船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─
第69話 7日目⑩おっさんはウッドキャンドルを灯す
第69話 7日目⑩おっさんはウッドキャンドルを灯す
美岬と手分けしてやりかけの作業を片付けていく。
干し網で干してあった葛の葉とワカメのうち、葛の葉は完全に乾いていたので回収してビニール袋にまとめておく。
クーラーボックス内でハマダイコンペーストと混ぜてヌメリ取りをしていた穴ダコは、程よくヌメリが取れていたので海水ですすいで次の作業に回す。
製塩の干し砂は集めてビニール袋にまとめておく。触ってみると乾いているのにちょっとベタつく感じもあり、かなり塩分が付着していることが分かった。そろそろ次の段階に進めてもいいだろう。製塩で使い終わった断熱シートは小川の水で洗って洗濯場のロープに干しておく。
と、ここまででだいぶ暗くなってきたので、明かりの準備をする。
太さ10㌢ぐらいの乾いた丸太を立て、鋸で十字に切り込みを半ばまで入れ、切り込みが交差する中心部に、細い棒状に加工したファットウッドを芯として差し込めばウッドキャンドルまたの名をスウェーデントーチの完成だ。
芯のファットウッドに火を着ければ、
風さえなければなかなか優秀な屋外用の簡易ランプになる。
そんなウッドキャンドルをかまどの近くに据えて明かりにしながら晩飯作りに取りかかる。
まずはかまどの火を起こし、火が安定するのを待つ間に、中コッヘルでアク抜きをしていた葛の新芽の様子を見る。漬け込んでいた木灰液を捨て、水で洗って一つ味見してみれば、きちんとえぐみは抜け、そのまま食べられるぐらい柔らかくなっていた。
とりあえず葛の芽は手でぎゅっと絞ってビニール袋に入れておく。
次にタコから目玉とクチバシを取り除く。まずはタコの体を真ん中から折り曲げて腹部と足を重ねるように左手で押さえれば、体の中心部にある頭部とそこから飛び出した目玉が端にくるので、その飛び出した目玉をナイフで切り落とす。次いでタコの腹部を摘まんで足が上になるようにひっくり返すと足の付け根の中心にあるクチバシが露出するので、剥き出しになったクチバシをナイフの先でえぐり出す。
二人がかりで20匹のタコの処理を終わらせ、10匹は今から晩飯に使うので残しておき、残りの10匹は干し網に並べて一夜干しにする。水気がある程度抜けたら燻製にしてもいい。
そうこうしているうちに、かまどの火が安定してきたので大コッヘルにハマグリ8個を入れてヒタヒタの海水で加熱していく。
水の量が少ないのですぐに温度が上がってきて湯気が立ち始め、最初の一つがパカッと殻が開くと同時に湯が一瞬で白く濁り、残りのハマグリも次々にパカパカと口を開いていって、ハマグリ独特の上品な出汁の匂いが鼻腔をくすぐり始める。
浮いてきた灰汁を引いたらすぐに鍋ごと火から下ろし、出汁だけを中コッヘルに移して、大コッヘルには水を入れて貝の身を冷まし、殻ごとまな板の上に出して、美岬と一緒に全部剥き身にした。この剥き身はワカメや穴ダコと一緒に干し網に並べて干す。
次に大コッヘルで海水を沸騰させ、そこにこれから食べる方の穴ダコを順番に入れて塩茹でにしていく。茹ですぎると固くなるので1匹あたり1分ぐらいでいい。腹部を箸で摘まんで足から順にゆっくりと湯に入れると、足先から綺麗に丸まってまさにタコさんウインナーみたいな形になる。
そんな茹で上がったタコをまな板の上に10匹ずらっと並べたら美岬が大喜びした。
「あははっ! タコがずらっと並んでてめっちゃ可愛いっ!」
元々手のひらに載るぐらい小さな穴ダコだから、茹でるとさらに縮んで箸で摘まんで一口で食べれるぐらいのサイズになる。ガチャポンカプセルに入ってる玩具みたいで確かに可愛い。
木の枝を尖らせた串を2本準備し、茹でタコのうちの6匹を3匹ずつ串に刺して団子状にしたらこれまた美岬が喜ぶ。
「タコが! タコがお団子になってるぅ! ガクさん、これどうするんすかっ?」
「ちょっとよさげな食べ方を思い付いたからとりあえず今は内緒だ。楽しみにしておけ」
「わぁ、期待しちゃうっすよ!」
残った4匹は適当なサイズにぶつ切りにして、絞った葛の芽の入っているビニール袋に一緒に入れ、そこにあら熱が取れて冷めたハマグリの出汁の一部を流し込んで漬け込む。
「ガクさん! な、なんちゅうことを! それは絶対に美味しいやつじゃないっすか!」
「“葛の芽とタコのハマグリ出汁のおひたし”ってとこかな。このまましばらく漬けておけばいい感じに味も染みるだろ」
「うわぁ、これは楽しみっすねぇ」
「……あとは、アサリとジュズダマと……ヨコワのジャーキーも使ってリゾットでも作るか」
タコを茹でた海水にはタコの旨味が染み出ているはずなのでこれを使ってリゾットを作っていこう。だがこのままだとさすがに辛すぎるので水を足して塩分調整してからアサリを入れ、それがヒタヒタになるぐらいまで水の量を減らしてから火に掛けて加熱していく。
アサリに火が通って口を開き始めたら、殻を箸で摘まんで湯の中で揺すり、身を落として殻だけを取り出す。
殻を全部取り出し終わったら、浮いている灰汁を掬って取り除き、手でちぎったジャーキーとジュズダマを投入して、そのまま水分が煮詰まってとろみがつくまで炊けばいい。
リゾットを炊いている間にハマゴウの実を採りにいく。まだ若い青い実を何粒か採って戻り、2枚の平たい石で挟んで磨り潰すとふわっと辺りにハマゴウの爽やかな香りが漂う。
「いい香りっすねぇ。……でも、それいきなりリゾットに入れちゃうんすか? このままでも美味しいと思うっすし、薬味ならハマボウフウもあるんすからあえて冒険しなくても……」
美岬はハマゴウをスパイスとして使うことにまだ抵抗があるようだ。俺としては香りの系統からして旨くなると確信しているが、美岬の為に少量でまず試してみるか。
俺はお玉でリゾットのスープをちょっと掬い、そこにほんのちょっとの磨り潰したハマゴウの実の粉をかけ、スプーンで軽く混ぜて味見し、期待通りの味であることを確認してから美岬に差し出した。
「そんなに不安なら味見してみたらいい」
俺からお玉とスプーンを受け取った美岬がスプーンを恐る恐る口に運び、次の瞬間、お玉に入っていたスープを一気に飲み干した。
「……おみそれいたしました」
「分かればよろしい」
そっとお玉とスプーンを返してくる美岬に鷹揚に頷いて受け取り、リゾットの鍋にハマゴウの粉をパラパラと入れて混ぜていく。タコとアサリの出汁の匂いとジャーキーのハーブソルトの匂いとハマゴウの匂いが調和よく混ざりあってなんとも言えない食欲をそそる匂いが立ち上る。
そのまましばらく煮て、ある程度まで煮詰まってきてジュズダマのデンプンで自然とトロミがついたところで火から下ろす。
「よし、これで完成だ。食べよう」
「わぁいっ♪ お腹すいたっす!!」
まな板を洗ってどかしてクーラーボックスの上のスペースを空ける。
お馴染みの牡蠣殼の皿にビニール袋で漬け込んでいた葛の芽とタコのおひたしを水気を絞って盛り付け、その横に串に刺したタコの塩茹でを添えてまずは一皿。
別の牡蠣殼の皿にアサリとヨコワのリゾットをよそい、小枝にアサリの殻を取り付けたスプーンを添える。
ウッドキャンドルだけでは暗いので、かまどに薪をくべて炎を燃え立たせれば、火灯りが周囲を明るく照らし出す。
クーラーボックスを挟んで向かい合って座った俺と美岬は料理を前に手を合わせた。
「「いただきます」」
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