船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─
第155話 15日目②おっさんはたぶんあるだろうなと予想していた
第155話 15日目②おっさんはたぶんあるだろうなと予想していた
一旦別行動ということになり、俺は再び魚を釣るために岩場に向かい、美岬は畑に向かった。
ゴマフは当然の如く美岬についていく。海ほどではないとはいえ、案外陸上でもそれなりの速さで動き回れるようだ。
海ガメはヒレの力だけで重い甲羅に包まれた胴体を引きずって這うから陸上での動きはかなり遅いが、甲羅がなく細身のプレシオサウルスはヒレの力で胴体を地面から浮かせ、オットセイのような海獣に似た動きでヒレの力に合わせて身体を曲げて重心移動させることでヒョコヒョコと上下に身体を揺らしながら軽やかに移動できるようだ。
美岬はチラチラ振り返りながらゴマフがどれほどのペースで動けるのか試しているようだが、今の美岬は普段の歩くペースとあまり変わらないように見える。岩場は無理だろうが、砂地や草地であれぐらいのスピードで動けるなら十分だろう。
やっぱり生きた実物を観察できるというのは興味深いな。新しい発見の連続だ。ゴマフの観察記録だけでプレシオサウルスに関する学説の多くが覆されることになるだろう。
追加で採取したカメノテの剥き身を餌にしばらく穴釣りにいそしむ。岩場の上を移動しながら根魚の居そうなポイントを探し、20㌢以下は基本的にリリースして、それ以上のサイズは海に浮かべた蓋つきの浮き篭に入れて活かしておく。
見た目が似ていて同じような場所に住み着いている根魚でも種類ごとに微妙に習性は違うようだ。
カサゴはどうもお気に入りの場所に群れる習性がある上に学習能力が低いようで、1匹釣れた穴からは次々に釣れるし、リリースした同じ個体が再度釣れることもある。
逆にソイは単独で泳ぎ回っているようで、タケノコメバルやクロソイやムラソイが同じ場所で連続して釣れることはあまりない。またフッキングが甘くて取り逃がした個体が同じ場所で粘って再び食ってくることもない。
アイナメは、2、3匹程度の小さい群れでいることが多いようで、連続で2、3匹釣れるとそこではもう釣れなくなることが多い。
リリースしたものは除外し、残したそこそこ良いサイズの釣果は、カサゴ3匹、ムラソイ1匹、タケノコメバル2匹、アイナメ3匹となった。
これで当面のゴマフの餌は確保できたし、俺たちも使いたい時にすぐに使える。
釣りはこれで終了だが、せっかく干潮なので磯の食材も少し採ってから戻ることにする。ちょっと作ってみたい料理があるので久しぶりに
拠点に戻ったのは朝の6時頃だった。箱庭にはまだ陽は差していないが、日の出の時間は過ぎているので空はすっかり明るく、霧も次第に薄くなりつつある。
昨日、天気が悪くなってきたので回収して拠点に仕舞っていた乾燥途中のシイタケを出してきて再び干し網に並べて吊るしておく。今日は晴れそうだから良い感じに乾燥も進むだろう。
さて、次はプレシオサウルスの解体となるわけだが、確実に本日一番の大仕事となるから始めてしまうとしばらく休憩もままならなくなる。ちょうど今が作業の区切りでもあるから一息入れてから次の作業に移るとしよう。
霧の湿気でかまどの火は完全に消えてしまっているので、ファットウッドの木片と小枝を焚き付けに火を起こしなおし、大きめの薪に移った火がしっかりと燃え上がって煙が白から透明に変わるまで扇ぎ、火力が安定したところで大コッヘルで湯を沸かし始める。昨日美岬が作ってくれたドングリコーヒーの粉がまだあるからまずはコーヒーブレイクだな。
そうこうしているうちに美岬がゴマフを抱っこして小走りで戻ってくる。
「おう。おかえり」
「…………」
美岬は無言でゴマフを降ろして近づいてきて、かまどの前にあぐらをかいている俺の後ろから抱きついてくる。
続きは夜にって話だったのにそれまで我慢できるだろうか、と思ったのは一瞬で、美岬の身体がガタガタと震え、カチカチと歯鳴りしていることに気付きスウッと頭が冷える。どうやら怯えているようだ。
「……美岬、どうした? なにがあった?」
「……昨日の、洞窟の話が気になっちゃって……その、畑仕事が終わってから、ガクちゃんがまだ釣りしてたから、ちょっと覗きに行ってきたんす」
気付かなかったが、美岬の手にはLEDライトが握られていた。それで大体の事情を察する。
「……ああ。さては漂流者の白骨死体でも見つけたか?」
「……っ!? 知ってたんすか?」
「いや、昨日の時点で予想できてただけだ。先住の漂流者がここで生を終えたなら、他に埋葬してくれる者もいない以上、当然死体もそのままあるだろうなって。そして、普通なら洞窟を拠点にするだろうからそこにある可能性が高いだろうとは思ってたよ」
「う……言われてみれば確かに」
俺はグツグツと沸いている大コッヘルから小コッヘルで湯を掬い、そこにコーヒーの粉を入れてグルグルとかき混ぜた。フワリとコーヒーの良い香りが立ち昇り、美岬がくんと鼻を鳴らす。
「…………見つけてしまった以上、そのままにしておくのも忍びないな。美岬もいきなり行き倒れの白骨死体に遭遇して怖かったのは分かるが、とりあえずコーヒーで落ち着いてから埋葬だけしてやろうか」
「あ……うう……そうっすね。自分がその人の立場だったらって思うとやっと見つけてもらえたのに埋めてもらえないのは悲しいっすよね」
「その様子からして美岬はホラーは苦手っぽいな」
「怖いのは正直無理っす。ガクちゃんは人の死体とか平気なんすか?」
「見慣れてるからな。言ってなかったか? 俺は山での遭難者の捜索ボランティアをやってたって」
「……そういえば聞いたことあるような。でも、救助活動だと思ってたから」
「遭難者の救助活動と死体捜索は紙一重で実質同じようなものさ。生きている間に見つけてやれればそれが一番だが、間に合わないことも多いし、滑落死体は悲惨なことになってる場合がほとんどだし、遭難者を探してる途中に別の行方不明者の腐乱死体や白骨化死体を見つけることもままある。ぶっちゃけ、完全な白骨死体は臭いがないだけまだましな方だ」
「うぁぁ……腐乱死体とか無理ぃ。無理無理」
美岬が俺にしがみついてガタガタ震える。しまったな。ついうっかり言わなくていいことまで言ってしまった。
「……すまん。まぁ、怖いなら埋葬も俺が一人でやってもいいんだが、俺が思うに、その人は美岬の身内の可能性が高いぞ。ほら、前に言ってたこの島の近海によく出漁してて行方不明になったおばあさんの弟の……」
「…………あ。
「名前は今初めて聞いたけど、たぶんその人じゃないかな。たまたま一度来てこの島の秘密に気付くのはさすがに難しいと思うが、何度も来てるならここに繋がってるトンネルの存在に気づいてもおかしくないよな。そして例の竜宮伝説を知ってるなら調べてみようと考えたとしても……」
「……あ、ありうるかも。……うぅ~あれが徳助大叔父さんだとしたら、やっぱり遺族の一人としてあたしが弔ってあげるのが当然っすよね。出来るなら死んだばあちゃんの元に遺骨の一部だけでも帰してあげたいっすし」
「うん。まだその徳助氏と決まったわけじゃないが、遺物を調べれば身元が分かるかもしれないよな」
「そっすね。分かったっす。あたしもちゃんと埋葬手伝うっすよ」
コーヒーの粉混じりの抽出液をガーゼのフィルターで濾して、マグカップ2つに注ぎ分ける。
「ん。じゃあまずはコーヒーを飲んで落ち着こうか」
【作者コメント】
徳助氏に関しては、閑話2と9日目④を参照ください。岳人が山岳救難ボランティアをしていることもそこで触れられています。
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