船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─
第111話 12日目①おっさんは新スキル【焼き石調理】を習得した
第111話 12日目①おっさんは新スキル【焼き石調理】を習得した
意識を失った次の瞬間、朝になっていた。体感的にはまさにそんな感じだ。
もはやすっかり見慣れた拠点内の岩天井のゴツゴツとした質感がかろうじて判別できる程度の外からの薄明かり。
隣に目をやれば、いつものように横向きで体を丸めて熟睡している美岬。しっとりとした前髪が額に貼りつき、少し寝汗の匂いもする。この拠点の中は冷房はいらないがそれでも扇風機ぐらいは欲しいと思う程度の温度ではあるので俺も寝て起きる頃にはけっこう汗をかいている。
俺は喉の渇きを感じて何か飲もうと拠点の外に這い出した。
ペットボトルの飲料水を飲みながら空を見上げれば、まだ太陽は水平線に昇っていないようで、空の半分には星が瞬いている。
今の時間は涼しく快適だが、見える範囲の空は雲一つない快晴だから、きっと今日も日中は暑くなることだろう。
俺はまずトイレに行き、寝汗を流すために小川に行って冷水で絞ったタオルで身体を拭いてさっぱりしてから拠点に戻り、今日することを考える。
昨日の夜から干してある燻製用の魚はこのまま日中はずっと干しておいて夕方から燻し始めるつもりだ。同じく燻製にする予定の貝の剥き身だが、これは事前乾燥は必要ないので、燻し始める直前まで冷やしっぱなしでいい。
小川に沈めているシーラカンスも解体したいが、これは美岬が起きてからだな。
となると、この2日間できずにいた葛の蔓を採集して生糸に加工する作業や、まだまだ必要なクラフト用の葦の採集を美岬が起き出す前に少しでも進めておくのがいいだろう。
幸いにして藤蔓が見つかったおかげでクラフトにおける丈夫な固定用の紐は十分に確保できているが、葛から取った繊維は裁縫用の糸や布を作るのに使いたいと思っている。糸用はともかく、布にするにはまだまだ量が足りていないので頑張って作らなければ。
美岬はまだしばらくは起きてこないとは思うが、一応、昨日決めた通りに木の枝を組み合わせたサインで「葛の群生地に向かう」というメッセージを残してから、俺は葛の蔓を採集すべく葛の群生地に向かった。
葛の蔓を採集して拠点に戻ると、まだ時間は5時前だったが珍しく美岬がすでに起きていて畑仕事をしていた。
「おや、ねぼすけの美岬がこんなに早く起きてるなんて珍しいな」
声をかけると駆け寄ってきて抱きついてくる美岬。
「ダーリン、おかえりのおはよっす。……新妻を放置して朝帰りなんて悪い男っすね。しかも、1人だけ小川で涼んできたっすね?」
「バレたか。嫁が起きる前にこっそり帰ってこようと思ってたんだがな」
抱き締め返して頭を撫でてやれば嬉しそうな美岬。
「そうは問屋が卸さないっす。女の勘は男の後ろめたい部分を見抜くんすよ」
「なんてこった。嫁が寝てるのをいいことにアンナコトやコンナコトをしてるのもバレてるというのか」
「バレバレっすよ」
「それは不味いな。なら口を封じるしかないな」
「……んっ」
美岬の顎に手を添えて上を向かせて唇を重ねる。お互いに気心知れてきたからこその言葉遊びだな。
「……それで、美岬は今は何してたんだ?」
「この前の雨で腐葉土や石灰も土に馴染んだと思うんで大豆と胡麻を蒔いてたっす。緑豆とさつま芋の芽は早くも育ってきてるっすよ」
「ほう、どれどれ」
美岬に案内されてさつま芋と緑豆を植えているゾーンを見てみれば、さつま芋は元々芽が出ている種芋を芽ごとに分割して植えていたが、すでに10㌢ぐらいまで蔓が伸びているものもある。
緑豆は豆苗まで育った状態で地植えしたが、すでに双葉の間から豆科らしい三葉が伸び始めている。
「へぇ、まだ植えて数日なのにもうこんなに伸びてきたのか」
「芽が出てからは育つのは早いんすよ。種芋も豆苗も芽が出てから植えてるから、他の種から植えたやつに比べてやっぱり育つの早いっすね」
「なるほど。さつま芋の蔓はある程度育ったら切って株分けするんだったか?」
「そっす。これはまだ早いっすからもうちょっと育ってからっすね」
「そうか。苗が育ってきているのを見るのは嬉しいな。畑の世話をよくしてくれてありがとうな」
「へへっ」
美岬の頭を撫でてやれば照れくさそうに笑う。
「そういえば緑豆は支柱がいるんだったか?」
「あ、いや、そういえば緑豆や小豆はそもそも蔓がないんで支柱はいらないっすね」
「そうか。それで、美岬はまだ畑仕事は続けるのか?」
「そっすね。水やりとかもうちょっと世話したいっすね。ガクさんは?」
「俺はこの採ってきた葛の処理と、クラフト用の葦の刈り取りを美岬が起きてくるまでにやろうかな、という予定だったが」
「あ、じゃああたしのことは気にせずにそっちを進めてもらっていいっすよ。あたしもこのまま畑仕事してるんで。……ちなみに今日は朝ごはんは食べるっすか?」
「そうだな。昨日の雑炊がまだ残ってるから、ジャーキーとか干しタコの残りも使って水増しして朝飯にしようか。それを食べてから空いた大コッヘルで葛蔓を茹でればいいな。おっけ。じゃあ先に朝飯の用意をするから準備できたら呼ぶ」
「わーい。あざっす」
もう一度美岬を軽くハグしてから俺は拠点に戻った。
かまどの火を起こし、火力が安定するのを待つ間に雑炊が1/3ほど残った大コッヘルに水を足し、干しタコとジャーキーの残りをちぎって入れて戻しておく。
ふと思い立ってそのへんに転がっている石をいくつかかまどの火の中に入れておく。
中コッヘルに水とドングリ茶を1回分入れ、そこにかまどで熱せられた石を入れると……。
──じゅー……じゅー……じゅー……ごぼごぼごぼ……
あっという間にお湯が沸き、煮出されたドングリ茶の色が出始める。
かまどの火口は1つだけだから、同時に2つの火を使う作業が出来なかったが、少なくとも煮込み料理に関してはこの焼き石調理もアリだな。
そんな焼き石調理の実験をしているうちにかまどの火力が安定したので大コッヘルを火に掛けて煮込んでいく。水分が多いので雑炊というよりもはやスープだが、複数の出汁の相乗効果による旨味がヤバイことになっている。塩だけの味付けとは思えない複雑で深みのある味わいだ。
「……あ、旨いわコレ」
味見して仕上がりに満足した俺は立ち上がって畑の美岬に大きく手を振って呼ぶ。
しゃがみこんで作業していた美岬はすぐに立ち上がって畑仕事の道具を片付けて戻ってきた。
「ただいまぁっす」
「おう、おかえり。向こうの作業はもういいのか?」
「もうメインの作業は終わって草抜きしてただけなんで大丈夫っすよ」
「そかそか。お疲れさん。手を洗って朝飯にしよう」
そしてスープだけの簡単な食事をしたが、このスープは美岬にも好評で大コッヘル一杯を2人であっさり飲み尽くしてしまった。
「ふう。美味しかったっす。ご馳走さまっす」
「お粗末さま。さて、じゃあちょっと今日の予定を話し合おうか」
「了解っす」
ルイボスティーによく似た味のドングリ茶を飲みながら話し合う。
「とりあえず俺はさっき採ってきた葛の蔓を茹でるのと、2日前から発酵槽に入れっぱなしの葛を洗って干す作業をこれからやろうと思ってる」
「んー……じゃあ、発酵槽に入ってる葛の方はあたしやるっすよ。畑仕事で汗だくなんでついでに水浴びもしたいっすから」
「そうか。ならそっちの方は美岬に任せようかな」
「おまかせられ。シーラカンスはどうするっすか?」
「うん。あれはちゃんと記録を取りながら解体しようと思ってるから、葛の処理が終わってから2人でやろうか」
「ふふ。興味深いっすねー。でも、本当にあれがシーラカンスなのかって解体したら分かるんすか?」
「ああ。シーラカンスという名前には『中空の骨』という意味があってな、普通の魚の背骨とは違って軟骨質のパイプ状になってるという特徴があるんだ。あとは、ヒレの骨に可動する関節があって足のような構造になっているのも特徴だな」
「……ガクさん、古生物学者でもないのになんでそんなに詳しいんすか?」
「……男の子には恐竜とか古生物に憧れて調べまくる時期があるんだよ」
「あー、なんとなく分かるっす。古生物ってロマンっすもんね。アンモナイトとか
「美岬もどっちかといえばこっちだったか」
「うちの実家の島も海岸の崖でアンモナイトや三葉虫の化石は出土するっすからね」
「ああ。海岸の崖は確かに化石がよく出るよな。……まあ、そんなわけで俺にも図鑑少年だった頃があったってことだ」
「ガクさんって子供の頃は割と普通っぽいっすよね。なんでこうなっちゃったんすか?」
「何気に酷い言い草だな。でも確かに専門学校時代までは普通だったな。なんでこうなってしまったかは……まあそのうちな」
「むむ? なんか後ろめたい過去がありそうな気がするっすね」
「さて、どうだかな。さあ、ぼちぼち動こうか」
美岬の追及をかわして俺はすっかり冷めた茶を飲み干して立ち上がった。
【作者コメント】
最近、庭に植えている
緑豆は
水耕栽培で育てた豆苗を地植えしたらあっという間に大きくなりますが、虫に葉っぱが食われやすいのが要注意。あと、蔓が伸びずに地を這うタイプで丈があまり高くならないので、他の植物の陰になって日照不足にもなりやすいです。個人的には段の上に置いた植え木鉢やプランターでの空中栽培がおすすめです。
大豆のように実が成ると株ごと枯れる豆も多いですが、緑豆は次から次に花が咲いては実が育ち続けるのでそれなりに長い期間収穫ができそうです。
とりあえず2回収穫しましたがまだまだ実は育っているのでどこまで続くか楽しみです。
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