第49話 6日目④おっさんは現代人であることを疑われる

 30分ほどの作業で地上に出ている部分の伐採はだいたい終わったが、葦の根がなかなか一筋縄ではいかないしぶとさで、根を掘り起こす作業はかなり難航している。と、そこに美岬が戻ってくる。


「ガクさーん、これぐらい集めてきたっすけど……って、おぉ、頑張ったっすねぇ」


「根の方はほとんど手つかずだけどなー。葦の根はサバイバルナイフとスコップだけではちょっとキツいな。あとでノコギリを持ってきて切らないとどうにもならん」


「葦の地下茎ってぶっちゃけほぼ竹っすもんねぇ。玄米が発芽して田植えできるぐらい育つまでまだしばらく時間あるっすから急がなくていいっすよ?」


「そうだな。まあ無理のない程度に少しずつ進めていくさ。ジュズダマの方は……おぅ、頑張ったなぁ」


 一番大きなコッヘルの八分目ぐらいまでジュズダマで埋まっている。


「いやー、あの小川沿いはジュズダマだらけだったっすから、そんなに頑張ってないっすよ。言われた通り未熟果は見逃してきたんでまだまだこれからも収穫できるっすし」


「そうか。とりあえずはこれだけあれば十分すぎるぐらいだ。ジュズダマは殻が堅いからとにかく穀を取るのに手間が掛かるんだ。これだけでもけっこう大変だぞ」


「ありゃ、それだと取りすぎちゃったっすかね?」


「いや、どうせ食べるから取りすぎってことはないけどな。ただ、こいつを主食にするには効率的な籾摺もみすり方法を早めに確立しないといかんな。あとで籾摺りの方法を色々試してみよう。一旦拠点に戻ろうか」


「はーい」


 この田んぼ予定地と砂浜の拠点は直線距離では200㍍も離れていないので往復もさほど苦にはならない。俺が伐採した50本ほどの葦も二人で運べば2回で済んだ。

 採集したジュズダマや葦は拠点に置き、木材や薪や真水を集めるために再び林に戻る。今回、俺と美岬は中身を出して空にしたリュックとスポーツバッグを身に付け、その中にナイフ、ノコギリなた、麻紐、空になったペットボトルだけ入れた。小川の水がそのまま飲めるかはまだ分からないが見た目は綺麗だから一度煮沸すれば問題ないだろう。


 まずは洗濯物を干している場所に行き、そこから小川沿いの林の中を進んで行く。川岸にはジュズダマが生い茂っているものの、そこから少し林の中に入ればあまり下生えの草も生えていないので歩きやすい。

 全く人の手が入らぬまま積もり重なった落ち葉や落ち枝が年を重ねるうちに自然に風化して細かく砕けて腐葉土になっているようで歩くと地面がふわふわしている。これだけ柔らかい土ならもっと雑草が蔓延りそうなものだが、大きく枝葉を広げた木の陰で日照不足なのと、小川からの水のリソースを張り巡らされた木の根が吸い上げてしまうことで雑草や若木にとっては生育しにくい要因になっているのだろう。結果的に人によって管理されている里山のように、木々が互いに邪魔し合わない適度な間隔を空けて立ち並んでいるので見通しもよく、木立の間を風が抜けるので空気も淀んでいない。

 美岬がしゃがんで地面の土の状態を確かめ、にっこりと笑う。


「おぉー♪ いいっすねぇ! ここの腐葉土はすごくいいっすよ!」


「畑に使うのか?」


「野菜を育てるならここの土はそのまま使えるっすね。さつま芋と豆類にはこのままじゃ栄養がありすぎるんで、腐葉土を一度燃やしてできた灰を土に混ぜればいいかなって感じっす」


「なるほど。じゃあ畑として開墾する場所が決まったらここの土を移植すればいいんだな」


「土を運ぶのに一輪車ネコがあると楽なんすけどねー。ガクさん、作れないっすか?」


「……また無茶を言う。大工道具が鋸1本しかなくて、釘も金づちも板も接着剤も無いのに作れるか。それにその目的だと、大きめのカゴと天秤棒があれば十分だろ」


「てんびんぼー!? あの昔ばなしで行商人が使ってるアレ!? あはははっ! スゴい! ガクさんマジ天才っ!」


 天秤棒と聞いた瞬間、美岬が目を真ん丸にして驚き、次いでツボに入ったようで笑い転げる。


「なんだよ? その反応?」


「だって! なんで21世紀の日本人の口から天秤棒なんてアイディアがさらっと出てくるんすか!? たしかに聞いた瞬間に納得しちゃったっすけど、ほとんど考えもせずにとっさにそれが出るってスゴすぎっす。ガクさんって本当に現代人っすか?」


「そうかなぁ。俺は東南アジアで天秤棒が今でも日常的に使われてる場面を見てきたから普通に選択肢として出てきたんだと思うぞ」


「あぁ、なるほどー、それなら納得っす。やっぱり情報のインプットって大事っすねー。知ってることが多ければ多いほど選択肢が増えるってめっちゃ実感できたっす。とりあえず天秤棒に使えそうな木の棒があったら拾っていかなきゃっすね。まっすぐなのより弓なりに曲がってるのがいいんすかね?」


「そうだな。その方が安定するな。……しかし、この林は木の種類が少ないな。ここまでで見たのはモチノキと桑と、あとこいつらぐらいだ」


 そう言いながら見回した周囲の木々はサイズこそ大小様々だが、どれも同じものばかりだ。木肌がごつごつしていて縦方向にたくさんの溝があり、葉っぱは厚めで表は濃い緑で裏は白く、ふちはつるりしていて先端が尖っている。


「そっすねー。この辺にあるのはスダジイ――いわゆる|椎(しい)の木ばかりっすね。椎の木は塩害に強いんで本土でも砂浜の背後の丘――後背地によく自生してるんすよ。こういう後背地の植物の種子って、高潮に浚われたりして別の浜に流れ着きやすくて、しかも塩水にそこそこ強いから根付きやすいんすよね。

 そんな感じで新しい土地に最初に流れ着いて芽生えた木がマザーツリーになって、マザーツリーから落ちた種から成長した木々が第二世代としてマザーツリーの周囲で成長して、その第二世代から落ちた種から第三世代がさらにその周囲で成長して……ていうのの繰り返しでこんな感じに同じ種類の木ばかりの林になったんだと思うっすよ」


「なるほどな。この辺のスダジイの林は元をたどれば大昔にここに流れ着いた1個のドングリに行き着くってことか」


「林の奥に行くほどにだんだん木が大きく古くなってることを考えると、この箱庭の海岸線は昔はもっと奥にあったのかもしれないっすね。人間による移植以外で島に新しい植物が持ち込まれるパターンはいくつかあるっすけど、海浜植物や後背地の植物の場合は種が潮で運ばれてたどり着くパターンが多いっすね。ここに生えてる植物の中ではハマゴウ、ハマダイコン、葦、豆類、松、スダジイなんかはたぶんこっちっすね」


「ふむ。なるほど」


「別のパターンとしては渡り鳥が運んでくるというのもあるっすね。ツグミなんかの小鳥だと小さな実のなる植物――モチノキ、グミ、ヤマブドウ、野イチゴ 、桑なんかの実を食べて、その未消化の種が糞に混じって島に蒔かれたり、鴨なんかの水鳥だと水面のアメンボなんかの虫を食べようとした拍子に水辺に繁茂する植物――稲、ジュズダマ、蒲、竹なんかの実を間違えて飲み込んで、そのまま渡り先に運ぶってこともあるみたいっす」


「んー、ということはこの箱庭の植生からして、この島にはツグミや鴨なんかが渡ってきてるってことか?」


「今も来てるかは分からないっすけど、過去に持ち込んだのはその辺りだと思うっすよ」


「なるほど。鴨がいるなら獲りたいな。肉も欲しいが、冬を凌ぐための防寒着の素材に羽毛は最高だからな」


「おうふ。まだ真夏なのにもう冬のこと考えてるんすかー。たしかに鴨肉も食べたいっすけど、それより今日の食事の方が気になるっす。……お腹空いたっす」


 美岬が自分の腹を押さえて眉をへんにょりと八の字にする。


「今日は朝から労働してるから腹も減るよな。俺も腹減った。……だが、ここでの食事はしばらくは昼と夜の2回が基本になると思う。食糧の手持ちが少ないというのもあるけど、ここでは食事の支度にも時間が掛かるから3食きっちり食べてたらその日にやらなきゃいけないことがぜんぜん終わらなくなるからな。とりあえず、今の作業――薪や材木や水を集めるのを終えて戻ればちょうど干潮の時間になるだろうから、磯の食材を集めて朝兼昼の食事ブランチにしようか」


「あいあい。畑の作物が出来てくればともかく、完全に採集頼りの今では一日3食が厳しいのも分かってるっすよ。……おや、ずいぶんと立派な古木が多くなってきたっすね。マザーツリーが近いのかな?」


 話しながら薪を適当に拾いつつ歩いているうちに周囲に立ち並ぶスダジイが明らかに立派になってきた。幹の直径だけでも1㍍以上あり、樹皮が苔むし、内部にうろができているものもある。折れて落ちている枝でも直径が40㌢ぐらいあるような大物がある。折れて何十年も経過しているような古いものだとだいぶ腐朽も進んでいるだろうが、数年来ぐらいの新しいものならこのサイズの大枝だったら家具や道具作りに使いやすそうだ。


「マザーツリーね。あるとしてまだ生きているのかな」


 この辺りの古木でも樹齢は軽く100年は越えてそうだが。


「椎の木は寿命が長いっすからね。内部組織の腐朽で一部の大枝が落ちたりすることはあるっすけど、国内には幹周りが10㍍以上で樹齢500年越えてるような椎の木もぼちぼち生き残ってるっすから、ここにもあるんじゃないかとは思うっすよ。ここは人の手も入ってないっすし」


「そうか。……一応、この場所でも目的の薪とか材木集めには十分なんだが、ここまで来たら見ておきたいよな?」


 一応訊いてみれば美岬が目をキラキラさせて食い気味にうなずく。


「もちろんっ! 見たいっす!」


 歴史を重ねた巨木というのはそれだけでも見る価値はあるし、やはりこの地のスダジイの大元になったマザーツリーという存在には俺も興味がある。

 俺と美岬は期待感でワクワクしながら巨木の立ち並ぶ林の中を進んで行き、ついにその場所にたどり着いたのだった。


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