4・空気屋

 火事婆の店を出た僕は、マルシェの通りを入り口に向かって、少し戻るように進む。肩に火事の小瓶が入った袋を下げながらだ。


 「この瓶たちも、店に送っておくか。」


 さすがに瓶をカチカチ言わせながら他の店に入るのは気まずい。僕は再び連世穴れんせいけつを開くと、雑に袋を投げ入れた。


 ああ、そう、連世穴っていうのは、このマルシェがある浮楼ふろうと、僕の店がある三途さんずのそれぞれの空間を繋ぐ穴のことだ。三途は現世の皆さんもご存じあの世とこの世の境の空間。浮楼ふろうっていうのは、三途で働く僕や、地獄や天国で働いている人たちの生活空間のことだ。もちろん、このマルシェはそういった人々にとっての商店街としての意味も大きい。


 ちなみに、連世穴は三途、浮楼、天国、地獄の4つの空間のうちの任意の2つの空間を繋ぐことができる。そうこう言っているうちに、空気屋が見えてきた。この空気屋では暖気と寒気を売っている。


 火事屋と爪屋の中間に位置しているこの空気屋は、とっても近代的な、灰色のコンクリむき出しの直方体の建物だ。入り口には水玉模様のガラスが付けられた白い金属製の自動ドアがある。金属製の扉といっても、火事屋みたいなバカ重い扉ではない。おそらくスチールとかで作られた、軽さと丈夫さを兼ね備えたやつだ。


 店に入ると、店内はとても混雑していた。小学校の体育館くらいの大きさを誇るこの空気屋だが、売り場には人がひしめいている。10を超える台数のあるレジも、その全部が行列をぶら下げている。


 なんてこったい。これじゃあ落ち着いて買い物なんてできる感じじゃない。今までの3軒はどれも個人店といった佇まいだったが、この店は全国展開している大型スーパーといった雰囲気だ。


 仕方ない。これから冬だし、浮楼のみんなも暖気を買いに来たんだろう。僕も今のうちに店用の暖気を買っておきたいが、今はそれどころではない。まずは仕入れだ。暖気と寒気のパックを買わなければいけない。


 暖気と寒気のパックは、僕ら三途の商人の間では超ヒット商品なのだ。今まで、客に暖気と寒気を売る時には、それぞれ大きな業務用チューブから個別に取り出して、ふたつのパックで売るという方法しかなかった。


 だが、この空気屋が現世のケチャップとマスタードを入れたパックから発想を得て、暖気と寒気をひとつのパックにして売り出した。それも薄くつながったパックの中央を折りたためば、お客さんがすぐに暖気と寒気を同時に吸収できるという優れものだ。それがお客さんに爆ウケしたもんだから、僕ら商人の間でも、もはやこの時期の仕入れ必須商品となっている。


 僕は人がごった返す売り場を、バレエダンサーかの如くに身をひねり、翻しながら進む。暖気と寒気のミックスパックはレジ前の小さなカゴに大量に売られている。一個で10円とか、12円とか、そういった値段だ。


 そうして一曲の舞踏が終わる頃には、ミックスパックが積み上げられているケージの前に来た。熊や虎でも入れておくのだろうかという巨大なケージに、これでもかとパックが山を成している。僕は、持ち寄ったサンタクロース顔負けのどでかい袋を取り出すと、腕でかき集めるようにしてその山の端を切り崩した。


 パックたちは僕の腕に押されて、音もなく袋の中になだれ込んでゆく。あいてっ。僕の足にも何個かパックが直撃した。この販売方法、どうにかなんないのかな、と思う。隣で僕と同じように袋にパックを詰めているマダムは、その必死の形相に汗を照らしている。


 そうして僕は袋をパンパンにした。クリスマスイブの夜の、出勤前のサンタクロースと同じように袋を担ぎあげ、レジへと続く列に加わる。パックがごっそり入った袋を持って、じりじり進む列に並ぶのは、なんだか坂道で渋滞にはまったMT車みたいな煩雑さがある。


 そうこう言っているうちにレジの順番が回ってきたので、レジ台に袋に掛かる重力を任せる。この数のパックの会計だからだいぶ時間がかかるかな、後ろの人たちの申し訳ないな、とか思っていたが、案外会計は一瞬で終わった。


 これまた現世で開発されたシステムを導入して、どんな個数の商品でもそれらを全部認識して、すぐに合計代金を割り出してくれる仕組みにしたのだそうだ。これはありがたい。僕は計174個、約2000円分のパックを引きずるようにしながら、この近代的な店を後にした。


 こうして僕は、爪、波、火事、空気とそれなりの仕入れを終えた。これから冬だから、火事と空気は良く売れるだろう。あ、店用の暖気も、あとで空気屋に電話して取り寄せてもらわなきゃ。僕の店はそんなに大きくはないが、それでも冬は小さな暖炉の焚火だけではやり過ごせないくらいには冷える。


 マルシェの通りを包む闇は、依然としてどんよりうずくまっている。僕は通りを出口の方に向かって歩く。仕入れを終えたので、店に帰るのだ。


 ちなみに、三途は現世のみんなが想像するような、広範な河原に血の色の川が流れていて、鬼や奪衣婆だつえばがいて、罪人は泳がされて……といったところではない。もっと現代的な、小さな町だ。だから三途の川といっても、それは町中を流れるせせらぎくらいしかない。


 僕はそんな小さな三途の町で、死人を客取って商売をしている。彼らが死ぬに死にきれなかった、死因や未練を売ってね。


 

 


 

 

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