第141話 14日目③おっさんはキノコ狩りをする

 美岬の剥き出しの足にゲートルを巻いたり、虫除けのためにハマゴウを燃やしてその煙を浴びたり……などの藪に入るための準備を整えてから、松がちらほらと生えている平原を箱庭の奥の方に進み、小川沿いのスダジイの林の木の密度が上がってきて森になってきたあたりから森に入り、マザーツリーである“グランドマザー”を目指して進んでいく。

 この辺りの森に入るのは6日目にグランドマザーまで到達した日以来となるが、あの時、グランドマザー周辺のスダジイの古木の森の中に、朽ちた倒木に生えているキノコがあったのを覚えている。美岬いわくあれはおそらくシイタケだという話だから、まずはその確認からだな。


 遠目からはまるでブロッコリーのように見えるスダジイの木は、葉の密度が非常に高いのでその群生地である森の中に入ると、ほとんど木漏れ日もなく昼間でも鬱蒼と暗い。

 枯れた大枝が自重で折れて落ちた場所だけ僅かに木漏れ日がスポットのように差したりしている。


 これだけ暗いと日照が少なすぎて若木がまったく育たないので、ドングリはたくさん落ちているのに下生えはほとんどなく、大木同士に間隔もあるので原生林なのに案外歩きやすい。

 まだ木漏れ日があって明るい林の方が下生えが多くて歩きにくいぐらいだ。

 せっかくなのでドングリが固まって落ちているスポットが目についたらざっくりと手で掬い上げてそのまま未選別のまま採集用の袋に入れて持っていく。あとでまとめて水の中に落として浮いた奴を避ければ簡単に選別できるし。


「こういうところにはトリュフはないのかな?」


「んー、そっすね。トリュフはこんな古木じゃなくて若木と共生するキノコっすし、適度な日照も好むんでこういう薄暗いところにはたぶん無いと思うっすよ」


「なるほど。じゃあやっぱりトリュフを探すなら林の方が見つかる可能性は高いんだな」


 キノコにも好む生育環境があるってわけだ。


 だんだんグランドマザーに近づくにつれ、スダジイの大木が増えてきて、地表も剥き出しになった苔生こけむした根が複雑に絡み合いながら這い回り、そこかしこから湧き出す水によって滑りやすく歩きにくくなってくる。

 空気も冷たくしっとりと湿っていて、夏であるにもかかわらず少々肌寒さも感じる。


 ちなみにこの辺りまで来ると枯れ木も立派すぎて倒れることができず、立ち枯れたまま苔に覆われて朽ちており、本体から落ちた巨大な枝がまるで倒木のように地面に転がっている。

 当初倒木だと思っていたものはどうやら落ちた大枝らしい。


 そんなそれだけでそこそこ立派な木ぐらいのサイズのある巨大な枯れ枝が木漏れ日に照らし出されて暗い森に中にスポット的に浮かび上がっており、そこにたくさんのキノコが生えているのが見えてきた。

 枯れ枝の周囲だけが明るくなっていて、そこから何本もの若木が上に向かって伸びようとしている。

 

「お、あれっすね」


「あれだな。近づいて見てみよう」


 近づいて観察してみると、キノコの傘の色は焦げ茶色で、軸は白くてしっかりしている。確かにこれだけならシイタケっぽくはあるが、俺にはヒラタケやツキヨタケとの違いも分からない。


「みさち先生、いかがでしょうか? 正直俺にはヒラタケとツキヨタケとの違いも分かりませんが」


「ふふ。いいですよ。ガクト君のために解説してあげましょう」


 美岬がクイッと着けてもいないメガネを押し上げる仕草をする。メガネ女教師モードらしい。


「まず、倒木に生える食用キノコとして代表的なものは、シイタケ、ヒラタケ、ナラタケ、クリタケなんかがありますね。ただ、ナラタケやクリタケはシメジみたいに群生するタイプで見た目からしてここに生えているキノコとは全然違うので今回は割愛します。こんな風に枯れた木から1個ずつ生えるキノコの代表格がシイタケとヒラタケの仲間、それとよく似た猛毒のツキヨタケとなります」


「ふむふむ」


「この中で特によく似ているのがヒラタケとツキヨタケで、シイタケはちゃんと特徴さえ頭に入っていれば間違えることはありません」


「ほうほう。してその特徴とは?」


「ずばり、軸があるかどうかです! ヒラタケとツキヨタケは軸がほとんど無くて短い軸で木から生えているので、傘の形も半月型っぽくなります。それに対してシイタケはしっかりした軸があるので、特に木の側面から発生するものは軸がL字型にクイッと曲がったその先に傘ができます。傘の形も若いうちは円形の饅頭型なので分かりやすいっすね。育ってくると傘が大きくなって形も崩れてくるのでヒラタケやツキヨタケに似てくるっすけど、それでも軸があるので見分けられるっすね」


「なるほど。ってか口調が戻ってるぞ」


「いやぁ。あのモードは疲れるんすよねー。とりあえずシイタケの特徴は分かったっすよね?」


「ああ。ここに生えてるのは軸がちゃんとあるからシイタケってことだな」


「スダジイの朽ち木から発生してることとか、色とか大きさとか、総合的に判断してシイタケで間違いないはずっす。……もし、シイタケとすべての条件が一致する毒キノコだったらお手上げっすけど、念のためにパッチテストをしてみます?」


「パッチテスト?」


「このキノコの一部を切り取った試料パッチを腕の内側に貼り付けてしばらく様子をみることっす。無害だったら特に何も起きないっすし、毒だったら皮膚が荒れたりただれたりするのである程度それで毒か無毒か見分けられるっす。ただ、シイタケの場合、稀にアレルギー反応が出ちゃう場合があるんでパッチテストが絶対ってわけじゃないっすけど」


「なるほどパッチテストか。そうだな。とりあえず俺とみさちでそれぞれパッチテストをやってみようか。二人揃ってアレルギーが出るというのはそう無いと思うし、やっぱりキノコは怖いから念には念を入れたい。それで問題ないなら、このシイタケの山はまさに宝の山になるわけだし」


「了解っす。じゃあさっそくやっちゃいましょー」


 推定シイタケをナイフで小さく切り、それを左腕の内側に貼り付けて包帯で固定しておく。

 これはとりあえずしばらくこのままにしておくとして、とりあえずシイタケの採集は進めていく。パッチテストの結果が駄目だったら捨てればいいだけのことだ。毒キノコの中には触っただけで手がかぶれるようなものもあるということだから、現時点で痒みを全然感じないのならたぶん大丈夫だと思う。


 野生のシイタケはサイズや形の個体差が大きく、同じ原木に生えていても本当に同じキノコなのか不安になる。


「みさち、これは全部シイタケなのか? 別の種類のキノコが混じったりはしないのか?」


「んー、とりあえずこんな風にシイタケが次から次に生えている間は別のキノコが生えることはまず無いっすね。シイタケの原木っていうのは、見た目は木なんすけど、中身はシイタケ菌に完全に侵食されちゃってる状態で、言うなればシイタケの本体なんすよね。原木の養分を消費しきっちゃうまではずっとシイタケだけが生え続けるっす。養分を消費しきって原木としての寿命が尽きたらもうシイタケが生えなくなって、シイタケが使わなかった養分を利用する別の菌類が生えることはあり得るっすけど、現状ではシイタケ以外は生えないっすよ」


「そうか。それを聞いて安心した」


「ちなみに、この原木はどこを切り出してもシイタケ菌の塊なんで、この原木の一部を別のスダジイの枯れ木に打ち込めばそこから菌が広がっていって新しい原木になるっすよ。ただ、すぐにシイタケが生え始めるわけじゃなくて、まず菌が新しい原木全体に行き渡るまで待たなきゃいけなくて、それからその原木からもシイタケが生え始めるんで、新しい原木作りには数年単位で時間が必要になるんすよ」


「あ、キノコの原木ってそういうメカニズムだったのか。それは知らなかった。じゃあ、この原木からは仮に全部のシイタケを採ったとしても後からどんどん生えてくるってわけだな」


「そういうことっす」


 といってもパッと見でも100個以上は生えているようなので全部採ったりはしないけどな。とりあえず状態のいいやつを選んで採っていくとしよう。







【作者コメント】

 ちなみにヒラタケとツキヨタケの見分け方ですが、シイタケに比べるとかなり短い軸を縦に割ってみると、内部がヒラタケは白く、ツキヨタケは赤くなっているので見分けられます。あと若いツキヨタケは暗いところで光ります。それが月に見えることから月夜茸と命名されたようですね。

 まあいずれにせよキノコを見分けるのは難しいので素人は手を出さないのが一番です。

 ただ、地方の道の駅とかで地物のキノコが売られてて、そこで買ったヒラタケにツキヨタケが混じってて中毒になったって話はたまにあるので、保険として見分け方だけは知っておくのはいいと思います。


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