は紫の群れに所属する成体になったばかりのオスで、同じく成体になったばかりのノアの仔であるメスと番になり、戦士の数が少ないノアの群れに移ってきた。ちなみに新たな番となった者たちがどちらの群れに所属するかは、当の番が決める。


 紫の若き戦士の加入により、群れの戦士はノアを含めて5頭になったが、当時はもう3頭のメスと成体になる前の若い仔が2頭いたので戦士の数はまだ十分とはいえなかった。

 そして、出産と仔育てのために戻ってきた群れの営巣地近くに住み着いた狡猾な敵との戦いで戦士1頭、身重のメス3頭、若い仔2頭が喪われ、失意のうちに営巣地を逃げ出して、せめて残る2頭の身重のメスが安全に仔を産み育てられる場所を探している時に、たまたま聞こえてきたゴマフの声に導かれてこの場所にたどり着くことができた。

 あの時、ゴマフの声が聞こえなければ本能が危険を告げるこの場所には近寄ろうとも思わなかったことだろう。


 単身偵察に赴いた紫の若き戦士からゴマフの無事と共に暮らす者たち──この地を縄張りとするかつての友の子孫たち──の存在を知らされ、自ら会いにおもむいて知った。この地をかつて支配していた危険な敵は今はもうおらず、この場所こそが自分たちが探し求めていた理想的な営巣地であると。

 この地の主である新たな友たちは陸に棲む生き物であるので、もしかしたら自分の群れが海側に棲むことを許してくれるのではないかと期待して、潮の流れが再び島の中へ流れ込み始めた時に群れの全員を連れてそこに向かった。


 言葉の通じない友に自分たちの願いをどうやって伝えるべきか、夜が明けるまでずっと考えていた。縄張りを奪いに来た敵とは思われたくない。しかし、群れの全員を引き連れて無断で縄張りに入った以上、敵と思われて攻撃されてもおかしくない。


 夜が明けて浜に姿を現した友は明らかに警戒していた。それで、害意がないことを示すために単身で陸に上がり、友の前で群れが維持できなくなって他の群れの庇護下に入ることを願う降伏の姿勢を取ったところ、友は自分たちの願いを察して受け入れてくれ、縄張りから我々を追い出そうとせず、それどころか群れの全員に魚を食わせてくれた。移動の途中で全員が空腹だったから非常にありがたかった。しかも、簡単に獲れる群れて泳ぐ銀の小さな魚ではなく、狭い岩陰にすぐに隠れてしまうので滅多に食えない特別な赤や茶色の大きな旨い魚だ。


 この場所に棲むことを許され、滅多に食えない特別な魚を与えられたことで、群れの全員が友に対する不信感や警戒心を緩め、完全に信頼したわけではないが、この地を支配する主として畏敬の念を抱くようになった。


 営巣地から逃げ出した時、とりわけ身重の2頭のメスは非常に動揺しており、その番である戦士たちも殺気立っていた。

 先の戦いで番である戦士と仔を両方とも喪った我が仔であるメスは、すっかり意気消沈して生きる気力も失っており、見張っていないと移動する群れからはぐれてしまいそうだった。

 そのメスがはぐれないように側についてくれていた紫の若き戦士も、最愛のつがいを喪ってひどく落ち込んでいる状態でありながら、無理して戦士としての自分の役目を果たしていた。

 たった1日前まで、いつ群れが維持できなくなって散り散りになってもおかしくないほどの危うい状態だった。


 しかし今は、身重のメスたちもすっかり安心した様子で、他の仲間たちに支えられながら出産の準備を進めている。

 殺気立っていた番の戦士たちもすっかり穏やかになった。

 番と仔を喪って生きる気力さえ失っていた我が仔は、友からもらった魚を食べて少しだけ元気を取り戻し、今は姉妹である身重のメスを支えるために寄り添っている。

 紫の若き戦士は、最愛の番と共に喪われたと諦めていた我が仔ゴマフとようやく会えて我を忘れるほどに喜んでいる。

 友から魚をもらったあともゴマフのそばを離れず、波打ち際でずっとゴマフと戯れている。しばらく側にいた友とその番も、いつしか父仔おやこから離れて浜辺から居なくなっていた。


 ここに来るまでに多くを喪った我々だが、友のお陰で未来に希望を繋ぎ、ここからまたやり直すことができる。

 この素晴らしい安息の海に快く迎えてくれて、たくさんのいことを我々にしてくれた友には感謝しかない。そんな友に対し、我々はどのように恩義を返せるだろうか。


 今の我々は一方的に施してもらうばかりでなにも返せない。友も今は我々の助けなどまったく必要としていないかもしれない。だがいつか、友の末裔まつえいが我々の助けを必要としてくれる時がくるかもしれない。その時に力になれるよう、友が我々にしてくれた佳いことをすべて記憶し、群れ全体で共有し、未来へ繋いでいかねばならない。

 我が群れが未来永劫に渡り、友の群れの良き隣人、信頼できる味方であり続け、共にずっと栄えていけるように。






【作者コメント】

 海竜のおもてなし回の後半でした。なんか1日の終わりのまとめみたいになってますが、まだ朝なんですよねw そんなわけで51日目はもうちょっとだけ続くんぢゃな。


楽しんでいただけましたら↓の♥や応援コメント、目次から★~★★★評価とフォローをお願いします。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る