閑話 パンケーキを作りまして1
秋。
落ち葉がはらはら際限なく庭に落ちてきて、みるみるうちに地面を埋めてしまう。
食欲の秋だ。
私はぼんやりしていた。戦国時代という激動の時代に生まれた小蝶の人生9年間のうちで、一番のんびりした時ではなかったかと思う。
微妙な立場にいた彦太も、今では私の小姓としててきぱきと働いてくれているし、怪我した腕もきれいさっぱり完治した。
成長期の子供だからだろう、痣も傷も残らず、治りも大変早かった。
これには責任を感じていた彦太も、私を溺愛する
あれから私は、自分の無知を自覚し、一生懸命勉強をした。
一般教養だけでなく、近隣国の情勢や政治の知識など。
しかし、やる気満々で机に向かったわりに、お寺から来てくれている先生の話はほとんど理解できなかった。その代わりに、彦太が全部吸収してくれた。
もともと利発な子供だとは思っていたけど、とくに知略方面の出来のよさに、父上だけでなく家臣のみなさんも感服していた。
もしかしたら将来、養子にしたいという方や、このまま斎藤家の家臣に、と推してもらえるかもしれない。そうなればもう、
嫁入りでお別れしなければいけなくなるかもだけど、彦太が幸せに生きられるなら、それでいい。
そういうわけで、私も彦太もストレスもなく、遊んだりごろごろしたりする時間が増えた。私が苦手な勉強をサボっている言い訳にしているわけではない。
ほんとよ?
「ねえ、彦太、焼き芋したくない?」
「……?焼き芋?」
あふれる落ち葉と言えば、焼き芋である。
電気もガスもないこの時代でも、そのくらいの娯楽なら楽しめるだろう。
焼き芋をやったことがないという彦太を連れて、さつまいもを探しに厨房へ行ってみることにした。
が、
「えっさつまいも、ないの!?」
「申し訳ございません、姫様。というか、サツマイモとは、どのような芋で?」
なんと、さつまいもがない、というか存在が知られていなかった。
エリンギとかマンゴーなんてカタカナ食材を食べたいと言ったわけでもないんだし、てっきりあると思ったのに。この辺じゃ作ってないのかしら。
「サツマイモということは、
後ろについてきていた、彦太がつぶやく。
そうか、薩摩って、たしか鹿児島県あたり?もっとあったかい地方じゃないと取れないか、流通がしっかりしてないからまだここまで伝わってないんだ。
言われてみれば、じゃがいもとか他の芋もあんまり食事で出たことないかも。
芋、栄養もあるしおなかも膨れてすごいのに。
「父上に、もっと芋の栽培に力を入れるよう言っておきましょう。まさかさつまいもがないなんて」
「そんなに美味しいの?サツマイモって」
「そうね、あの甘さとほくほくさは、彦太もきっと好きだと思うわ」
前世の日本では、野菜嫌いな子供もお芋は好きって子が多かった。
私も、さつまいもはそのままでもお菓子にしても大好きだ。スイートポテトとか。さつまいもが入ったアップルパイとか。
あ、だめだ、思い出すと食べたくなってくる……。なにしろこの時代の料理は全体的に薄味で、しょっぱいものもあるけど漬物とか味噌を固めたようなやつとかで、甘さが足りないのよね。
「そうだ、砂糖ってあるかな?」
「砂糖なら、
じと、と効果音がつきそうな目で、彦太が私を
最近、友好度・信頼度は上がったはずなのに、こうやってジト目で見てくるのは、私が余計なことや突拍子もないことをしないよう、見張っているのだそうだ。
城内ではすっかり私のお目付け役で通ってるので、彦太をやっかいもの扱いする人なんていない。
それは彦太にとっては良かったことなのだけど、なんとも微妙な心境だ。
「いいことに決まってるじゃない!行くわよ!彦太にもごちそうしてあげる!」
さて、厨房に戻ってきたのは良いけれど、砂糖はあったが卵も牛乳もない。
スイーツ作り作戦、失敗である。
「卵って、鳥の?そんなの食べられないよ」
「牛の乳ですか?そんなもの、姫様が飲んじゃあいけません」
彦太と、わが城おかかえコック長に、真顔で返された。
たしかに、無調整の牛乳や殺菌消毒のされていない卵は、健康被害の心配はある。けど、同じ時期のヨーロッパでは食べられてたんじゃないっけ?
鎖国中にオランダからカステラが伝来とか習った気がするぞ。てことは、いきなり生まれるわけないんだし、この時代にも外国にはあったでしょ、卵料理!
この時代の日本人が食べても平気でしょ!?
もうだめだ、ここまで来たら絶対に、スイーツが食べたい。
大福やお団子みたいな純和風スイーツじゃなくて、卵と牛乳を使った洋風スイーツ。
ふわふわのパンケーキ、カラメルのかかったプリン、生クリームたっぷりのショートケーキ!
それにはぜったいに、卵と牛乳が不可欠だ。
「ないのなら、探してみせよう卵と牛乳」
というわけで、私たち一向は食材を探して、アマゾンの奥地へ向かった……。
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