第61話 7日目②おっさんは予定を立てる
美岬と丸太椅子に並んで座り、ハマグリの殻の湯呑みでハトムギ茶を飲みながら今日の予定を話し合う。
「今日やると決めている活動としては、まずは焼き畑だな。どこを開拓するか、場所の目星はつけてるか?」
「ん。そっすね、日当たりとか、水やりの事なんかも考えて、この拠点と洗濯場の中間ぐらいがいいかなーと思ってるっすけど」
「あの辺か?」
該当する辺りを指差すと美岬がうなずく。
「そっす。ある程度開けてる場所っすから火事にはならないと思うっすけどどうすかね?」
「あそこならちゃんと火の番をしていれば問題ないだろ。広さは?」
「とりあえず10㍍四方ぐらいから始めてみたらどうっすかね? 焼き畑はあくまでさつま芋と豆類専用にして、野菜用には腐葉土を使った別の畑をと考えてるんすけど」
「おっけ。じゃあその範囲を囲うように浅い溝──防火帯を掘っておいてそれ以上燃え広がらないようにしておいた方がいいな」
「それでいいと思うっす。それ以外で今日やることって何があるっすか?」
「そうだな……この場所の屋根作りなんかのクラフトも進めていきたいが、それに先立って材料の調達はしなきゃいかんよな。焼き畑で燃やすための落ち葉を集めに林に入る時に、使えそうな枯れ木や枯れ枝も積極的に集めておくのがいいな。クラフトに使わなくても薪には使えるし」
「ふむふむ。了解っす」
「ただ、麻紐がもうかなり少ないよな?」
元々100㍍の1玉だったが、筏と共にロストした分とかトイレ小屋などのクラフトにも色々使った結果、残りはせいぜい10㍍ぐらいまで減ってしまった。
「それはあたしも気になってたっす。昨日のトイレ小屋でかなり使っちゃったっすもんね」
「サバイバルでは何をするにも結ぶ紐は必須だからな。葛の群生地へのルートも開通したから葛を集めてきてそれから繊維をとる作業も優先的に進めていかないと手詰まりになるな」
「それは大事っすよね。葛の
「そうだな。だが、今日そこまでするのはたぶんオーバーワークだ。だから蔓を集める時に根元に印だけしておいて葛芋を掘るのはまた後日ってことにした方がいいと思う」
「そっすねー。蔓集めるだけならすぐ終わるっすけど、芋掘りは時間かかるっすもんね」
「それもあるが、掘った葛芋を加工するにも水の漏れない大きな容器が必要になるからな。コッヘルではさすがに小さすぎる。出来なくはないがかなり手間がかかる」
「タライとか桶みたいな?」
「ああ。とりあえず
昨日、トイレ穴を掘っていた時に土の下が粘土層になっていたから、あれが土器に使えるならいいんだが。煮炊きに使える土鍋とか切実に欲しい。
「ふむふむ。いずれにしてもすぐには無理ってことっすね」
「そうだな。あとは、食材の乾物への加工とか、塩作りなんかもそろそろ進めていきたいところだな。この辺りは他の作業の進捗にもよるけど、自生してる豆で醤油を仕込むなら塩は早めに必要だからあまり先延ばしにはできんよな。その豆……ハマエンドウだったか? の収穫もしていかないとな」
「むぅ、まだまだやること山積みっすねぇ。あ、あたしはこの後まずは植物の世話をしなきゃっす。特に最初に仕込んだ緑豆は芽が出始めてるっすから、根が絡み合う前に仕分けして作付の準備もしたいっす。あ、それで思い出したっすけど、モヤシとか豆苗はどうするっすか?」
「そういえば元々はモヤシ目的だったもんな。食べれるなら食べたいが、量に余裕はあるのか?」
「……実は、仕込み過ぎってぐらい余裕っす。筏の上で緑豆は持ってきてた分を全部仕込んじゃったっすけど、緑豆って小さい豆だから数でいうとちょっととんでもない数字になっちゃうんすよね。手のひら一掬いで数百とか。……で、1粒の豆から苗が1本成長することを考えると……」
「おっけ。みなまで言わずともよく分かった。しばらくはモヤシとか豆苗をたらふく食えるわけだな」
「そういうことっす。光を通さないエチケット袋に入れておけばモヤシになるっすし、袋の口を開けておいて上から光が入るようにしておけば光の方に芽を伸ばして豆苗になるっす。今からモヤシ用と豆苗用に分けておけば、あと3日ぐらいで食べれるぐらいまで育つっすね。それで食べきれずに育ちすぎた豆苗を作付に回すというのでどうっすかね?」
「なるほど。それでいこう。仕込みからたった1週間で収穫出来るとは緑豆モヤシは素晴らしいな」
「少しずつ順々に仕込んでおけば長く食べられたのに、とちょっと後悔してるっす」
「それは結果論だから言えることだ。漂流中はそこまで考える余裕も無かったし、それがベストだと思ってたんだから今更気にしてもしょうがない」
「そっすね。……一応、モヤシに使える大豆とか小豆なんかは全部仕込まないで少し残してあるっすけど」
「はは。そういうところはさすがだな! 豆類以外はどうだ?」
「うーん、手は尽くしたっすけどやっぱり海水にやられたトウモロコシの苗はダメだったっすね。それ以外はまだ芽も出てないからなんとも言えないっすけど、アイスプラントはいつでも地植え出来るんで時間を見つけて海浜植物ゾーンに植えてくるっす。あと個人的に力を入れたいのはひよこ豆なんすよ」
「
昔、インドとか中東とかアフリカを旅していた時によく食べたな。豆というより栗みたいな味と食感だったと記憶している。
「お、その名前を知ってるとはさすが料理人。ガルバンゾはスペイン語っすね。そうなんす。ひよこ豆は痩せた土地を好む湿度に弱い豆なんで、日本の本土ではまったく商業生産されてなくて北海道で試験的に育てられてる程度なんすよ。だから湿度が低くて土地があまり肥えてなくて水捌けがいい島の土壌に合ってるんじゃないかと思うんすよね。上手くいけばアイスプラント共々、島の特産品になるかもって期待してたんす」
「なるほど。面白いな。……ははあ、美岬が持ち込んだ植物の中でやけにマイナーな種類は島の特産品候補ってことか。唐辛子もそうだな?」
「正解っす。唐辛子系は育てる土壌で辛さが変わるんで島で育てたら独自のブランド品種にならないかな、と」
「いいな。そういう取り組みは夢とロマンがあって好きだぞ。ところでひよこ豆だが、湿度に弱いってことは他の豆類とは畑は別にするのか?」
「あ、そっすね。水やりもあまりしない方がいいんで、この辺りの砂と土が混ざった地面に直接蒔いてみて様子を見守ってみようと思ってるっす」
「おっけ。じゃあ美岬はこの後、植物の世話をやってもらおうか。俺は林に入って焼き畑用の落ち葉やクラフト用の木材を集めるところから始めようと思うんだが」
「あいあい。スコップ使ってもいいっすか?」
「おう。俺はとりあえず鋸と鉈があれば十分だ。落ち葉や小枝を運ぶのに美岬のスポーツバッグを借りていいか?」
「どうぞどうぞ。使っちゃってくださいっす」
とりあえずこれからやることは決まった。俺はハマグリの湯呑みに僅かに残ったハトムギ茶を飲み干して立ち上がった。美岬も続いて立ち上がり、大きく伸びをする。
「んんー……ふぅ。よし、じゃあ今日も頑張っていきましょー!」
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