史上最強の駄作~睡眠時間削ってそのまま書いたらこうなった~

日向 葵

英雄は性別すら超越する存在らしい

英雄と呼ばれる人物と関わりあったことがあるだろうか。

 多くの人は国のパレードなどでちらっと見るぐらいだろう。多くの人は名前や容姿を知っているだけで英雄の真の姿を知らない。物語などに登場する人は、理想を突き詰めたような善人で、心から人を心酔させるような魅力を持っている。強い力を持っていて人々を率いてくれる素晴らしい人格者であると表現されることが多い。

 だが、本当にそんな人がいるのだろうか。英雄だって同じ人間だ。人としての心を持っている以上暗い部分もあるだろう。人々の知らない英雄の裏の顔を書くことができたらおもしろいのではないかと私は考えた。


 私は売れない作家だ。底辺も底辺。作家と名乗るのもおこがましいほどの底辺作家だ。本を出しても一切売れず、記事を書いても読まれない。自分の才能のなさに、何度も筆を投げたくなった。そんな私に神の啓示が下りてきたかのようなひらめきがあったのだ。

 要するに、英雄の物語を書けば売れるのではないかと……。私は英雄の痕跡を実際に見るために旅をして、そして見つけたのだ。


 古龍種、エンシェントドラゴンと言われる大きな怪物のブレスを高笑いしながら受けている爺を。


 その爺の姿は150年ぐらい前の歴史に登場する英雄の面影があった。私は勇気を振り絞り狂った笑い声をあげながら龍を殴る爺に話を聞いてみた。すると英雄本人(現在172歳で人類史上最年長者)だというではないか。まさか150年前の人物がこの世に存在するとは思わなかった。


「ほっほっほ、人間の寿命は事故でもない限り等しく同じじゃわい。生物である以上、心臓の動く回数や細胞分裂できる回数などが決まっておる。それが食生活や生活習慣によって寿命の差ができているにすぎん。そのあたりを気合で調整してやれば長生きなどいくらでもできるわい」


 そういって英雄は狂気の瞳を浮かべながら笑った。

 物語の英雄はたいてい素晴らしい人格者として書かれていることが多い。だけど実際は違う。普通の人とは異なる狂った人間だからこそ、そこに魅了されてついていく人間が多いに過ぎない。

 英雄は異常者だ。私は高ぶる気持ちを筆と紙にぶつけたい衝動を抑えながら、英雄にお願いしたのだ。あなたの物語を書かせてくださいと。

 ここはさすが英雄というところだろう。快く了承してくれた。


「うむ、わしの物語を書いてもらうのだ。こんな格好ではな……。よし、久々にあれをやるかのう」


 英雄がそうつぶやくと同時に。不快な音が音が鳴り響く。骨が削れるような、折れていくような、こぶしを鳴らすときに聞こえるあの音のような、背筋をざわつかせる音が響くと同時に、英雄の体が変化していく。そして英雄は言った。


「さて、こんなもんかのう。わしの物語を書きたいのならついてくるがいい」


 私は驚いた。英雄の言葉にではない。英雄の姿に、だ。

 英雄の体は、幼女になった。たぶん私の書いた物語を手に取って読んでいただいた読者の方に、今の私の光景が上手く伝えられているかわからない。だけど、本当に幼女になったのだ。

 どうやら英雄は私たちが考えている以上に人間をやめてしまった存在なのかもしれない。


 売れないことによるストレスと過度な仕事による睡眠不足のせいで幻覚を見ているだけかもしれないし書いている文章自体おかしなことになっているかもしれない。

 でもできれば私が見て思った当時の光景のありのままを英雄の真の姿という物語としてまとめていきたいと思う。英雄という人々のあこがれ的な存在のイメージをぶち壊す、ある意味史上最強の駄作と言われてしまうようなものになってしまう可能性だってある。

 それでも、もし私の本を読んでくれる奇特な人に英雄の真実が伝わればと思う。


 英雄は異常者である。だけどそれ以上に人々を魅了する魅力があると私は思うのだ。ゆえに英雄と呼ばれているのだと。どうか英雄の真の姿を描いた物語をぜひ楽しんでいってほしい。

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