第85話 9日目①おっさんは調子に乗ったクッコロさんにお仕置きする

 昨晩は日付が変わるぐらいまで夜更かししていたせいで、自然に目が覚めたのは昨日より更に1時間ほど遅い7時頃だった。拠点に差し込む外からの光はすっかり明るくなっている。

 隣で寝ている美岬はいまだに夢の中で、少し開いた口の端からよだれを垂らしながら幸せそうな顔で熟睡している。正直かなり間抜けな状態なのに、この無防備な寝顔をむちゃくちゃ可愛いと思ってしまう俺もかなり重症である。

 俺がトイレに行って戻ってきても美岬は一向に起きるそぶりを見せない。

 ゆっくり寝かせてやりたいのは山々だが、今日もやることは山積みなので起こさないとな。


「美岬~、そろそろ起きろ~」


 ほっぺをツンツンしながら声を掛けると、美岬は一度薄目を開けるもイヤイヤと首を振って再び目を閉じる。


「…………や、あと5分~」


「いいぞ。5分後に起きてこなかったら朝メシ抜きな」


 甘えモードの美岬に妥協したと見せかけてちょっとイジワルしてみれば、美岬が大慌てで飛び起きる。


「えっ! それはイヤっす!」


「お、起きたな」


「朝ごはんを人質に取るなんて卑怯っす。そんなん起きるしかないじゃないっすか! ガクさんいけずっす」


「ふっ、分かってねえなぁ。俺が可愛い美岬が寝坊した程度で本当に食事抜きそんなことすると思うか?」


「………………うぅー、はかったな! ダーリン!」


「嬢ちゃんだからさ」


 起きぬけからそんな寸劇でじゃれあいながら拠点から外に出る。

 見上げた空は概ね晴れているが雲が出始めており、上空は雲の流れが速いから風も少し強くなってきているようだ。この感じだと天気が崩れてくるかもしれないな。

 昨日から干しっぱなしの葛芋のスライス──葛根湯かっこんとうはすっかり乾いていたので回収してビニール袋に入れて拠点に収納し、一夜干しのアイナメはもうちょっと干した方が良さそうなのでそのまま引き続き干しておく。


 それから2人で一緒に小川に行って顔を洗ってサッパリしてから、拠点前のかまどの所に戻った。かまどの火はすでにすっかり燃え尽きて灰になり、焼けてもろくなった貝殻の残骸──石灰せっかいだけが燃え残っている。手で触ってみれば完全に冷えており、ちょっと指先に力を入れれば簡単に砕けるぐらいの脆さだ。それをスコップで集めてビニール袋に詰める。


「この貝殻石灰はどうする?」


「んー、そっすねぇ……じゃあ早速これから畑に行って、大豆を植える予定のスペースの土に混ぜて水撒いて落ちつかせてくるっす」


「そうか。じゃあその間に俺は朝メシの準備だけしておくな」


「あざっす。さっさと済ませてくるっすね」


 美岬が石灰の袋と鍬と水の入ったペットボトルを持って畑の方に向かい、俺はかまどの火を起こして食事の仕度にかかる。

 昨日の晩の食材の残りで作った海鮮カレーが大コッヘルの半分ぐらい、葛の芽のお浸し、刺身から作ったチクワ。とりあえずこれらがすぐに食べられるメニューではあるが、これだと栄養バランスがタンパク質と無機質ミネラルに偏っているし、ビタミンB1、Cなどの水溶性ビタミンと炭水化物はほぼ含まれていない。

 魚介類がメインの今の食生活だと、この偏りはある意味仕方ないともいえるが、すぐに体調に影響は及ぼさずとも長期的には確実に影響が出る。

 炭水化物の不足はスタミナの持続力を下げ、ビタミンCの不足は壊血病の原因になり、ビタミンB1の不足は脚気の原因になり、ミネラルの過剰摂取は内臓に負担をかける。

 食べることさえおぼつかないサバイバル初期の状態を脱したのだから今後は栄養バランスも考えていかないとな。


 とりあえず海鮮カレーの方に剥いたスダジイを一掴み入れ、今日から食べられるモヤシを生食することで、炭水化物、ビタミンB、Cを補強することにしよう。


 かまどの火が安定したところで大コッヘルをかまどに掛け、後から加えたスダジイに火が通るまでカレーを煮ていく。それを待つ間に灰まみれのスコップを洗って炒め物に使えるようにし、拠点からモヤシの入ったエチケット袋を取ってくる。ちなみに使っていいモヤシは昨晩寝る前に美岬に確認済みだ。


 大コッヘルのカレーがぐつぐつと煮立ったところで鍋を火から外し、次に大きめにぶつ切りしたチクワと葛の芽のお浸しをスコップを使って軽く炒める。これは一晩常温で置きっぱなしだったチクワとお浸しに念のために火を通しているだけだ。

 モヤシを味付けも兼ねて海水で洗ってからザクザクと大雑把に切って牡蠣殻の皿に盛り付け、その上に炒めたチクワと葛の芽を乗せてとりあえず1品は完成。カレーは美岬が戻ってきてからよそえばいい。


 美岬は……と畑の方を見れば今も一生懸命に鍬を振るっているのでまだすぐには戻ってこなさそうだ。

 スコップを洗い、今度は昨日スダジイを穀剥きして取り分けてあった殻をスコップの上で火に掛けて焙煎していく。しばらく煎っていくうちに焦げ茶色に色が変わり、こうばしい香りが漂い始める。

 と、そこに鍬を担いだ美岬が戻ってきたのでスコップを火から外す。


「ただいまっす。石灰をしっかり土に混ぜて水を撒いてきたっすよ。このまましばらく置いて土としっかり馴染んだら大豆を植えていくっす」


「おう。お疲れ。しばらく置くってどれぐらいだ?」


「通常なら1週間ぐらいっすけど、まとまった雨が降ったら土によく馴染むんで、天気しだいっすね」


 そう言いながら雲が増えてきた空を見上げる美岬。今は青空6:雲4ってところだ。


「これからだんだん天気崩れてくるかもしれんからな。とりあえず食事にしよう。手を洗いな」


 ペットボトルから美岬の手に水を注いでやる。


「あざっす。……水もういいっすよ」


 濡れた手をピッピッと振って水気を飛ばし、にやっと悪い笑顔で俺のシャツで手をぬぐう美岬。


「ちょ、待てやコラ! どこで手を拭ってるんだ!」


「やー、ちょうどいい場所にあったんで」


「ほぅ、いい覚悟だ。俺は美岬に手は上げないがくすぐるぐらいはするぞ」


「アハハ……ちょっとおトイレに……」


 やべぇ、と逃げようとした美岬をあっさり捕獲してくすぐりの刑に処す。


──こちょこちょこちょこちょ


「あひゃひゃひゃひゃ! や、やめっ! あひゃひゃひゃっ!」


 脇の下やわき腹を徹底的にくすぐり倒す。


──こちょこちょこちょこちょ


「あぎゃっ! あひゃひゃひゃっ! ごめっ! ゆ、ゆるしっ! あひゃひゃひゃひゃ! も、だめ……げふんっ! げほげふぉっ!」


 笑いすぎて咳き込み始めた美岬をようやく解放すると、くたっと力無く崩れ落ち、髪と服は乱れ、顔は涙とヨダレでぐしゃぐしゃになっていた。


「……くっ、いっそのこと殺せ」


「なにをバカなことを」


「うう、彼女にこんなひどいことをするなんて、鬼っす。鬼畜の所業っす」


「お仕置きされるようなことをする奴が悪い」


「……むぅ。ガクさんをおちょくるとヤバいっすねぇ。代償がくすぐりでは割りに合わないっす」


 へんにょりとなった美岬に手を貸して起き上がらせ、軽くハグして頭を撫でてやる。これでノーサイドだ。






【作者コメント】

 カクヨムでは長らく泣かず飛ばずだったこの作品ですが、ここにきて急にバズッて現在SFの週間5位まで上がっております。ジャンルSFか? と思われるかもしれませんが、一応パニック小説として書いており、パニック小説はなろうではSFに分類されるのでSFということにしといてください。サバイバル小説とかスローライフ小説というジャンルができたらそっちに行こうと思いますが。


 ここまで支えてくれた古参読者の皆さんと、新たにフォローしてくれた読者の皆さんにこの場を借りてお礼申し上げます。作中時間の1日に連載期間で数ヵ月かけるような異色の当作品ではありますが、実際に役立つ知識とサバイバル術を発信していきたいと思っておりますので、今後ともお付き合いいただければ幸いです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る