第99話 10日目⑤おっさんは爬虫類の味を語る


 昼食とその後の休憩の間放置していた大コッヘルをチェックしてみればデンプンが底に沈んでアク汁と分離していたので、大コッヘルをゆっくりと傾けてアク汁だけを捨てていく。この時、篭の目をすり抜けた細かい繊維もアク汁と一緒に流れていく。

 大コッヘルの半分ぐらいでデンプンが混じり始めてアク汁が濁ってきたのでそこでストップして、綺麗な水を8分目ぐらいまで継ぎ足し、よくかき混ぜてから再び放置する。


「泥水からカフェオレぐらいに昇格したっすね」


「大出世だな。次の目標はミルクティーかな」


「より高貴な感じでロイヤルミルクティーとかどうっすか?」


「最終的には白くなるんだが、それは?」


「北海道産低温殺菌特濃4.4牛乳」


「いいな。クリームシチューに使ったら旨いやつだ」


「あ、それ絶対美味しいやつじゃないっすか」


「……そういえば俺が自分の店で秋にいつも出してた『秋のにぎわいシチュー』って人気メニューがあってな」


「ほぅ……なるほど、詳細を伺いましょう」


 美岬の目がきらんと光る。


「肉は卵を産まなくなった廃鶏──ひね鶏とか猟師から仕入れたキジ肉を使ってな、ジャガイモの替わりにサツマイモと栗を、それ以外にも山で採れる食用キノコをたっぷり入れて、北海道産じゃないが地元の牧場の牛乳を使い、同じ牧場産のバターで作った自家製ホワイトルゥでクリーミーに仕上げるんだ」


「ぐはっ……聞くんじゃなかったっす! そんなん絶対美味しいに決まってるじゃないっすかぁ! 食べれないご馳走の詳細を聞くなんてただの生殺しっすよぅ」


「そうだなー、ここだとミルクとバターが手に入らないから再現は難しいな……いや、牛乳の代わりに豆乳を使って……爬虫類の肉を使えばなんとか……うーん、やっぱり難しいかな」


 最大のネックはバターの代わりになる脂と小麦粉の代用品だな。ハトムギの粉は小麦粉の代用品として使えるんだろうか? 一度試してみないとなんとも言えんな。


「むう……そういえば爬虫類の肉って食べたことないっすけどどんな感じっすか?」


「んー、そうだな……ヘビやワニはさっぱりした白身で鶏のむね肉に似てるかな。スッポンやカミツキガメなんかの亀類は濃厚な赤身で味は鴨に近いな。ついでに両生類──カエルやサンショウウオは癖のない柔らかい白身で、鶏のササミと白身魚の中間みたいな感じだな」


「え? そんなにまともな味なんすか? あたしはてっきりもっと癖が強くて人によって好みが完全に分かれるタイプの味かと思ってたっす」


「あー……確かにジビエで使う獣肉はそんな感じのものも多いな。だが、爬虫類、両生類に関しては素材の見た目とイメージで無理な人間は多いが、純粋な味だけだと万人受けする……というか、たぶん黙って出されたら分からんだろうな」


「ほぇ~、それなら機会があったら食べてみたいっす。あ、でもガクさんは捌けるんすか?」


「おう。ヘビでもスッポンでもイグアナでもおまかせられ・・・・・・だ」


「あー、それあたしのセリフなのにー!」


 連想ゲームのように会話の内容が脱線して迷走するのはいつものことだが、アク汁の色から始まってまさか爬虫類食まで飛躍するとは思わなかった。


「さて、アホな話はここまでにして、土器作りを始めるぞ」


「あいあいっ」


 昨日採集してきた粘土はビニール袋に1kgぐらい入っているのが2袋だ。この粘土には元々砂が適度に混ざっているようなのでこのまま使うことにする。砂の混ざっていない粘土を使う場合はだいたい粘土の3割から4割ぐらいの砂を追加で混ぜる。


「なんのために砂を混ぜるんすか?」


「一番の目的は焼き縮みの防止だな。粘土だけで作ると乾燥と焼成の過程でかなり縮んでその時に割れやすくなるんだが、砂を適度に混ぜると縮みにくくなるんだ。それと砂には熱で熔けるガラスの元になる物質──ケイ素がよく含まれているから、熱で熔けて固まる時に接着剤の役割をしてくれるんだ」


「へぇー、けっこう科学的なんすね」


「そうだな。焼き物作りは人類にとっての最初の科学ともいわれているからな。じゃあこの袋の中の粘土に少しずつ水を足しながら袋の外から揉んで扱いやすい軟らかさにしていこうか」


「あいあい」


 それぞれ1袋ずつ粘土を持ち、水を少しずつ注ぎながら袋の外から丁寧に揉んで満遍なく均一の状態になるようにする。この粘土の品質にばらつきが出ないようにすることが焼き物作りでは一番大事なポイントと言っても過言ではない。


 水を足した直後は泥状になる粘土も水が全体に行き渡って馴染んでくるとベタベタしなくなり、素手でも扱いやすくなるので、そうなったら袋から取り出し、両手で引っ張って延ばしたり、折り畳んだりして捏ねていく。

 この粘土の捏ね作業は、捏ねが不足することはあっても捏ねすぎというものはないので駄弁りながらじっくりと時間を掛けて捏ねていくことにする。


「日本の縄文時代が、世界の同時期の、いわゆる新石器時代に比べてもかなり特殊だったってのは知ってるか?」


「あー……なんとなく、聞いたことがあるような……確か、日本の縄文時代は、けっこう豊かだったんすよね?」


「ああ。そもそも採集狩猟生活ってのは、常に集落を移動させるのが普通だ。だが、縄文人たちは採集狩猟生活をしながらも定住していたことが分かっているな。そういうのは世界的に見てもほとんど例がないんだ」


「1ヶ所に留まっていても生活できちゃうぐらい豊かだったってことっすか」


「もちろんそれもあるんだろうが、縄文土器の存在も大きかったらしいな。新石器時代の他の文化圏でも粘土で器は作られていたが、それはあくまでも運搬と貯蔵用で直接火に掛けて煮炊きできるようなものではなかったらしい」


「ほほう、縄文土器は煮炊きに使える世界初の実用陶器だったんすか」


「世界初かどうかは知らんが、煮炊きを目的とした土器が縄文時代の日本中に普及していたのは間違いないな。そして煮込んだり、水に漬け込んで晒したり、という工程をオプションで選べるってことは、食用にできる物の幅がぐっと広がるってことだからな」


「アク抜きをしたり、茹でたら食べれるようになるものってけっこうあるっすもんね。山菜類とかほぼアク抜き必要っすし」


「ドングリにしても、アク抜きせずに食えるのは日本じゃスダジイ、ツブラジイ、マテバシイぐらいだが、アク抜きができるならほぼ全種類のドングリが食えるようになるからな。これはでかいぞ」


「確かに。なるほどー、縄文時代というだけあって縄文土器の存在がその時代の生活スタイルの基盤になってたんすね」


「案外、縄文土器の発明が、工夫と技術力で課題を乗り越えて、食べることにはやたらこだわる日本人気質のルーツかもしれんな」


「あー……『それが必要だったのは理解できるが、まさか本当にやるとは思わなかった』と言われる日本人のhentaiっぷりはまさかの縄文時代からの筋金入りだったんすかぁ」


「国民性ってのは面白いよな。俺も世界中を旅してきたから色んな文化と価値観に接してきたが、どの国や文化の在り方もその国民性を知ると『それでこうなるんだな』と納得することばかりだからな。だから、記録には残っていなくても、今の日本の在り方、日本人の気質を考えると、大昔から日本人は少しでも便利で快適な生活を追求して、常に工夫し続けてきたんだろうな、とは思うな」


「生き延びるだけでも大変なサバイバル生活で毎食違うメニューを作るガクさんも大概っすよね。しかも日に日に食事の質が上がって生活も快適になってきてるっすし」


「そりゃあ……可愛い嫁により良い生活をさせたいと思うのは男の甲斐性だろ。素直に喜ぶ姿を見たらもっとしてやろうと思うし」


 一瞬きょとんとした美岬の頬が朱に染まり、粘土を手に持ったままあわあわとキョドる。


「……っ! も、もぅ、そういうとこっすよ、ダーリン! 真顔でいきなりそういうこと言うとか反則っすよぅ!」







【作者コメント】

GW中は仕事が忙しすぎたorz


ジビエで使われるイノシシとか熊の肉はかなり癖が強くて、慣れない人間にとってはかなり食べにくいものなのですが、それに比べると爬虫類、両生類は本当に癖がなくて美味しいですよ。サバイバルの場面で個人的にお勧めなのはカメとウシガエルですね。


カメは特に捨てられたペットのカミツキガメやアカミミガメが野生化して生態系を脅かしているので自治体なんかで駆除活動もされていますが、スッポンと同じように美味しく食べられます。特にカミツキガメの肉は絶品でスッポン以上とも言われているので、ただ駆除して殺すだけじゃなく、もっと積極的に食材として活用してもいいんじゃないかな。アカミミガメは美味しくはあるのですが甲羅の形状的に捌くのが大変で、苦労の割に肉が少ないので食材としての魅力はイマイチ。でも簡単に釣れるので、いざ食糧難になったら積極的に狩るかも。


ウシガエルは元々食用というだけあって食材として極めて優秀です。肉は柔らかくて癖もなく臭みもないのでどんな料理でも使えます。身の質は肉と魚の中間のような感じですね。作者は白ネギと炒めたり、唐揚げにするのが好きですが、煮魚みたいに生姜醤油で煮付けてもきっと旨いと思うので今度試してみようと思います。


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