船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ ─絶体絶命のピンチのはずなのに当事者たちは普通にエンジョイしている件─
第15話 3日目④おっさんはJKが溺れると分かっていた
第15話 3日目④おっさんはJKが溺れると分かっていた
やがて、美岬の泣き声は次第に小さくなり、泣き止んだ。その間ずっと俺は美岬の背中を無言で撫で続けていた。
「…………」
美岬は泣き止んでも俺の膝からなかなか顔を上げようとしなかった。
「……美岬ちゃん?」
「…………」
「……泣き疲れて寝ちまったか?」
「……や、寝てないっす。……その、恥ずかしくて顔上げられないだけっす」
「顔洗うか?」
「あ、そっすね。そうするっす」
美岬はのろのろと身を起こし、顔を伏せたまま筏の縁まで這って行って海水でバチャバチャと顔を洗い始めた。
しばらくして戻ってきた美岬は前髪で目元を隠してはいたが、スッキリした顔をしていた。羞恥のせいか頬は今も赤いが。
「あー、見苦しい姿をお見せしてしまってすみませんでしたっす。正直、自分でもなんであんなにギャン泣きしちゃったか分かんないすけど、あーもう、恥ずかしいっす」
「それだけストレスを溜め込んでたってことだ。たくさん泣いたらスッキリしただろ」
「……うん、そっすね。なんか身が軽くなった気がするっすね。てっきり泣きすぎて脱水になって物理的に軽くなったのかと思ってたっすけど、そっか、気が晴れたというか心が軽くなったんすね」
へへっと笑う美岬の笑顔は憑き物が落ちたかのような印象を受けた。
「俺も専門学校時代は一人暮らししてたけど最初は本当にしんどかったからな。美岬ちゃんもそうだろ?」
「そうなんすよ! ある程度は下調べしてたつもりだったんすけど実際は全然違ってて、物価もめっちゃ高いし、バイトも慣れるまで大変だったすし、同級生であたしと同じように地方から出てきてる子もいないし、そもそも頼れる親戚とかもいなかったから夜とか本当に独りぼっちで寂しくて……って、そういう話じゃないっすね。生活が大変ってことっすよね」
「いや、それも含めてだ。慣れない環境だとストレスも溜まるから、気を許せる相手に話を聞いてもらえるだけでもだいぶ楽になるんだ。それすらできなかったのは本当にしんどかったな」
「正直そっすね。散々情けない姿を見られた後のおにーさんだから言えるっすけど、家族には絶対に心配かけたくなかったから、強がって意地張って平気な振りしてたっす。おにーさんに慰めてもらって大泣きして、でもすっごく楽になったっすから、辛い時にもっと親に頼ってれば良かったのかなーって今さらながらに思ったりもするっす」
「まぁそれはこれからやっていけばいいさ。無事に帰って、元の生活に戻った後で、何か辛い事があったときに親に頼れば力になってくれるはずだ」
「そっすね。……あ、あの、色々ぶっちゃけちゃったついでに、おにーさんに一つワガママ、というかお願いしてもいいっすか?」
「なんだ?」
「あたしたちが無事に帰れて、元の生活に戻った後も、時々会って話聞いてもらってもいいっすか? ……このままただの他人になっちゃうのは、その、嫌っす」
だんだん小さくなっていく美岬の声。今まで対人関係がうまくいってなかった美岬にとってこれを言うのは勇気が要っただろう。もちろん俺の答えは決まっている。俺は美岬の頭をわしゃわしゃっと撫でて言った。
「いいぞ。ってかこれだけ関わって今さら他人になれるか。美岬ちゃんとはあれだ。お互いに命を預けあった戦友みたいなもんだろ。どんなに些細なことでも気を遣わずにいつでも連絡してこい。いつでも力になってやるからな」
一瞬ぽかんとした美岬が泣き笑いの表情で俺にくちゃくちゃにされた頭を直しながら嬉しそうな声で言う。
「戦友っすか。あーでも言われてみればしっくりくるっすね」
「だろ? 一緒に死線をくぐった信頼の絆はそう簡単に切れるようなヤワなもんじゃないさ。俺はこれからもずっと、この漂流生活が終わってそれぞれの日常に戻ってもずっと美岬ちゃんの味方だ」
俺が本心からそう言えば、美岬は目尻の涙を拭って照れ臭そうに笑った。
「あ、あたしも、これからもずっとおにーさんの味方っす。おにーさんはご両親と妹さんを亡くして天涯孤独になっちゃったすけど、あたしのことを家族と思って遠慮せずに頼ってほしいっす。まだ頼りないっすけどおにーさんが安心して背中を預けられる程度には頼もしくなるっすから」
「……そっかぁ」
美岬の言葉が思いの外嬉しくて、俺は照れ隠しにまた美岬の頭をわしゃわしゃっとしながら「これからもよろしくな」と言うのが精一杯だった。
美岬も照れ臭そうに笑い、誤魔化すかのようにきょろきょろと目を泳がせ……。
「えーと、あ、そうだ。あたしもそろそろ水に浸かって涼みたいんすけどいいっすか?」
何とも不器用な話題転換だがせっかくなので乗っかることにする。
「ああ。じゃあこの命綱のパラコードを腰に結んでおいてくれ。俺はちょっと水中の様子をチェックしておくから」
自分の腰から外したパラコードを美岬に渡し、箱メガネで水中の様子を調べる。深いところに小魚の群れが見えるが、捕食者から逃げようとしている様子は無くのびのびと泳いでいるので大丈夫だろう。
「おにーさん、ロープの結び方はこんな感じでいいっすかねー?」
「どれ……うん。これならほどけはしないだろ。水中も特に問題なさそうだから入っていいぞ」
「わーい。じゃあちょっと涼んでくるっす」
美岬は筏の縁に座って両足を水中に浸し、そのままずるずるとお尻を滑らせてゆっくり水に入ろうとしたが、その入り方は足が下に着く浅いプールでのやり方だ。案の定、ずるっと尻から滑り落ちた美岬がその勢いのままドプッと頭まで海中に没する。
「……っ!? げぼっ! 溺れっ! 助けっ!」
「…………」
予想していたので冷静に命綱を引っ張って美岬の腕をつかんで筏の縁を掴めるようにする。
「げほっ! げほっげほっ……あー、驚いたっす。げほっ」
「美岬ちゃん、君は実にアホだな。足が下に着くわけないだろ」
「……げほげほっ。……そんなしみじみ言わんでも……でも、まったくもって言い返せないっす。あー、塩水思いっきり飲んじゃって口の中がしょっぱいっす」
「うーん、この機会だからついでに着衣水泳の練習もしとくか?」
「んー? すでに着衣のまま泳いでるっすけど」
「着衣水泳ってのは救命胴着とか浮き輪とかの浮力補助具が無い状態で助けが来るまで海に浮かんでおくことだ。今は命綱があったけど、それが無い状態で海に落ちた時に役に立つぞ」
「あー、じゃあお願いするっす。それこそ高波とかで筏から転げ落ちた時に役に立つんすね」
すぐにこういう応用例が出てくるあたり、やっぱりこの子は賢いなと感じる。
「そういうことだ。別に難しいことじゃない。人間の体は自然な状態なら水に浮くようになってるからな。片手で筏に掴まった状態で大きく息を吸い込んで、そのまま背泳ぎの体勢になれるか?」
「んー……こんな感じっすか?」
「そうそう。そのまま全身の力を抜いて。足は沈むけど肺に空気が入ってる限り鼻と口は水から出てるから呼吸はできる。深呼吸は吐いたときに肺の空気が無くなって沈みやすくなるから呼吸は浅めにな。あ、返事はしなくていいぞ」
「…………」
「じゃあ、命綱はしっかり持ってるから、筏から手を離してそのまま自然な状態で浮かんでみな」
「…………」
美岬の手が筏から外れるが、美岬は顔と胸だけが海面から出た状態で浮かんでいる。どうでもいいが意外と胸あるな。
「その状態を覚えておくんだ。力を抜いた状態なら何もしなくても鼻と口だけは水から出るから、泳いで体力を消耗するんじゃなく、リラックスしてただ浮かんだまま流れに身を任せて助けを待つんだ。この状態が一番長く生きていられるから覚えておくといい」
「りょーかいっすー」
「…………」
そのまましばらく美岬は目を閉じて海面を自然な状態で漂っていたが、ふいに立ち泳ぎの体勢に移る。
「あー、これ気持ちよすぎてやばいっす。あやうく寝そうになったっす」
「寝たら呼吸が深くなるから沈んで溺れるぞ」
「やっぱそうっすよね。そんな気がしたから慌てて起きたっす。もういい感じに涼んだんでそろそろ上がるっすね」
「おう」
美岬に手を貸して筏に引き上げる。
【作者コメント】
海水浴中に離岸流に流されたりと、もし身一つで漂流することになったら、とにかく体力を温存して救助を待つしかありません。特に自分が流されていることを他の人が目撃していれば必ず救助は来るので、無理に泳いで自力で戻ろうとせずにただ浮かんでいるようにすることが大事です。ただ、どうしても体温が奪われるリスクはありますので、背泳ぎでゆっくりと手足で水を蹴るイカ泳ぎが最近は推奨されているようです。
この情報が役に立ったと思われたらぜひ応援ボタンを押してやってください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます