第101話 10日目⑦おっさんは保存食作りに本腰を入れることにする

 晩飯といっても作れるものはかなり限られる。外のかまどは使えないし、大コッヘルもまだ葛粉作りで使用中。食材のストックもかなり減ってきた。磯物の食材が簡単に手に入るからと、あまり保存食作りを重視していなかったツケが回ってきている。今後は保存食──特にそのまま火を通さずに食べられる加工食作りが課題だな。


 とりあえず、中コッヘルで干し貝の残りを使って出汁を取り、そこに乾燥ワカメとモヤシを入れてスープを作り、2枚残っていたアイナメの開きに木串を打って焚き火で炙り焼きにして、それだけの簡単な食事をさっさと済ませてから、朝からの作りおきの葛の葉の焙じ茶を飲みながら駄弁だべる。


「こんな風に外に出られない時のことを考えると、火を通さずにそのまま食べられる加工保存食と、燃やしても煙が出ない木炭は優先して早めに作っておいた方が良さそうだな」


「そっすねー。今、食材ってどれだけあるんすか?」


「干し貝とアイナメは今ので使い切ったから……乾燥ワカメと干しタコとモヤシと豆苗、加工食はヨコワジャーキーと高カロリー携行食ぐらいだな」


「おうふ……高カロリー携行食はいざという時の為のものだから、食材はほとんど残ってないっすね。明日は天気の良し悪し関係なく食料調達しなきゃっすね」


「だな。晴れてくれるといいけどな」


「そっすねぇ。ところで、そのまま食べれる加工保存食ってどんなのがあるんすか? ジャーキーは分かるっすけど」


「ん。……燻製、漬け物、レトルトパウチ、炒ったナッツ、ドライフルーツ、乾物──火を通してから干したやつ、ってとこかな」


「……ほへー、思ったより選択肢あるんすね」


「まあな。特に日本は高温多湿で食べ物が腐りやすい環境だから食料保存技術のバリエーションは元々多いしな。とりあえず、今あるモヤシと豆苗は育ちすぎる前に一度茹でて干すか、塩で漬け物にしておいてもいいな。それと、ここで手に入る食材だと魚が一番タンパク源としては効率がいいから、魚の燻製を量産できるように燻製小屋を明日にでも作るとしようか」


「おー、燻製いいっすねぇ。……でも燻製小屋の材料あるんすか? 特に木材を縛るロープというか紐はどうするんすか?」


 美岬の疑問ももっともだ。そもそもここのところクラフトが滞っていたのは縛る為の麻紐の残りが少なかったからだからな。だが、その紐不足については藤が見つかったことでほぼ解決される。

 藤蔓は葛蔓に比べてそれその物の強度が強いし、採取したばかりの生の蔓はよく曲がるので木材を縛る紐として使えるし、それが乾燥するとカチカチに硬くなるのでしっかり固定したい場所に使うのにおつらえ向きだ。


「縛るのは細目の藤蔓を使おう。小屋といっても百葉箱ひゃくようばこぐらいの小さいやつだから材料もすぐに揃うぞ」


「……ひゃくようばこってなんすか?」


「学校の校庭なんかに置いてある温度計や気圧計が入ってる白い箱だが見たことないか?」


「ないっす」


「あれ? 今時の学校には無いのか? ……じゃあ、小さめの犬小屋ぐらいのサイズと言えばいいか?」


「あ、なんだ、そんなもんすか。なら簡単っすね」


「ああ、美岬が手伝ってくれたら半日もかからずに作れるはずだ。燻製小屋さえ出来てしまえば、燻製の素材にはアイナメが向いてるし、スモーク材はスダジイが適しているからすぐに作り始められるな」


「燻製に向いてる素材とか、相性のいいスモーク材ってあるんすか?」


「おう、あるぞ。一応、どんな魚でも燻製には出来るが、身に脂が乗ってて柔らかい身の魚の方が燻製には向いてるな。燻製の魚の代表格といえばサーモンだが、鮭とかマスは基本的に燻製に向いてる。アイナメも身に脂が乗ってて柔らかいからたぶん燻製にしたら旨いだろうな」


「ソイとかは向いてないんすか?」


「そうだな。ソイ、メバル、カサゴなんかは元々身が締まってる魚だからな。ああいう魚は燻製にするとカチカチに硬くなってかなり残念な感じになるだろうな。味は旨いと思うが硬すぎてそのまま食べるのはキツいと思うぞ。あのタイプの魚はやっぱり煮るのが一番旨いな」


「確かにソイとかカサゴは煮ると美味しいっすよねぇ」


「スモーク材に向いているのは樹脂の少ない広葉樹だ。特にバラ科とブナ科ならまず間違いない。こっちは美岬の専門分野だな」


「バラ科ってことはリンゴとかナシみたいな仁果類やサクラやモモみたいな核果類、ブナ科ってことは堅果類──ドングリの木ってことっすかね?」


「大正解だ。特によく使われるメジャーなスモーク材はサクラ、リンゴ、ナラ、カシ、クルミってところだがその近縁種ならまず外すことはないな。俺はクリとかクヌギなんかも使ってたぞ」


「なるほど。ってことはここで手に入る物だとバラ科のハマナス、ブナ科のスダジイなんすね」


「そういうことだ。そして魚の燻製にはブナ科がよく使われるからとりあえずスダジイでやってみようかってことだな」


「ちなみにスモーク材に向いてないのは?」


「針葉樹全般と、広葉樹でもクス月桂樹ゲッケイジュみたいな樹脂が多いタイプは駄目だな。ヤニ臭くてとても食えたもんじゃなくなる」


「ふむふむ。とりあえず基本的に落葉広葉樹、中でもバラ科、ブナ科、クルミ科あたりから選べば良さそうと覚えておけばいいっすね」


「そうだな。それでだいたい問題ないな。……さて、じゃそろそろマグカップ作りの続きをするか」


「あいあい」



 成形して乾かしておいたマグカップの取っ手はすでに表面の水気は無くなり、持っても形が変わらない程度には固まっていた。


「うん。いい感じだな。この取っ手の本体にくっ付ける面を先の尖った枝なんかで掻いて細かい傷を付ける。本体側の取っ手を付ける予定の場所も同じ様にな」


「ふむふむ」


 接着面に細かい傷を付けることで表面積が大きくなるので粘着力が上がって取っ手が外れにくくなるのだ。俺が先にやってみせると美岬も同じ様にしていく。

 それが終わったら、少量の粘土に水を足して練って泥を作り、それを接着剤として取っ手と本体両方に塗り、両者を張り合わせた。はみ出した泥は指先でその周囲に擦り込む。


「これで接着完了っすか?」


「いや、あともう一工程残ってる」


 小指の先ぐらいの粘土を指先で転がして爪楊枝ぐらいの太さの細い粘土紐にして、それを取っ手と本体の繋ぎ目にぐるりと一周巻き付け、ならして周囲と一体化させる。


「これで終わりだ。ここまですればこの取っ手はそう簡単には外れないからな」


「なるほど。泥で接着した後で繋ぎ目を外からコーティングしちゃうんすね」


 納得した美岬が同じ様に取っ手周りを仕上げる。出来上がったマグカップを並べてみれば、まあ、美岬のは多少歪ではあるがかろうじてペアマグに見えなくもないかな、という感じだった。


「むふー。できたっすねぇ。焼くのが楽しみっす」


「今回は小物ばかりだからとりあえず2日ぐらい乾かして、釉薬を塗ってもう1日乾かしてから焼いてみるか」


「3日後っすか。待ち遠しいっす」


 板状の石の上に乗せたマグカップを眺めては嬉しそうに笑う美岬。これで途中で割れようものならめちゃくちゃ凹むんだろうな。なんとか割れずに焼き上がってほしいものだ。


 それから大コッヘルのアク汁を捨てて綺麗な水に入れ替えたが、だいぶアクが抜けてきたようで水に透明感が出てきた。あと、2回か3回ぐらい水替えをすれば葛粉の乾燥に移れると思う。とりあえず今夜はこれを最後の水替えにして、明日の午前中に水替えをすれば昼には大コッヘルを空けられるかな。


「今日は結局、1日中クラフトに明け暮れてたっすねぇ」


「そうだな。おかげで懸案事項をだいぶ片付けられたからこれはこれでよしだろう」


 葛粉が完成すれば料理の幅が広がるし、美岬が作ってくれた篭もこれからの生活で大いに活躍してくれるだろう。そして焼き物が完成すればまた文化的な生活に一歩近づくし、味噌なんかの発酵調味料の仕込みも始められる。


 まだまだ不便は多いし、快適には程遠い現状で、やるべきことはまだまだ山積みだが、少しずつ生活の質は改善しつつある。

 この島であとどれだけの期間を過ごすことになるかはまだ分からないが、可能な限り快適で健康に生活していきたいと思う。


 いつしか雨も止んでおり、外に出て見上げた夜空は、散りつつある雲の隙間から満天の星の煌めきが見え始めていた。






【作者コメント】

途中1話ナンバリング抜けてるので今回が本当の100話です。そして切りよく10日目ラストなのでリザルト回も投稿します。


さて、うちの地元には玉城豚というブランド豚がありまして、公営の地産地消施設でその玉城豚の燻製なんかも売ってるんですよね。中でもポークジャーキーが美味しくて、高校生の頃に初めて食べたポークジャーキーに感動して、自分でも燻製作りを始めるきっかけになりました。……思えば高校時代から変わった奴でしたね。今ではハムとかベーコンなんかも作っていて、自分の経営するコーヒーベーカリーでたまに出したりもしてるので、何が人生の役に立つかわからんものです。近頃は100均のアウトドアグッズで簡易燻製器やスモークウッドも売ってるので手軽に始めてみてはいかがでしょう? 市販の塩鮭の切り身を一度天日干しにしてスモークすると簡単にスモークサーモンになるので初心者にオススメですよ(←沼に引きずり込む気満々)

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