諦めの先は…



慎重に通気孔を進んでいると、金髪男が前から戻ってきた。一旦全員止まる。

それにしても…よくこんな狭い中を、物音1つ立てずに動けるわね。


「どうだった?」

「右は手付かずで、左は開けた形跡がある。普通は右から開けるよな?存在を知らない…とか?」

「そう思わせておいて…というパターンもある。どうするべきか…」


小声でインテリと相談している。

左にあれはあったかとか、右のあれはどうだったかとか、どうしてこんなに詳しいのかな…?


「…俺も偵察に行って来る。皆はここで待ってろ」


そう言うと金髪男とインテリの2人は、通気孔の先へ行った。


「…では、分かれ道の前まで行って、休憩にしよう」


社長が動き出したので、後ろの皆も続く。

少し行くと、確かに左右に分かれた場所があった。

そこでそっと腰を下ろし、手の筋肉を揉み解す。

…明日は筋肉痛かな。ちゃんと明日が来れば、だけど。



声も出せないし、時間があるので考えてみる。


どうしていきなり海外の劇場にいたの?

直前に何してたっけ?仕事は?


それに銃乱射、今考えると周りの人は落ち着いていた。人の流れに乗って皆と行動したのは、偶然じゃなく誘導されていた…?


聞いたことのない国名、謎の地下空間、無意味にライトアップされた通気孔、この場所を知っている人達…。

偶然ではなく、仕組まれた事なんじゃないかという疑いは強くなる。


もしも、犯人側の人間がこの中にいたら…?

このまま着いて行っていいの…?


それでもここで単独で動いて、助かるとも限らない。

何よりこんな地下で現在地も分からず、犯人が捕まったとしても警察が見付けてくれるとは思えない。


とりあえず地上に出るまでは着いて行くしかないか…。


「お待たせ~」


金髪男とインテリが帰ってきた。


「右の部屋を見てきたが、通信機や使えそうな物は何もなかった。左の部屋に行こう」


逆らう理由もないので、皆と一緒に進む。

ほどなくして、最初に入ったような小部屋に辿り着いた。ここにも機械と棚がある。


「さっきの犯人の位置から考えて、通気孔から来る可能性が高い。通気孔を塞ごう」


最初の部屋と同じように棚から物を下ろし、通気孔の前に置く。今回は棚の数が少なく簡単に開けられそうなので、棚に重石として機械や物を置く。


作業が終わると、インテリに全員座るように促された。


「ここから先は地上まで水路を歩くしかない。さっきの奴がこの地下で捕まるとは思えないから、警察を当てにするよりも自分達で逃げた方がいいだろう」

「ここで籠城する手はないのか?」

「もう水も食料もないし、体力があるうちに行った方がいいじゃん?」

「だが見付かったら…」


社長は先に行くのを渋り、インテリと金髪男が行きたがっている。

どっちが犯人側?どっちに付くのが正解?


「あなた、さっき別の通気孔に犯人が入っていったでしょう?虱潰しに探す気なら、いずれここも見付かるわ。地上を目指しましょう?」

「…お前がそう言うなら…」


奥様が諭した。

社長だけが犯人側?それともこの会話自体が足留めの時間稼ぎ?

一度疑ってしまうと、全て怪しく感じてしまう。


「じゃあここを出て地上を目指そう。目の前の水路は狭いが、流れの下流に進むと、他の水路全てが合流する広い地点に出る。そこから地上に上がる階段がある」


ほら、水路の中まで断定してる。どうして?

私の訝しむ顔を見て、金髪男が隣に来てこそっと耳打ちした。


「どうしてボクが“金髪男”って呼ばれてるか、想像してみて?“ボーダー男”と一緒だよ?」


一瞬だけ悲しそうな顔をして…外に出る扉に張り付く。もう表情は鋭くなっていた。

今のはどういう意味…?


「…開けるから、音を立てないでね…いくよ…」


ギィ…と、錆び付いた重い音をたてて、扉を少し開く。

水音しか聞こえない。

金髪男が顔を少し出し外の様子をうかがい…

手でOKサインを作り、ゆっくり扉を開いた。


全員外に出てボーダー男が扉を閉めると、マッチョが部屋の中から持ってきた重そうな機械を扉の前に置いた。

一応のバリケードって事ね。


水路の脇にある細い道を、先頭金髪男、しんがりマッチョで一列に並んで歩く。

早歩きしたいところだが、道は濡れているし、苔みたいなのが生えていて滑る所もあるしで、スピードが出せない。


「キャ…!」


前を歩いていたマダムが足を滑らせた。

咄嗟に手を掴んだが、支えきれず二人で尻餅をつく。

…水路に落ちなくて良かった…。汚くて底が見えないから、浅いのか深いのかも分からないし。


「ごめんなさい…アジサンさん、大丈夫ですか?」

「はい、私は大丈夫ですが…マダムは?」

「…ちょっと足を捻ってしまったようですわ」


マダムが顔を曇らせると、旦那のダンディが来た。


「…私と一緒にゆっくり行こう。皆さんは先に行ってください」

「そんな!」

「こうしている時間も勿体無い。それより早く外に出て、警察や応援を呼ぶ方が助かる確率も上がるだろう」

「ダンディ、マダム、水路に沿って歩くんだよ!また後で会おう…!」


インテリと金髪男が先を促す。

そりゃ皆でモタモタしている暇はないけど、でも…


「皆さん、ここまで一緒に居させていただき、ありがとうございました」

「私も、心より感謝しますわ」


こんな場所で出来るとは思えない、心からの笑顔。

それはきっと、決意を固めた笑顔。

そんなの、受け入れられるワケないよ…!


「…どうして!私が背負います!」

「…貴女は若い。まだ先がある」

「それにね、私達はもう疲れたの…。もういいのよ」


そう言ってマダムがペンダントを触った。

その瞬間。

マダムの額に青い光が当たり「ジュッ!」と短い音が鳴り…

マダムの身体がゆっくりと傾げていった。


「…え?」


ダンディが抱き留め「ありがとう」と呟くと…

あの音が再び聞こえ、ダンディも崩れ落ち…


二人はゆっくりと水路に沈んでいった。


思わず悲鳴をあげそうになったが、いつ背後に来たのかマッチョが私を羽交い締めにし、口も手で覆っていた。


「んー!んんんー!」

「…騒ぐな。犯人に見付かる…」


でも!だって!どうして!?

撃たれてないよ!?何が起こったの!?

誰も疑問に思わないの!?


パニックを起こしていると、頭に衝撃を感じた。

インテリが目の前にいる。どうやら叩かれたようだ。


「地上に出れたら説明してやる。先ずは自分達が生き残る事が先決だ。分かったな」


コクコクと首だけ動かす。

「…離すぞ、騒ぐな…」

と、マッチョが解放してくれた。


本当は質問責めにしたいけど、それどころじゃないのも分かる。


ちらりと水路に目をやり…


目を瞑り、暴れている心臓を落ちつかせるために、ゆっくり深呼吸し…


水路の先を見据え、大きく頷いた。


今は地上を目指そう。



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